初恋が玉砕するのも青春と言えば青春
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──初恋が玉砕するのも青春と言えば青春
「ごめんなさい。あなたのことよく知らないから……」
俺の『あなたのことが好きです! 付き合ってください!』という告白に返ってきたのは、大して珍しくも劇的でもない、よくある返事であった。
俺が告ったのは同じ図書委員をしている真田葵さん。
声を大にしては言わないが、俺は文学少女が好きだ。
文学少女の何が好きかと言えば、本を愛するその姿勢である。俺も本は好きで月に何冊も読んでいる。もっともラノベが8割を占めるが……。
同じ話題で盛り上がれるのはいいことだ。それが第一の理由。
あとはぼんやりとした憧れのようなものがあった。黒髪の清楚な文学少女というものへのぼんやりとした憧れである。恥ずかしくて他人に言ったことはないが、人間そういうフェチは持ってるものだろう?
図書委員をしている真田さんはまさに絵に描いたような文学少女だった。
ちょっと小柄で、黒髪を三つ編みにしていて、あまり陽キャとは言えず派手で目立つようなところはないが本のことになると早口になった勢いが生じる。
俺は図書委員をしている間、ずっと彼女に魅かれ続けた。
なので、初めて女子に告ったのだが……。
ええ。結果は先ほどの通り。玉砕である。
「あの、如月君。友達からなら大丈夫です、けど……」
「あ、はい。実に申し訳ない」
真田さんがやや居心地悪そうに言うのに、俺は彼女に何度も頭を下げたのち図書室から慌ただしく撤退した。
俺が告ったのは図書委員の仕事が終わり、他の委員が帰ったころ。帰宅部である俺に参加しなければならない部活はなく、あとは涙をこらえて家に帰るだけであった。
「はああああああ…………」
恥ずかしい。もう死にそうなぐらい恥ずかしい。そりゃ図書委員会で数週間一緒に活動しただけの俺がいきなり告ってきたら、そりゃ断られるってもんだよな……。
もうちょっとお互いを知ってから告っていればと思えど、時すでに遅し。後悔先に立たずとは言ったもんだ。
俺は失恋の苦しみを味わいながら、昇降口に向かう。
「よーっす、きさちゃん。えらく落ち込んでるけど、どうしたん?」
とそう話しかけてくるのは、同じクラスの帰宅部の人間。
髪は手入れ不足でぼさぼさしているし、興味がないのか怠け者なのか眉もそのまま。その制服もいまいち体に合っておらずぶかぶかでと、そんな絵に描いたような野暮ったい高校生だ。
「神宮寺……。俺、失恋しちまったよ……」
こいつは神宮寺光莉。俺の女友達である。
見ての通りの物ぐさな女で、あまり女の子らしさがない。そのおかげが、そのせいか、俺とも他の男子とも男友達みたいな距離感で接している。
「それはそれは。誰に振られたのさ?」
「同じ図書委員の子」
「前に話してたきさちゃんの憧れの文学少女? その子ってまだ出会って数週間じゃなかった? それも放課後の図書委員の時間だけの付き合いでさ。ちょっと無謀すぎなかったかー?」
「うぐっ」
改めて自分の無謀っぷりが指摘されると反論できない。
「でも、無謀でてんで見込みがなかったとしても、勇気を出して告白したってのは偉いかなー。褒めてつかわそう」
「なんでお前に褒められなきゃならんのだ」
「褒美の品も上げるぞ? ほれ、飴ちゃん」
「いらん!」
のど飴を見せる神宮寺に俺はノーと手で×を作って見せた。
「でもさ。あんまり深刻に考えるなよー? 恋なんてまた次があるんだから。第2、第3の初恋がまたあるからさ!」
「1回目以降はもう初恋じゃないぞ」
初恋は1回目だけだぞ。
「はあ。しかし、本当にがっつり失恋しちまったぜ……。そりゃ無謀だったかもしれないけど、本当に好きだったし…………」
真田さんの申し訳なさそうな態度がより一層俺のハートに打撃を与えていた。彼女にあんな顔をさせてしまうなんてなぁ……。
「よし。なら、今日は優しい神宮寺さんがハートブレイクボーイのきさちゃんに唐揚げを奢ってあげよう。コンビニに寄って帰ろうぜー」
「おお。ありがと、神宮寺!」
「途端に元気になりやがって。現金なやつだな~?」
神宮寺にそう言われながらも俺たちはコンビニ寄って帰ることになった。
俺は高校に通うのに叔父さんの家に居候している。で、その叔父さんの家がたまたま神宮寺の家の近くなのだ。
なので、帰り道はよく一緒に下校したりしている。俺も神宮寺も部活に入ってない帰宅部だし。
「ねえねえ。図書委員の子について教えてよ。どんな子だったのさ?」
「本が好きな子。文学少女って感じの文学少女」
「へえ。本が好き、ね。あたしも漫画なら好きだぜ」
「お前は文学少女から一番遠いやつだよ」
「きさちゃんだってラノベばっかり読んでるじゃん」
「ラノベは一応小説だからセーフなの」
「どういう理屈だよ~」
ラノベは絵じゃなくて文字を読んでるから小説! ……挿絵目当てなところはありますけど。
それから俺たちはコンビニにより5個入りの唐揚げを購入。
「2個あげるね」
「3個くれ」
「2個で十分ですよ、と。ほら、あーんしなよ。食べさせたげるぜ」
「しねーよ」
俺は神宮寺が持っている唐揚げの箱からひとつ取って口に運んだ。
もぐもぐ。美味い! やはり健全は男子高校生には肉と油が必要だ!
「せっかく食べさせたげるって言ったのに」
文句を言いながらも神宮寺も唐揚げを爪楊枝で口に運ぶ。
「けどさ。誰かに告白するって、凄い青春だよね。まさにアオハル!」
「それで振られた俺を馬鹿にしてんのか」
「してない、してない。純粋な感想だよ」
今日まさにさっき振られた俺には青春などと思うような余裕はねーのである。
「ねえ、きさちゃん。あたしたち、もっと青春しない?」
「……何するんだ?」
俺はちょっとだけ興味が出てそう尋ねた。
「いろいろだよ。青春っぽいことはいろいろと。興味ない?」
「少しある」
「へへっ。そうでないと!」
これは神宮寺なりに俺の傷心を慰めてくれているのだろうと思い、俺はやつの提案に乗ることにした。あとは純粋に青春は思う存分楽しんでおきたいと思っているからでもある。俺だって青春という時間は大切にしたい。
「では、早速、青春っぽいことしようぜ。ほら、『女の子に唐揚げを食べさせてもらう』ってのをやろう!」
そう言って爪楊枝で唐揚げを突き刺して俺の方に向ける神宮寺。
「それ、青春なのか?」
「あたしじゃ不満かー?」
「不満だ」
「もう酷いやつだ」
「でも、唐揚げは貰う!」
俺は神宮寺が差し出した唐揚げをぱくっと食べてしまった。
「おお。いいじゃん、いいじゃん。ちょっと青春っぽかっただろー?」
「そうかねぇー?」
俺は唐揚げを咀嚼しながら生返事で頷いた。
「これからいろいろ遊びに行ったりしようぜ~? 青春っぽいこといろいろやってさ。高校生活をエンジョイしようじゃないか!」
「そうだな。いつまでも失恋引きずってる場合じゃねーぜ!」
人生は有限で、青春はその人生の中でもさらに短い。
それなのにいつまでも失恋のことを引っ張っているのは勿体ない。気持ちを切り替えて、楽しむことを目指さなければ。そうしていれば、この失恋の痛みだってそのうち忘れてしまうさ! ……恐らく。
「……きさちゃん的にはやっぱり文学少女の彼女がほしい?」
「ああ。それが満たされれば完璧な青春って感じがする」
けど、青春っぽいことってやはり恋愛も含まれるだろうしなぁ。青い恋をしてこその青春って面もあるんだよな……。で、俺はさきほど盛大にそれに失敗したわけで……。
またあの振られた場面を思い出してしまった……。恥ずかしさと悲しさで胸が苦しいぞ……。
「そっか、そっか。そうなんだね……」
神宮寺は俺の傷を抉りそうになっているのに気づいたのか、それ以上はあれこれ言わなかった。
「大丈夫。あたしがどうにかしてあげるよ。だから、一緒に青春を楽しもうぜ!」
「ああ。期待しないでおくよ」
そう言ったものの、ちょっとだけ楽しみにしていた如月湊であった。
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