5.
サナティオ聖王国。
現代における教会の総本部がある国であり、神々、精霊、聖女信仰に厚い。多神教でもあり、一定数の信仰活動及び実績、人的被害を伴うもので無ければ受け入れられるらしい。
信仰と学問にも精力的で、階級制度こそあるものの実力主義を第一としている国でもある。教皇聖下と王家が対となる形でバランスも取れているとか。
(そういえば春祭りでは、視察に教皇聖下がお忍びで訪問することもあったわね。すごく優しそうな年輩の方で、側近の方々も気さくだったわ)
来年の春祭りは、どうなっているのか。そう思うと笑みが陰りそうになるが、淑女としての笑みを維持する。
国王陛下は「白虎ルナ様はまだ幼く、人見知りもあるため『ある令嬢』でなくとも似た反応を示すことがわかった」と宣言し、噂の払拭に手を貸してくださった。さらにアルフレッド様も、「ディアンナ嬢以外とは婚約を結び直すこともない」と誓約を結んだことが功を奏した。
(……私は一人じゃないもの。お二人を信じて堂々とするわ)
仄暗い感情ばかりに支配されず、私は背筋を伸ばして貴族令嬢としての振る舞いに徹する。
***
「ディアンナ嬢、神獣のことで苦労を掛けてすまない」
国王陛下に家族全員で挨拶をしてすぐに、その言葉が返ってきた。大きくはないけれど、ハッキリとした声に周囲の視線が向けられた。
五十代前半の灰色の髪に、威厳のあるご尊顔は、いつ対峙しても緊張してしまう。少し離れた席に王妃、そしてその傍に第一王子のバナード殿下の姿があった。第二王子のクライヴ様がいないのは、庶子だからだろうか。
「恐れ多いことでございます」
「ふむ。しかし良からぬ噂が未だに絶えないというのは、大問題だ。先代、先々代から『子爵家当主には返しきれぬ大恩がある』とよく聞かされていた。だからこそ今回の騒動は初動が遅くなってしまって、申し訳なく思っている。その対策として来月付けで階級を一つ上げた上で、ディアンナ嬢には伯爵位を贈ることにした」
「「!?」」
(それって陞爵ってこと!?)
「陛下っ、それは……まだディアンナには荷が重いかと」
父が途端に慌て出し、継母と義妹は顔を歪めているのがすぐに分かった。それを見て国王陛下は小さく溜息を漏らす。
「報告では今や全ての事業及び領地経営は、ディアンナ嬢が担っているのであろう」
「それは。いえ、私も事業を立ち上げるなど」
「立ち上げてすぐにディアンナ嬢に丸投げしたのだろう。報告書を見れば分かる。そして、その事業を持ち直したのも彼女の力量だ」
「ぐっ……」
(陛下がここまでハッキリと父を断罪するなんて……。それだけアルドリッジ子爵令嬢としての悪評は広がってしまったのね)
国王陛下がただ噂だけで、こうは動かない。噂は所詮噂だ。しかし今回に限っては悪質すぎた。そしてそれに王家、第一王子のバナード殿下も加わっていることも。
「彼女の慈善事業はこの国の将来のためにも大事なこと、なにより法王国からの評判も良い。そんな彼女を正式な当主に据えることに何の問題がある?」
「でもお姉様は、よくない噂が」
「そ、そうです……! 私たちが管理しなければ──」
「面白いことを言う。その一部の内容はお前たち自身の行いであろう。なぜ彼女にその汚名を押しつけられると思っているのか、甚だ疑問だな」
そう言って問題を起こした当事者となる者たちを集め、証言とをったことで仮面舞踏会での問題行動、商人の領収書もありあっさりと露見する。
(さすが王家の権力だわ)
「これらの支払いはアルドリッジ伯爵ではなく、ベティ令嬢、オードリー夫人、そしてアルドリッジ子爵代理だったマーベラス、君たち自身が行うように。貴族名簿にもこの三名の名は削除し、廃嫡とする」
「そんな! 嫌よ!」
「今更平民になんて戻れないわ」
「……承知しました」
これでアルドリッジ子爵家の醜聞は終わりだと思っていた。けれどそれは序章に過ぎなかったこと、そしてなぜ国王陛下がここまで話を大きくしたのか。その理由が明らかになる。というのも──。
「──っ、バナード殿下! どうして貴方様の言うとおりにしたのに、こうなったのですか!?」
「っ!?」
ベティの発言に、その場の空気が凍り付いたからだ。その瞬間、バナード王子の視線が逸れたことに気付く。
(ああ、そういえば噂の出所に殿下の名前もあったわね。だとすれば義妹を煽ったのは殿下? でも何のために? まさかテストの順位で負けたから? まさかね)
「言いがかりは止めて貰おうか! なぜ私が」
「お姉様にテストで順位が低いから、見返すって言っていたじゃないですか! それに言うことを聞けば愛妾にしてくださるって!」
(まさかのテストの順位!?)
逆恨みだったことに、ちょっと力が抜けそうになった。しかし問題はこの件に王家が絡んでいたこと、なにより悪質なやり口に貴族たちの視線も鋭い。今まではお家騒動程度の認識だったが、王家が関与していたとなれば当然の反応だろう。
ピシャリと扇子を閉じることで、注目を集めたのは王妃だ。バナード王子を産んでいるにも関わらず、三十代には見えない肌の艶と潤いのある金髪の髪、サファイアに似た瞳は鋭い。
「陛下。これ以上、愚かな発言を許して良いのですか?」
「そうだな。第一王子のバナード」
「はい」
バナード王子は一歩前に出た。その顔は口元の笑みが張り付いていて、王妃もまたこの先の結果に対して自信満々だった。
もっとも、それは国王陛下の決定によって覆る。
「貴族学院での横暴、何より講師の買収による成績偽装。上位生徒に対して圧力あるいは、悪質な噂を流したことによる言動の数々、休学に追いやった生徒の家からも被害報告が出ている。仮面舞踏会での散財ともみ消し。あまりにも器の小ささに、お前のような者を王太子にすることはできない」
「は?」
「なにをいいだすのですか……陛下……そんな……王族は……この子だけなのですよ?」
王妃は震えた声になりつつも、感情を抑え込んで努めて冷静に抗議していた。もっとも、バナード王子の所業を理解していたらそんな発言はしないだろう。
(今日のパーティーのメインは、こちらだったのね。そして私以外にも被害者がいたなんて……)
「陛下……私は、王太子として……上に立つ者として当然のことを」
「何が当然なことだ。お前の我が儘が通らないからと、周囲に迷惑をかけることのどこか王子として、次期国王としての態度なのか。それすら分からないとは……。できることは全て行い、お前にも王として父として十分な機会を与えたが、王妃。君が全て手を回して他者の功績を奪い、潰そうしてきた君もまた重罪だ」
「それもこれも息子を思って、親なら当然のことをしたまでですわ」
喚く王妃に、バナード王子は殺すような勢いで国王陛下を睨んだ。
きっと国王陛下はこの日まで王子自身が顧みて、自分言ってくるのを待っていたのだろう。国王のお気持ちを思うと、王子の親を親とも思わない目が、少し悲しかった。
「ここで王妃はその座を返還し離宮での幽居、第一王子のバナードを廃嫡し辺境地で一兵卒からやり直すように。そして私は第二王子クライヴ・アシュベリー・エングルフィールドを王太子に据える」
「あのような者を!?」
「父上、それは!」
「これは決定事項だ」
その発言に周囲の貴族たちは、一気にざわめいた。第二王子のクライヴ様は庶子であり、表舞台に出てくることも少なかった。貴族の中には「下賎の血」と言い出す輩が出てきそうだったが、第二王子のクライヴ様の登場によってそれは未然に防がれることを察した。
(クライヴ様の側近として、四大貴族の子息が三人も付いている。しかも地位や権力では絶対に屈しない曲者揃い。騎士団長の息子ロン様、宰相の息子ジェノール様、神官家系のセシル様……錚々たるメンツだわ)
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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