4.
(気が重い。ああ、もう帰りたい)
馬車に居られて王城が近づくにつれて、気持ちが沈んでいく。等間隔に並べられた街灯から明かりが付き始め、馬車から眺める景色は美しくもあるけれど、どこかもの悲しい。
(アルフレッド様がいないだけで、こんなに世界は違って見えるのね)
以前は私がパーティーに参加すると聞いた瞬間、アルフレッド様がどんなことがあってもエスコートをしてくれていた。それがないというだけで、全然違うのだと思い知る。今回は家族揃って会場入りなのが余計に辛い。
そう思いながら馬車を降りて、出迎えた従者に案内されたて控え室に入る。
「遅いぞ、何をしていた!」
開口一番怒鳴ったのは父だ。まだ従者もいるというのに、相変わらず浅慮なことだ。そもそも時間通りに来たはずなのに、父と継母、義妹は控え室にと到着早々、文句ばかり。
「申し訳ありません。アルフレッド様が急遽来られないとお手紙をいただきましたので、返信を書くのに時間が掛かってしまいました」
「お前が揃わなければ、会場入りできないのだぞ! わかっているのか!?」
「申し訳ありません」
分かっているも何も、最初から招待状に「家族全員で出席」と書かれていただろうに、本当にこの人は自分の都合の良い物しかみないようだ。
この人が父親かと思うと、本当に嘆かわしい。
(母が存命の時はもっと優しい人だったのにな……)
「まったく、この間の事業と良い。どうして、ああなったのだ!?」
「(事業を始めたのは、自分だってことを忘れている?)事前調査不足だったかと」
「黙れ!」
「ッ!?」
灰皿の器を持ち上げたところで、ここが家ではないと気付いたのか慌てて元に戻した。そうでしょうね。いくら感情的になってもここで調度品など壊したら、弁償どころの騒ぎではない。それぐらいの理性が残ってくれて本当によかった。
「まあ、アルフレッド様がいないなんてつまらないわ」
「神獣のお世話役なのでしょう。お役目を果たしているのに、婚約者の貴女がみなを待たせているなんて……良い身分ですこと」
「申し訳ありません」
「ねえ、お姉様。アルフレッド様って、私にぴったりだと思いません?」
「そうよね。今や神獣の世話係という素晴らしい職に就いているのだもの。貴方には不釣り合いだわ」
今度は義妹のベティと継母が揃って色々言い出した。「はあ」とか「すみません」を繰り返している間に、従者が来たことで罵詈雑言は中断された。
四大貴族と我が子爵家だけは、王家専用の通路からパーティー会場に入る。両親と義妹は苛立ちながらも、その特別通路や控え室の扱いには悦になっているように見えた。
黒い噂を流した張本人たちが、どうなるのか。不安を抱えつつ、パーティー会場へと向かった。
国王陛下がどのように話をまとめるのか。その結果、家族がバラバラになったとしても、それは仕方が無いことだ。
(母との思い出のある、あの家だけは、なんとかできればいいのだけれど。それも難しいだけなら……)
母が亡くなった後、父は落ち込む私をフォローしてくれていたが、いつの間にか継母たちの考えに染まってしまった。
両親との思い出は色褪せて、もう懐かしむこともない。それが少しだけ寂しく思えた。
***
四大貴族の後に続いて、パーティー会場に入場する。洗練された厳かな演奏と、拍手。それとは別に同情めいた皮肉の声が聞こえてきた。
『あら、またアルフレッド様はいらっしゃらないのね』
『神獣の容態が悪くなったのかしら。不安だわ』
『あの噂って本当なのかしら?』
『婚約者が相手にしてくれないから、仮面舞踏会に入り浸っているっていう』
『まあ、私は家の財産を使い潰しているって聞いたわ』
聞こえてくる話し声の中には聞き覚えのないものも多い。おそらく継母と義妹の悪行を私のこととして吹聴しているのだろう。だとしても自分の家に泥を塗るようなことを広めるなんて普通は考えられない。
『それにしても、私の婚約者が神獣様の世話役でなくて本当に良かったわ』
『まったくです。ああやって毎回デートや約束事、パーティーの同伴もしてくださらないのが婚約者だなんて嫌ですもの』
『それに比べたらアルドリッジ嬢は、素晴らしいですわね』
『ええ、これもひとえに愛の深さがなし得ているのでしょう』
耳に入ってくる声、声、声。
一見同情しているように聞こえるが、その実は皮肉たっぷりで婚約者に大事にされていない『可哀そうな令嬢』と言いたいのだ。それはアルフレッド様が黒髪の爽やかな美男子かつ、侯爵家の次男だからというのもある。騎士学校に通っていた時から、隣接する貴族学院の女子生徒にモテていたし、文武両道かつ品行方正かつ紳士的。非の打ち所がない。ただ侯爵家の次男でありいずれは家を出ると聞いてからは、玉の輿を狙っている男爵令嬢や子爵令嬢あたりは見向きもされなくなったと言っていた。本人は良かったとホッとしていたけれど。
伯爵家以上は、その時点でアルドリッジ子爵家と婚約していると知っているので、横入する令嬢はいなかった。
(あの頃も噂はあったけれど、ここまで酷くはなかった。やっぱり神獣のお世話係になってから……)
神獣が降り立った国は、厄災や病、魔物の脅威から守り、祝福に満ちて国を豊かにするというけれど、神獣が来る前からこのデミアラ王国は建国から厄災や病に縁遠く魔物の脅威も少ない。そのため目に見えて神獣の効果が感じられないからか、あるいは「神獣の力が弱いのは何か他に原因があるのでは?」と邪推する貴族たちも増えた。
『神獣様の機嫌を害する令嬢』と噂の拡散率が早いのもまた足の引っ張り合い、または自分たちの利益のためだったりする。様々な思惑の中で自称王太子バナード殿下と、継母と義妹は担がれてしまったのだろう。誰だって面倒な責任は取りたくはないのだから。
そして噂を流すだけだった貴族たちの狙いは、アルドリッジ子爵を追いやった後で手を貸すことで縁を結ぶあるいは金銭援助。それか大出世したアルフレッド様と婚約を結ぶために、私が邪魔だから噂の流れに乗ったのは考えられる。
跡取りではない侯爵家の次男から、神獣の世話役と大出世したのだ。結婚したいと思うご令嬢も多かっただろうし、縁を繋ぎたいと思う貴族もいた。だからこそ噂はあることないこと広まって、王家の耳にまで届くまでそう時間は掛からなかった。
(ただの子爵家だったら、婚約破棄や没落なのだろうけれど……)
噂が流れた当初、アルドリッジ子爵家の立場は当然悪くなりかけた。それをなんとかしようとしてくれたのが、アルフレッド様と国王陛下だ。
アルフレッド様が動いてくれたことは嬉しかったけれど、精力的に国王陛下が対応してくれたことが驚きだった。
(王家はアルドリッジ子爵に大恩がある。そう教えて貰ったけれど、次期当主である私にはその理由が分からない。建国時に貢献した、というのもあるがそれだけで王家がアルドリッジ子爵家に肩入れするのも妙だ。私が成人して爵位を受け継ぐ際、教会から受け取るものがあるというのは聞いていたけれど、それと何か関係があるのかしら)
思えばアルドリッジ子爵家は教会への寄付や孤児院の訪問、慈善事業にも大きく携わっていた。特に教会上層部との接点もあり、何かと祭りごとの相談なども代々我が家が対応している。
隣国の聖王国との交渉もアルドリッジ子爵家が中心となって行うことから、私の血筋は聖王国が近かったのではないだろうか。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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