3.
王家主催のパーティー当日。
その日はアルフレッド様からの贈物で、着飾った。
ヴァイオレットと淡い紫色のドレスは上半身はボディにフィットして、スカートの部分が大きなボリュームをもたせるように作られている。胸元には黒い糸の刺繍と宝石と、アルフレッド様の髪と瞳のドレスに口元がにやけてしまう。
(このドレス……どう考えても、あれよね)
使用人たちの態度が横柄になって来ていたけれど、仕事の采配を執事長に割り振るのは私なので、彼経由で指摘して貰ったら大人しくなった。
あまりにも酷い態度の使用人はお暇を与えたのだけれど、話を聞くと新参者でベティが雇ったという。古参以外は知らないようだが、アルドリッジ子爵の次期当主は私で、父は代理に過ぎない。それをどうやら継母もベティも知らないようだ。
(もっと早めにお父様に当主権限は代行で、最終的承認は私のサインでないと駄目と話すべきかしら? うーん、でもあの二人のことだから追い出されるぐらいならと、私を殺しに来そう……)
今日のパーティーで国王陛下は大きく動くだろうから、それに合わせて護衛の相談も含めてアルフレッド様とできればいいのだけれど。
コンコン、とノック音に少しだけ浮き足立つ。
部屋に入ってきたのは執事長と、侯爵家からの使者だった。
「お嬢様、侯爵家の使いの方が……」
「そう」
手紙を受け取って内容を改めると、ため息が漏れそうになる。
ああ、やっぱりと言う思いを抱きながらも、努めて冷静に答えた。使者は大変申し訳ない、と言った顔ではなく「仕事を増やしやがって迷惑な婚約者だ」という眼差しのまま。不遜な態度にグッと堪えた。いくら婚約者の家の使者とはいえ、侯爵家と子爵家では身分が違う。
心を落ち着かせようと、もう一度最初から手紙に目を通す。
『親愛なるディアンナ。
突然、ルナの容体が急変して部屋を出ることが難しくなってしまった。今日はエスコートできるのを楽しみにしていたのに、申し訳ない! 国王陛下には今回のこともお伝えしているから、子爵家の不手際があった訳じゃないとフォローを入れて貰えるように頼んでおいた。本当にすまない。次こそは絶対に約束を守る。だから、どうか僕を嫌わないでほしい。愛しい人。国王陛下とも相談をして今回の一件の目処が立ちそうなんだ。どうか、あと少しだけ、ルナとの時間を許してほしい。アルフレッド・エヴァーツ』
ルナ様の容体が変わるなんていつものこと。弱々しく横になるルナ様の言うことを聞くのは、お世話役のアルフレッド様だけ。
国王陛下がお世話係を増やすため候補者たちと面会させたが、全滅だったそうだ。幼い神獣は人見知りが激しく、また敵意や悪意の傍に居るのは毒だったようで体調を崩しがちになったため、今回のパーティー参加を見送ると言うことだった。
(神獣がいるというのに、豊かになるどころか火種が燻っているような状態はどうなのかしら)
そう思ってしまう自分の心が狭いのか、あるいは渦中に居るせいか発端となった神獣に対して、少し思うことはあるのだ。口にはしないけれど。
王家主催のパーティーだろうと、神獣の体調が良くなければ、神獣を優先する。まだ幼い白虎を面倒見ているアルフレッド様だって大変なのだ。私が文句を言うわけにもいかない。何せ相手は神獣。
(これで二股掛けられているとか、他のご令嬢と浮気なら怒れたのに。まあ、それで嫉妬すれば心が狭いと言われ、平然としていれば冷たいと言われる……。どうあっても私を貶めるのに変わりはないわ)
我が子爵家も建国以前より続く名家なため、爵位こそ低いが四大貴族の次に権力がある。もっとも母の死後、父が当主代理になってからは業績があまり良くない。
浪費が多すぎるのだ。
(それもこれも継母と義妹が来てから、やりたい放題なのよね! そろそろ本格的になんとかしないって思っていたから、国王陛下がどう判断するのかによって私も覚悟を決めなきゃ)
父は私が領地運営や事業の立ち上げでの成果を見て、丸投げ。功績は自分のものにして、失敗は全部私に押し付ける。特に学院を休学してからは新しい事業を思いつきで始めて、失敗。その後始末を私に回してきた。せめて始める前に相談してほしいと言っても、逆上して物を投げてきて終わり。
(アルフレッド様が婿入りしてくだされば、少しは仕事が楽になると思っていたけれど、神獣の世話役のままじゃ難しいわよね。……アルフレッド様と結婚したいし、一緒に居たい)
昔はどこに行くにも一緒だったから、今の状況が辛い。騎士団の遠征や任務で会えない日はあったけれど、ここまで期間が空くことはなかった。だから余計に辛い。
ふと思い返せば、アルフレッド様はよく我が家に遊びに来てくれていた。
『ディアンナが好きそうなお菓子を持ってきたよ。一緒に食べよう』
『もうそんな難しい本を読んでいるんだね。あ。今度、お洒落な雑貨屋があるから、栞を選びに行こう? そうデート! デートだよ』
いつも私が喜ぶことをしてくれて、明るくて頼りがいがあって、手を引いて色んなことを教えてくれる。私の世界を広げてくれる人。
『今日すごく綺麗な虹が見える場所を見つけたんだ、今度そこでピクニックしよう』
『ディアンナ、刺繍の糸が切れそうだから、一緒に買いに付き合ってくれないかな?』
剣の才能も凄いけれど、刺繍が好きだって打ち明けてくれたときは嬉しかった。「男のくせに」と侯爵家では、針や糸を燃やされてしまったことがあるらしい。長男が有能らしく後継者争いを防ぐため、アルフレッド様は早い段階で騎士学校に通わされていた。
それでもアルフレッド様はいつだって明るくて、誰も恨まなかった。子爵家と侯爵家では身分差はあるものの、侯爵家よりも古くからある家で資金も潤沢だった。母が存命のうちに婚約していて本当に良かったと思う。
『ディアンナ、どうしよう。騎士の仕事で、ディアンナに会えるのが週四日になりそうなんだ……。ディアンナ不足で死ぬかも……』
『あー、ディアンナだ。ディアンナ。ただいま。早く君が大人になってくれたら──』
騎士として実績を出していくうちに、アルフレッド様は逞しくて背丈もぐぐっと伸びて、とても凜々しくなった。それでも私に向ける愛情は、昔と変わらず。昔以上に思ってくれている。それが嬉しい。
『ディアンナ、世界で一番愛している。すごくすごく好きだよ』
なんて毎日砂糖菓子よりも甘い言葉を言われていたっけ。
懐かしい。
(あと少しと言っていたもの。……落ち着いたら、昔のように一緒にいる時間が増えるかしら?)
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