15.
何度も同じ夢を見る。
悪夢はだいぶ前から見なくなった。
今は──穏やかな昼下がり、カフェで待ち合わせをしていて遅れて彼がやってくる。
「ディアンナ、遅れてごめん!!」
謝りながらも私の好きな花束を持って、カフェに入って来るのが見えた。その姿が必死すぎて、でも急いで来ようとしてくれたのが嬉しくて、私の口角は少し吊り上がる。
「気にしてないわ。──も、お仕事忙しいのでしょう?」
「あー、うん。でも暫くは休みができそうだから、旅行にいかないかい?」
ソファに腰掛けて、向かい合わせに座る。彼との時間はとても楽しくて、あっという間に過ぎて行く。カフェでスイーツを堪能した後、手を繋いで少し歩くのも好きだ。
それに彼との時間も、大好き。
商店街を適当に巡り、彼から耳飾りを贈って貰って、私はハンカチを買って渡す。そういえば彼は刺繍が得意だったっけ。
それから手を繋ぐと指の皮が少し厚くて、タコがあるのも知っている。
騎士の家系だけれど剣を握るのは苦手だった。刺繍のほうが得意だって言っていたのを覚えている。
背丈は私よりも高くて、顔は──見えているのに、どうしても思い出せない。笑っているとか感情は読み取れるのに。
でも夢の中では違和感がなくて、楽しい時間が続いていく。きっと辛いことや悲しい過去があっても、それを凌駕するほど大事な思い出があったのだと思う。
「ディアンナ。今日はどんなスイーツにする?」
「ふふっ、新作か季節限定かで悩んでいるの」
大切だった時間をなぞるようにデートを重ねて、夜はパーティーに参加する。私は紫のドレスに身を包んで、彼はオレンジ色の薔薇の生花を胸ポケットに差す。紳士的で、気遣いができて、いつも傍にいてくれた。どうして私は過去を捨てようと思ったのだろう。
「あと一回。いや二回は踊りたい」
「もう。あと二回踊ったら、スイーツか飲み物飲みたいわ」
「個別の部屋とスイーツは確保していると言ったら?」
「──、大好き。最高だわ」
夜会のパーティーは豪華なシャンデリアに、煌びやかなドレス姿のご令嬢と令息がいる。全員の顔がよく見えないが、誰も私たちを批難しないし、陰口もない。
ダンスも楽しかったし、パーティー会場も賑やかで楽しい。
幸福な時間を夢で見る度に思う。
捨てることでしか自分の心を守れなかったとしたら、何かがあった。それは悪夢でずっと感じていた。
だから知りたいような、知らないままでいたいような。微睡みの中でほんの僅かな幸福を噛みしめる。これが夢でなければ、どんなに素敵かしら。
「──、──」
ああ、どうして。夢の中で彼の名前は呼べるのに、耳に残らないの?
現実の彼はこんな風に優しくなかった?
わからない。
ただ楽しくて、眩い時間が私にもあったのだ。悪夢に埋没してしまった、幸福で、優しくて、あたたかな記憶。
もしかしたら私が怯えて、神経質になって怖がっていただけで、事実は少し違うのかもしれない。いつか私を訪ねてくれる人がいるなら……。今の私なら?
ううん。やっぱり知るのは──怖い。
***
「ディアンナさん、その、オレと付き合ってください!」
「ふぁ?」
いつものように中央公園をアルと一緒に歩いていたら、見知らぬ青年に声をかけられた。見知らぬ──ううん、彼はよく行く生チョコタルトのカフェの店員さんだ。
栗色のくせっ毛、背丈は私よりも少し高いぐらい。愛嬌もあって好青年って感じの印象だ。
「あ、えっと……」
「でぃあんな、おはなし、してみる?」
「アル」
困惑している私に、羊妖精のアルは羽根で浮遊して私の頬に手を当てる。その何気ない仕草がすごくホッとした。近くに噴水もあるので、私たちの声は周囲には届いていないようだ。みな思い思いに過ごしている。
「アル、ありがとう……」
「ん! でぃあんなのみかた」
ドギマギする気持ちを落ち着かせて、声をかけてくれた店員さんに向き直る。
「その……付き合うかどうかは、今ここでは決められません」
「あ、ああ。そ、そうだよな。ごめん……。じ、じゃあ、一緒にお茶をしても?」
「それ……ぐらいなら」
「やった!」
嬉しそうにガッツポーズをする姿が、なんだか微笑ましい。ついついと私の頬に触れるアルは今日も可愛い。愛くるしい蹄にモフモフしたフォルム。そんなアルは気遣い屋さんだ。
「あるは、おひるね、してくる」
「私から離れたら危ないでしょう。寝るのならほら抱っこするからおいで」
「でも……」
「アル、この子も一緒でもいいですか?」
「もちろん! いつも一緒に居るけれど凄く仲良しなんだな」
「ええ」
カフェ店員さんは、リュウカと名乗った。彼も過去は何も覚えていないのだとか。やっぱりこの楽園と呼ばれる都市に住んでいる人の殆どは、過去を置いてきてしまった人たちのようだ。置いてきたのか、置いてくるしかなかったのか──は、それぞれだけれど。
リュウカさんは気さくで面白くて、良い人で、定期的にカフェに来ていた私が気になったのだとか。それはとても穏やかで、楽しい時間だった。
帰り際に真剣に交際を考えてと言われて、胸がドキドキした。誰かに好きだと言って貰えることが嬉しくて──嬉しいはずなのに、何かが違う?
(なにが違うの?)
胸の奥にある違和感。
手を繋ぎたいと言われて少しだけ繋いだけれど……歩く歩幅も、速度も私に合わせてくれるのに、何か変。
私の中の私が叫んでいるような、落ち着かない感じ。
楽しい時間だったけれど、リュウカさんに「お付き合いはできない」と断った。それからがすごかった。
「一目見た時から好きでした!」
「どうか結婚を前提に付き合ってください」
「好きです! どうか自分の手を取っていただけないでしょうか」
「笑顔がとってもステキだと思っていました。付き合ってください」
「お茶友からでもいいので是非!」
「ふぁあああ!?」
突然の告白ラッシュ。
お気に入りのカフェに通っている間に気になっていたのだとか。みんなとても素敵な人たちだった。でも、たぶんこれは私の問題なのだと思う。
自室に戻ってベッドに倒れ込むと、アルは心配そうに引っ付いてきた。可愛い。
「でぃあんな、だいじょうぶ?」
「ええ。……人生のうちにモテ期は三回あるらしいから、その貴重な一回を噛みしめている所よ」
「でぃあんなは、いつも、もてもて」
「そう? ふふっ、ありがとう」
アルは「ほんとのこと」と言っているが、この都市に来てからこんな風に告白されるのは初めてなのだ。以前の私は恋愛や誰かと繋がることを無意識に抑えていたのかもしれない。
変化があったとしたら、夢に出てくる彼を思うようになったから?
「でぃあんなは、すきなひと、いないの?」
「んんー。実はね、気になる人がいるといえばいるの……」
「!?」
アルはふよふよ浮かんでいたのに、途端に固まってベッドに落ちた。つんつんしてみたけれど、何だか震えている。
「アル?」
「だいじょうぶ。あるげんき」
どこか遠くを見て固まったままだ。
「全然大丈夫じゃないでしょう」
よいしょと、抱き上げる。まだ身体が震えているので、背中をさすってあげたら少し落ち着いたようだ。モフモフ。癒される。
「気になるのは……その……。夢の中に出てくる人と居るのが凄く好きなの。たぶん、紫の髪か瞳で、だいたいはカフェで待ち合わせなのだけれど『遅れてごめん』ってやってくるの。で、私は『いいわよ』って笑って答えて、季節限定のスイーツを堪能して、手を繋いでデートするのよ」
「ゆめ」
「そう。……でも、もしかしたら、私の過去の……幸せだった頃を捏造しているのかも。あんなに幸せだったら、私はきっとここに居なかっただろうから」
「でぃあんな」
アルは私を慰めようとギュッと抱きついてくる。私はそんなアルの背中に手を回して抱きしめ返した。とても温かくて安心する。
過去は怖い。
でもようやく心に持つことができるようになった今なら。新しい恋をするにしても、私は一度自分と向き合うべきなのかもしれない。
良いなと思う人がいても、心が違うという。違和感や形容し難い感情と折り合いをつけたい……。
そう思った。
思えるようになった。
そしてそう思えるほど心が穏やかで、余裕が持てたのは、アルが傍にいてくれたからだわ。
「今なら……過去と向き合っても、アルが傍にいてくれるでしょう」
「でぃあんな。うん、ずっとそばにいる。でぃあんなが、のぞんでくれるかぎり、いるよ」
「ありがとう」
なぜかその言葉が胸に響いて、涙がポロリと流れ落ちた。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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