12.アルフレッド視点
夕暮れのような綺麗な長い髪、檸檬色の瞳、白い肌に華奢な体。でも抱きしめると金木犀の香りと温もりが大好きだった。
初めて出会った時に一目惚れしてから、ずっとディアンナは僕の傍にいて、離れないようにあの手この手を使って婚約者になる。ディアンナの母親が亡くなる前に、頼まれたのもある。
「どうかあの子を守ってあげてね」
子爵家は血統によってしか相続ができない。けれどもし何かあったら力になって欲しいと、そう言ってくださった言葉を胸に刻んで、子爵に後妻が入った後も自分の家の使用人を派遣してディアンナの肩身が狭くならないようにしてきた。
(あと数年、婿入りするまで──)
そう思っていた矢先、神獣が降りてきたことで僕とディアンナの関係が大きく崩れてしまう。いや僕がもっと上手く立ち回っていたら、あんなことにはならなかった。
神獣のルナ様は気まぐれでまだ幼く、邪気や邪悪なものに敏感になる。王城では妬みや嫉みなど負の感情が多く集まるため、特別な離宮を用意してもらい厳選された者以外立ち入り禁止となった。それでもルナ様は不調で寝込んでばかり。
「やはり婚約者があの方だと、ルナ様も辛いのでは?」
「婚約者様を代えれば、容態が落ち着くのではないでしょうか?」
「婚約者が原因なら排除──あるいは国外追放に」
誰も彼もがルナ様の不調をディアンナのせいにしていく。最初に会わせた時にルナ様が警戒したのは、敵意や威嚇とは異なる……もっと別の感情があったように思えた。けれど噂話は一人歩きして、いつしか誰も彼もがディアンナが罪人かのような扱いをするようになった。
実家ですら酷い扱いを受けていると聞いて、国王陛下に直談判することで表面上は収まったけれど、それは結果的によりディアンナを追い詰めるだけだった。
婚約者の、ましてディアンナのせいじゃない。バナード殿下及び王妃が画策し、国王に毒を盛り倒れた。それにより王城はより殺伐としたものになった。
表向きは国王陛下が病に伏せたと公表し、バナード王子と王妃、そして魔術士を捉えるため着々と準備を行っていく。第二王子クライヴも監禁された──と見せかけて、兵を集めていた。
まもなく王都に戦火が上がり、戦場となる。
ディアンナが政治の道具にされないよう、そして神獣不調の疑いを晴らすため、一時的にディアンナと婚約解消を行う話をした。それから侯爵家の領地で噂が収まるまで匿い、神獣不調の疑いを晴らす。
そのため詳細をディアンナに話した。婚約解消することでディアンナを守ろうとしたけれど、僕はディアンナの心の支えが「婚約者」であったことに気付かず、自分で彼女に止めを刺してしまった。
ディアンナはあの王城で会った時に、既に限界だった。それなのに、僕は「ディアンナなら大丈夫だ」と、なんの根拠もない自分の都合を彼女に押し付けた。
だから僕の元からいなくなった。
***
その日、ディアンナはデミアラ王国から姿を消した。何処を探しても彼女がいない。
「ディアンナ……っ」
彼女がいない。その事実に深く絶望した。
『私のためと思うのなら、全てを忘れて生きるので、アルフレッド様も忘れて幸せになってください』
その手紙を読んだ瞬間、僕はディアンナのなにもかも守れていなかったのだと気付かされて、酷く後悔した。
ディアンナが居なくなって、喜ぶ者や清々したと言い出す者までいた。だがそれはほんの数日で状況は一変する。
神獣のルナ様がいるにも関わらず、各国で疫病が流行り、魔物が国内に現れた。ルナ様の容態も衰弱する一方だった。
そしてバナード王子と王妃、そして魔術士の影から魔物が溢れ出し、あっという間に彼らは魔物に食い殺されてしまう。それも生きたまま全てを食われて絶命した。
この異常事態に国王陛下は、聖王国に助けを求めた。そしてその返答の前に教皇聖下はこう聞き返したと言う。
『子爵家の血族は国内にいないのではないか? であればそれが全ての原因だ』と。そこで知らされたのは、ディアンナの一族は《神々の加護》を得るにふさわしい神の末裔であり、存在するだけで聖域を作り出し邪を払いのけていたと公表した。
この国で家督を継げるのは血縁関係者のみだと厳命したのも『アルドリッジ子爵家のため』だった。本来は法王国の教皇聖下と同等の権限と力があったが、権力や地位を嫌って王国に身を寄せていたという事実に、誰も彼もが絶望した。
今まで守ってくれていた存在をあざ笑い、罵り、悪口を言い放った者たちは、バナード王子と同じように影から魔物が現れて、身体の一部を引きちぎっていった。子爵家の屋敷には誰もおらず、布と部屋が血塗れだったそうだ。
酷く暴れた後があったとかでディアンナの父と継母、ベティーは、バナード王子たちのように凄惨な最後を迎えたのだろう。現場を見て伝わってきた。
負の感情や憎しみ、悲しみ、怒りは魔物にとって大好物だという。だからこそ内包している者たちの感情を喰らおうと襲いかかる。今まではそれらをディアンナが無意識に封じていたというのだから、彼らは自分らが守られている存在を自分で傷つけて、自滅したのだ。
(ディアンナ。……僕はどう償えばいいのだろう。君の一番近くにいたのに……)
***
神獣のルナ様はもう目を開けていることも出来ずに、眠ったまま。
つまりルナ様が過剰反応をしたのは、この地に神の血を引き継いだ者がいたことに驚いただけだったのだ。それを周囲が勝手に解釈付けて、本当の守り神を追い詰めた。
ディアンナは行方不明。自殺した可能性もあると噂が飛び交う。彼女が消えたその日、広場で雨に打たれて歩いていたという目撃情報があった。
あの日、ディアンナを見送っていなかったことに後悔した。
(何とかしようと躍起になって、一番大切な人を軽んじて……)
聖王国は王国に対して神への冒涜を行ったことを大義名分にして、干渉、いや国盗りを始めた。
手始めに、王族を捕縛。王侯貴族の身分を剥奪して、あっさりとデミアラ王国は地図から消えた。法王国の属国となり、そう喧伝することで、王国だった領地も聖なる結界に入れることで魔物の出現を抑えた。
既に残っている王族は国王陛下と、第二王子クライヴだけ。死刑にならずに辺境領へ送られた。
この国の加護は消え失せた以上、今までのような安全な生活は困難となった。ルナ様はあまりにも邪気や穢れの多さに耐えきれず、数日後に消失。
「ルナ様が来なければ、この国は安泰だったのに」という不満が爆発したのも大きかっただろう。
その気持ちは分からなくもない。もしルナ様が気まぐれに降りてこなければ、僕はディアンナと婚約者のままだったし、国も穏やかなままだった。
歯車が一つ欠けたことで、豊かで栄えていた国は壊れていくのも早かった。ディアンナの捜索も行われたが、手がかり一つない。
民衆のやり場のない憤りは、元王家と僕へと向けられた。
『なぜ婚約者なのに、最後まで守らなかったのか』
『婚約者のために時間を捻出しなかったのか』
罵詈雑言の嵐をぶつけられ、元王家は全ての責任を僕に押しつけることで、民衆の溜飲を下げることを決断した。国王が病死したことで、残るクライヴは僕を生贄にしたのだ。
「すまない」と言われたが、どうでも良かった。
抵抗する気力もなかったし、それでいいと思った。
(僕がディアンナに甘えていた結果だ。あの時、彼女に説明して納得してもらって大丈夫だと、ディアンナなら分かってくれると、都合のいい解釈をした)
ずっと耐えていた彼女に、もう少しだけ耐えて欲しいと言ったのだ。コップの水が溢れているのに目を瞑って──愚かだった。
ディアンナを抱きしめたのは、いつが最後だっただろう。
好きだと言っていたけれど、それを免罪符にしていた気がする。
最後に話したのは?
キスしたのは?
彼女に触れたのは?
一緒に居た時間は?
予定も約束も全て直前で断って、期待させて、一人きりにさせて、周囲の視線や心ない言葉を浴びせられているとき、僕は守り切れなかった。
***
処刑当日。
鈍色に煌めくギロチンが落ちた瞬間、世界が静止した。
「お前は言い訳も逃げもしないのだな」
「……?」
そう言って止まった世界で姿を見せたのは、懐かしい夕焼け色の長い髪、檸檬色の瞳を持つ青年だった。いや人ならざる者。
「……ディアンナを追い詰めたのは、守り切れなかったのは僕ですから。彼女のいない世界なら僕の心は死んだまま。それならいっそ──」
「あの子は生きているし、今は幸せだよ」
「!?」
それを聞いて涙が止まらなかった。
「ディアンナが……生きてる」
「ああ」
ディアンナが悲しい思いをしていないのなら、それでいい。僕のことを許さなくてもいいから、生きて笑っているのなら──。
「最期にそれが聞けて良かった」
「最期? 君はまだあの子との約束を果たしていないだろう。この先どうするかは君たちが話し合って決めると良い」
そう言って処刑台から一変して、見知らぬ国に瞬間移動していた。そこで《最後の楽園》の存在を知り、準備を整えて旅に出た。
辿り着いたのはディアンナが失踪して半年以上が経っていただろうか。
僕を覚えていなくても、遠目で見て幸せなら去ろう。そう決めていた。そう行動しようと心に誓ったのに、彼女を見た瞬間、声を掛けてしまった。
「ディアンナ!」
ディアンナは僕を、いや全ての記憶を忘れていた。《最後の楽園》の住人になった者は、過去の記憶が一切なくなるというのは本当だったようだ。ただ強い思いがあれば、思い出すという。
僕を見てもディアンナは、思い出すことはなかった。嫌われて当然だ。僕はディアンナがずっとサインを出していたのに、気づかなくて……手を取ることができなかった。
欲が出たんだ。
もしかしたらやり直せるかもなんて、甘い考えで、謝罪して許されようと思った。
でも今を心から楽しそうに生きている彼女に過去の話をして、さらに苦しめるのでは?
なんて対面して気づくなんて、本当に僕は馬鹿だ。なんて話そう。どうすれば良いだろう。この都市に来る前にたくさん考えて、たくさん言葉や思いを書き綴ったのに、何も話せなかった。
自分の名前を告げて、思い出してほしい。
思い出したことで傷ついてほしくない。
葛藤。
逡巡。
自問自答。
ディアンナは過去に、強い拒絶と恐怖を持っていた。それだけ追いつめたのだ。なのに、過去の話をするなんて僕にはできなかった。
(幸せそうに生チョコタルトを食べている。……ああ、そうだ。僕は君の笑っている顔が大好きで……こんな風に、カフェでお茶をするのが日課だったのに……。ごめん、ごめん)
あの日、消えた時のディアンナの姿を思い出したら、過呼吸を起こしてしまい倒れてしまった。なんとも情けない。
***
ベッドで目が覚めて冷静になった頃には彼女の姿はなくて、真夜中だった。このまま何も言わずに消えるべきか。いやもう一度だけ会って「過去の問題は全て解決した。誰も貴女を傷つけないし、追っ手や怖いことなんてないから、安心して暮らして欲しい」そう伝えよう。
僕の名前は告げず、今幸せかとだけ聞いて、それだけにしよう。
今の人生に僕はいないほうがいい。
そうやって僕はまた失敗する。
彼女はまた記憶を消そうと、鐘のなる塔から身を投げた。
「ディアンナ!?」
落ちる彼女を抱き留めて救いはできたが、心はまた救えなかった。僕がディアンナの傍にいるだけで苦しめてしまう。
そんなのは嫌だ。でも、もうディアンナのいない世界で生きていけない。それに彼女の母とも守ると約束したのだ。
ディアンナはそれから目覚めず、眠ったままだった。
三日過ぎた頃だったか。
「最初に会った時に君がもっとディアンナに声を掛けていれば、変わったかもしれない。……この子はずっと夜を、過去を、連れ戻されるのを怖がっていたからね」
そう告げるのは夕焼け色の長い髪、檸檬色の瞳を持つ青年だった。世界が静止している。
(今更だ。僕はいつだって……ディアンナが一番苦しい時に傍にいてあげられなかった)
彼が何者なのか、それはもう分かっている。
だから願う。
「神様、僕に呪いを掛けてくれないだろうか。万が一、ディアンナが望んで僕のことを思い出したら人の姿に戻れる──みたいな。そんなことできないだろうか」
ベッドで眠る彼女の涙を拭いながら、僕は願った。これでは彼女の母親との約束が守れないと。
「いいよ。でもこの子が記憶を取り戻す可能性は限りなく低いし、君じゃない誰かを好きになるかもしれない。その場合は──」
「それでもディアンナの傍にいて守れるのなら、それがいい」
眠るディアンナの頬に触れた。
「愛している、ディアンナ。良い夢を」
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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