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11.

「ディアンナ!」

「!?」


 そう名前を呼ばれて腕を掴まれた時、驚きも、ときめきもなく、ただ面倒なことが起こったとしか思わなかった。

 長い黒髪、深紫色の綺麗な瞳、ボロボロな外套だけれど質が良い物だったからか、あまりみすぼらしくは見えない。

 きっと高位貴族なのだろう。


(私を知っている? ……何も感じないから人違いなんじゃ?)


 ぐるぐる考えている間に、とりあえず誰なのか名乗って貰おう。


「あの……どなたでしょうか?」

「──っ」


 なんの感情もなくそう告げた瞬間、彼は目を大きく見開き、絶望した顔でその場に座り込んでしまった。


(しまった! ……でもこの状態でこれ以上、どう言えば!?)

 


 ***



 その後、仕事をお休みして、傍にあるカフェの個室を貸してもらい話を聞くことにした。ギャラリーが居る中で、これ以上注目を浴びたくなかったからだ。


(……どうして注目されるのが嫌だって思ったのかしら? 過去で注目されるほど有名だったとか?)


 きっと過去の私は晒し者か何かだったのではないかと思い、自分の過去がより嫌いになった。


 とりあえずいつも食べるスイーツと紅茶を注文する。彼が食べるか分からないが二人分。


「……っ、ふっ……ぐすっ……」


 彼はずっと泣き続けている。せっかく綺麗で爽やか系な美青年なのに、泣いてばかりだ。せっかくの綺麗な顔がもったいないわ。


「ここのスイーツを食べる間だけお話は聞きますが、聞くだけです」

「──っ、ディアンナ」

「軽々しく呼び捨てしないでくださいませ」

「ディアンナっ……うぐっ……」


 さらに泣き崩れてしまった。


(ど、どうしよう。収拾が付きそうにないわ。とりあえず、この場を凌いで後は、できるだけ関わらなければいいわよね)


 眼前の彼を見て何の感情も、記憶も蘇らなかった。つまりはその程度の関係だったと言うことのだ。今の私は幸せなのだから、放っておいて欲しい。


「お待たせしました、生チョコタルトと紅茶のセットでございます」

「あ、ありがとう」

「……っ、生チョコタルトぉおおお」

(なぜそこで泣くの!? 生チョコタルトになにか因縁でも? あー、もう訳が分からない)

「すま……っ、ごめっ……っうう」


 泣き崩れていた彼は顔を上げると生チョコタルトを見ては、またボロボロと大粒の涙をこぼす。結局その日は私がスイーツを食べ終わっても泣いたままで、話にならなかった。

 スイーツは美味しかったけれど、ずっと泣き続けている彼はその後、過呼吸を起こして気絶。店員さんに医療班を呼んでもらい、彼を引き取って貰った。


(どうしよう。彼が誰なのか名前すら知らないんだけれど……)


 意図的に名乗らなかったのかもしれない。私の姿を確認するだけだったのかもしれない。前に遠目でカップルを見ている旅人を見たことがあった。


(あれはどちらかというと親子って感じなぐらい見ている相手がソックリだったから、パターンは違うのかもしれないけれど……)


 この場所にたどり着けたということは並々ならぬ覚悟と、思いがあったのだと思う。そうでなければ入れないから。

 ずっと泣き続けている見ず知らずの彼に対して、慰めるとか声をかけるなんて気持ちには一ミリもならなかった。


(だってなんて声を掛けていいのか分からないもの)


 自分はなんて冷たい人間なのだろうと思って少し凹んだ。



 ***



 今日も昨日と変わらず、牧場で羊妖精の毛を刈り取る。そして午後は糸を紡ぐ。いつもの日常、変わらない毎日最高。

 昨日の人は病院に泊まったらしいと、病院に勤めている友人が教えてくれた。


(もう一度ぐらいは会っておいたほうがいいのかな? お見舞いってしたほうがいい? でも迷惑だったら)

「ディアンナ」

「ディアンナぁ」

「まあ、また毛を刈り取って貰わないでいたの?」

「ディアンナがいい」

「ぼくも」


 羊妖精はふわふわと浮遊しながら私に擦り寄ってきてとっても可愛い。そしてモフモフに癒される。最高の職場だわ。

 もくもくと仕事をしていると、何やら今日は時計塔のほうが賑やかだ。


「おはよー、ディアンナ。今日も早いわね」

「おはよう、リジー。……ねぇ、今日はやたら時計塔のほうに人が行っていたけど何かあったの?」


 時計塔のほうに病院があるから込んでいるのなら、通路を変えよう。その程度の考えてリジーに聞いてみた。


「あの辺の建物が老朽化してきたとかで、修繕する人たちじゃない? しばらくは修繕工事になるんじゃないかな」

「そっか」

「そーれーでー、デイアンナ。あの格好いい人は誰なのよ!?」

「知らないわ」

「そっか、知らないのか──は?」


 隣で羊妖精の毛を刈り取っているリジーは素っ頓狂な声を上げた。驚かれても困る。


「え、あの後カフェに行ったって聞いたけれど!?」

「カフェに入ったけれど、三時間ずっと泣いていただけで何も聞いてないから、何も知らないの。その後、過呼吸を起こして倒れちゃったし」

「はーーーー!? 三時間!? よく我慢したわね」

「スイーツが思いのほか美味しくて……。それに泣いている人を前に帰るのも……ねえ」

「はあああああ!? なんなのそれ。なにも始まってないじゃん」

「そうね。……始まるかすら不明だけれど」


 本当は少し気になった。でも向こうから何も話さなかった以上、私から歩み寄りたくなかったのだ。私にとっても過去は捨てたもの。


 捨てたのに、見知らぬ誰かが過去を拾い上げて渡してくる。何も知らない私にとってその過去が「呪い」か「それ以外」かなんて分からないし、分かりたくない。

 私は今のままで幸せなのだから放って置いてほしい。そう身勝手に思ってしまっている。


「まあ、誰も彼もが過去を思い出したいって思わないものね。……私も太ももにさ、火傷の痣があるのよ。絶対にトラウマものの何かだって思うわけ。気にはなるけれど、知ったら最後、毎日楽しいーって、時間は消えるわよね」

「わかる。……それにこの場所を出るなんて考えたくないもの。注目されるのが嫌だって昨日思った時に、『ああ、きっと私はそういう人の目に晒される何かがあったんだ』って思ったわ。すれ違いや勘違いで修復する人たちもいるけれど、私はきっとそういう類いじゃないのよ。たぶん」


 三時間も一緒に居て何一つ思い出せなかったのだから、その程度の人だったのだ。すぐにあの人も、今の私を見て落胆して去って行くわ。

 結局、その日はお見舞いに行かずに終わった。


 ***



 それから数日。時計塔付近の場所で彼と出会った。


「ディアンナ」

「あ。退院したのですね」

「先日は大変失礼しました。僕は──」

「──っ、興味ありません。三時間も一緒に居て貴方のことを欠片も思い出さなかったのですから、貴方の知っている私だった人はもういない、死んだのです」

「……」

「さようなら」


 そう言って去ろうとしたけれど、その旅人は私の手を掴んだ。


「忘れてしまっていても、ディアンナはディアンナだった。好きなスイーツも、僕が泣いている時も、何も言わずに傍にいてくれた。君は昔と変わらずに優しい人だ」

(優しくなんて……ない)


 その言葉に腹が立った。何故かと言われても分からない。言葉にできないなにか形容しがたい感情に駆られて叫ぶ。


「優しい? 今の私を何も知らない癖に、過去の、貴方が見ていただけの私を押し付けないで」

「ディアンナ!」

「──っ」


 気付けば走っていた。

 あの人の名前も、記憶もない。

 人混みをかき分けて、逃げて、逃げて、逃げる。

 それでも自分の名前を呼ばれる度に、ドキリとした。私のことをここまで追いかけて来てくれる人がいたことに、少しだけ嬉しかった。


 でも彼は泣くだけで、なにも話してくれなかった。「会いたかった」とか「探した」とかそんな言葉は一言もなくて、ただ自分の感情のまま泣いていただけ。


 それを見ていても、なにも思い出せなかったし、私にとってこの人はその程度だったのだと自分にも落胆した。

 私が心穏やかに生きることを誰も許してくれないの?

 あんな悪夢のような現実が待っているなんて嫌!


「──っ」


 鐘の音が鳴り響く。

 美しい音色だった。

 透き通る青空、白い建造物に、豊かで穏やかな時間。それを奪われるくらいなら──。


 今度こそ手に届かないところに逃げたい。もう戻りたくない。

 辛いのも、悲しいのも、訳がわからず心が揺れ動いて息が苦しいのも嫌。全部捨てて、やり直そうと思っているのに、どうしてそっとしておいてくれないの?

 

 夕闇がまた私の全てを奪いにくる。

 悪夢と同じ。

 頭の中でたくさんの声が、羽虫が五月蝿い。


「──っ」


 衝動的に、体が動いた。


 捕まって、また過去を思い出すことも、戻ることも嫌。彼を見て、何も思い出せない自分が薄情だと思う自分も嫌い。

 愚かにも私は過去と向き合うより、この世界から逃げることを選んだ。


『ディアンナ』


 選んだのに、足が固まってしまった。


(どうして……ここで、あの人の声を思い出すの?)


 最後に私を踏み止まらせたのは、あの人の傷ついた顔を思い出したからだ。世界の果てまで私に会いに来てくれた人。もし、今の私を見て、過去を話すことを躊躇っていたとしたら?

 ふう、と少しだけ気持ちが落ち着く。


「──っ、今すぐに……受け入れられないけど、少し気持ちの整理に時間をもらえないか……相談して……みるのはあり……かな」


 過去は怖い理由の一つは、分からないからでもある。

 それなら少しだけ歩み寄ってみるのも良いかもしれない。そう思って、踵を返した瞬間。


「あ」


 ガタン、と足元が崩れ落ちた。


楽しんでいただけたのなら幸いです。

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