10.
暗闇が過去を連れて来る。
だから夜は嫌いだ。覚えていないけれど、魂の記憶は簡単には塗り潰せないのだろう。どこまでも私を苦しめる。
『ディアンナ』
誰かの声で世界が変わった。
聞き慣れた声。でも誰なのか思い出せない。
美しい夕暮れが変わり、星空すら見えない闇夜が出来上がると決まって声が羽虫の音共にやってくる。
『可哀想に』『──に嫌われた──』『あの方がいなければ──』『邪魔なのよね』『お前さえいなければ私が──だったのに』『──に覚えがめでたいからって』『あの方を解放してほしいわ』『国を出すわけにはいかない』『君が──じゃなかったら』
洪水のような声が私を攻撃してくる。何か大事なものを持って逃げていたのに、腕の中のある宝物だったそれは砂となって光を失う。
『ディアンナ、どうか待っていて欲しい』
ああ、私はきっと待てなかったのだろう。
待つよりも先に私のほうが限界だった。
砂は跡形もなく消えて、全てを消し去る。過去は怖いもの。逃げ切らなきゃ、また夜に捕まってしまう。
きっと夜に捕まったら、私の自由は奪われるのだ。そのことだけはなんとなくわかった。
(どうして誰も私の欲しい物をくれないだろう。私はただ穏やかに生きたいだけなのに……)
***
「んーー」
「ディアンナ、朝!」
「ぎゃふ!?」
毎朝ふかふかのベッドにダイブして起こしに来るのは、モフモフの羊たちだ。
ここ《最後の楽園》では常に羽根をもった羊妖精がいる。モフモフして最高に抱きつきがいがあるのだけれど、彼ら羊妖精は自分たちで毛を刈ることができない。そのため私たち人間が定期的に毛をカットして、その毛を糸に紡ぐのだ。
ここは妖精と人が共存する理想郷。
巨大な世界樹が特徴的で、水の都のように至る所に水路がある。緑と水に恵まれた素晴らし場所だ。全員が白い修道服に似た衣を纏い、様々な仕事をしつつ穏やかに暮らしている。
白い建物と水路と、世界樹。
誰も彼もが毎日を楽しんで、時々季節の節目の儀式や祭で結婚する人たちもいる。理想郷の特徴として、ほとんどの人がここに来るまでの記憶がないということだろうか。
私もここに来て半年だけれど、昔のことは覚えていない。ただ貴族の娘として生きてきた──と思われる所作や教養が身についているので、なんとなくそう思っている。
(まあ、ここではだからなんだという感じだけれど)
同世代の女子とお喋りをして、甘い物を食べる時、嬉しくなるのは、きっと過去にできなかったことだったのだろう。カフェに行くとチョコレート系のスイーツを選んでしまうのも、微かに覚えていることなのかもしれない。
今の私にとっては好みだと思って、深く考えていなかった。
「やっと見つけた。──会いたかったよ、アンジェリカ」
「え……私?」
ふいに旅人の恰好をした男性が道端で女性に声をかけていた。ナンパとは違う感じだろう。
旅人の男性は長旅だったのかボロボロの外套を羽織っていて、一目でこの楽園の住民ではないと分かる。《最後の楽園》は招かれた者か、入国申請が通った者しか入れない──らしい。
「まあ、珍しいわね」
「リジー。……そうなの?」
「うん」
三つ編みの眼鏡をかけた少女は物珍しそうに呟いた。
「あ、ディアンナは見るのは、初めてだっけ。たまに元いた国からここを目指して辿り着く旅人がいるのよ。『国のせいで悪役になった』とか、『政治絡みで冤罪を吹っかけられた』とかで逃げ場がなくなった子とかもいるのだけれど、家族や恋人が迎えに来たってこともあるのよ」
「家族や恋人」
どうしてか胸がざわつく。思い出せないのに、何も覚えていないのに、不思議な感覚だった。
「元婚約者、元夫、片思いしていたとか。事情は様々なのだけれど、でもこの最果ての道まで行こうと思う気持ちと熱意があるって、ロマンティックよね」
「そう……?」
「そうよ。過去に私利私欲のために連れ戻そうとした王侯貴族もいたらしいけれど、そういったのは中に入れないようになっているの」
「へえ」
リジーの言葉を聞きながらも、アンジェリカと呼ばれた少女と旅人から目が離せなかった。そこまでして会いたいと思っている人がいる。
(いいな……? いいな? どうしてそう──おもったの?)
少しだけ胸がざわついたけれど、すぐに治まった。
私には関係ない。友人もいるし、モフモフに囲まれて仕事環境も最高。
時間がある時は、図書館で読みたかった本を借りて、美味しそうなスイーツのお店でお茶を楽しむ。いつも窓際を選び、窓の外を眺めるだけで充分なのだ。
私は今の生活に満足したいるもの。
***
数日後。
たまたま人通りのある公園で、以前見たことのある二人に気づいた。彼が旅人の服装をしていたからでもある。
少しギクシャクした雰囲気だけれど、何度か会っているのだろうと言うのが、なんとなく見てとれた。
「……アンジェリカ、君はこの花が好きだったと思うのだけど、その花で作った香油なんだ。……その受け取って貰えるかな?」
「初めて見る花ですけど、……っ」
それは可愛らしいピンクの小さな花の小瓶だった。その香りにアンジェリカは何かを思い出したのか、ボロボロと涙を零す。
「あ、あああっ。……ブレトン様が贈ってくださると約束していた……香油ですわ」
「うん。誕生日に贈れなくてごめん」
「……っ、そう……あの日、ブレトン様は商談の帰り道に……事故に……」
一つの思い出がキッカケで、連動するように記憶が復元していく。その様を初めて見て怖いと思ってしまった。
(あんな風に過去を思い出すかもしれないってこと?)
せっかく思い出さないで暮らしていたのに、どうして過去は追いかけてくるのだろう。私には記憶を取り戻して、過去と向き合うアンジェリカが眩しくて直視できなかった。
人にとっては感動的なシーンなのかもしれない。でも私にとってはとても怖いモノに見えた。
(どうして……?)
「ブレトン様? え……そんな……亡くなったんじゃ?」
「怪我はしたけれど、誤報だよ。いや、そう情報を隠蔽して君から財産を奪い追い出そうとした」
「ブレトン様っ」
どうやら死んだとされた夫(?)は生きていたことで、追い出されたアンジェリカを追ってここまで来たとか。リジーが「元サヤに戻って良かった」と話していたが、私の耳には入ってこなかった。
「いいなぁ。ロマンティックじゃない」
「そう……かな」
「あー、ディアンナは夢見が悪いんだっけ」
「うん……」
リジーは「それもそうか」と頷いてくれた。この都市に来て心の傷を持つ者はよく夢で魘されるそうだ。過去を捨て去ったものの、魂の記憶によっては悪夢を繰り返し見てしまうらしい。心が傷を癒そうとしている証拠らしく、三カ月も経てば今の生活にも慣れて悪夢も自然と見えなくなるらしい。
「どうしても辛いなら悪夢を見ないお薬もあるらしいから、無理しちゃダメよ」
「うん。でも悪夢を覚えていれば過去を連れてくる旅人に出会っても警戒できるから良いのかもしれないわ」
「あーそう言う考え方もあるわよね。ここに入れる人は悪い人じゃないけど、元の国に戻るとか怖いし!」
「ほんとうにそれなのよね」
(アンジェリカの戻る国は、平和で周りが優しい人たちだと良いのだけれど……)
私は過去と向き合いたくなんてない。また傷つくくらいなら、いらないもの。そう思っていたのに、世界はそれを許さなかったようだ。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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