04.作戦開始?②
「迷宮に潜れば回復系アイテムの材料が手に入るから赤字にならない、という冒険者たちの常識があったそうですね、二百年くらい前は」
淡々と話すカエデ。
いつもと変わらない、感情の読めない表情なのだけど、私には分かる。
カエデの視線は、いつも以上に冷たい。さらに「今更ですか?」と言わんばかりの圧力がある。
私は助けを求めてセリアに視線を送る。
「もう、カエデさん、リーゼちゃんをいぢめちゃダメですよー。リーゼちゃんは冒険者ではないんですから、冒険者の常識に疎いでしょー」
「そ、そうだ、そうだー。私は冒険者じゃないから冒険者の常し――」
「店長、道具屋は冒険者から色々な話を聞くことが多いでしょう。あまり適当なことを口走る様であれば、カエデが苦言を呈することになりますが」
あ、ヤバい。
カエデの目が本気と書いてマジと読む状態だ。
これ以上、下手にカエデを刺激するのは、とてもよろしくない。
私を射抜くようなカエデの鋭い視線に晒されて、私は思わず直立不動の姿勢をとってしまう。
カエデから放たれる威圧感に、フロアがシーンと静まり返ってしまっていた。荒事に慣れているはずの冒険者たちが身を縮めて息を潜めている。
「もう、カエデさん、怖い顔しないのー。うちのギルドで唯一のB級冒険者のカエデさんが凄んだら、みんな萎縮しちゃうでしょー」
セリアが少し頬を膨らませながら、カエデを注意する。
それは、私がまだ魔王で、ここが魔王城だったのならば、次の瞬間、八つ裂きになっていてもおかしくない暴挙。
そういう事態が起きることはないと分かっていたけれど、冷や汗が私の頬を伝っていく。
「……そうですね。ここで店長に小言をいうのは公共のマナーに反しますね」
「そうよー、カエデさん。人前で叱ったりするのは良くないわー」
スーッと引いていくカナデの威圧感に、私は胸を撫で下ろす。
遠巻きに見ていた冒険者たちも同じ心境のようで、安堵した顔で各々雑談を始め、フロアに喧騒が戻ってくる。
「話を戻すわねー。迷宮の深層まで潜らないと品質の良いロパレ草が手に入らないから、マナの実とイタナイ草を使うレシピが主流となったのよー。それで上級回復ポーションの生産は出来る様になったのだけど、問題点があるわー。リーゼちゃんの知っているレシピと比べると、同じ材料の重量から作れる上級回復ポーションの量が二倍くらい違うのよねー。それで上級回復ポーションの値段がじわじわ高騰して、最終的に十倍になってー、当時は大混乱が起きたって資料に書かれているわー」
「……そう言えば、冒険者ギルドから、回復ポーションの価格改定をするように、通達があったような……」
「そうですね。店長がカエデに丸投げされたので、カエデが店内の値札張り替えやら在庫の確認や帳簿の修正やら、当日は休憩時間返上で作業をさせていただいてます。殆どの作業をカエデ一人でやったので、店長はあまり覚えていないかもしれませんが」
ゴゴゴって効果音が聞こえてきそうな笑顔のカエデ。
私は反射的に視線を逸らす。
カエデに言われて思い出したけれど、当時は〝魔王システム〟に私の存在が捕捉されない様にするために、色々な調査や実験をやることにハマっていたので、道具屋家業の大半をカエデに任せていた。
魔王軍の運営を担っていたカエデに道具屋の運営など、片手間で出来る作業量だし、私が関与しなくても道具屋の経営は上手く回っていた。
ちなみにカエデに道具屋の店長を任せる話を何度もやったけれど、頑なに断られた。カエデが冒険者をやっているのも、道具屋の店長を断る理由にするためというのがあったりする。
カエデが店長を引き受けてくれていれば、私は道具屋オーナーというボジションで、ぐうたら引きこもりライフを満喫できていたのに。ちくしょう。
「リーゼちゃんもカエデさんも冗談がうまいわねー。まるで当時の騒動を体験したみたいな口ぶりだわー」
感嘆するセリアの言葉に、私はカエデに目配せをする。
普段から気をつけているのだけど、当時を生きた記憶があるので、ふとした時に普通の人間なら取らない態度などが出てしまうことがある。
私の視線に小さく首を左右に振るカエデ。
今回の件でセリアに記憶操作は不要のようだ。やりすぎると、記憶や精神に異常をきたすことがあるので、私は内心安堵する。
「セリア、話を戻すのだけど、冒険者を何名か紹介してもらえないかしら。迷宮にポーションの素材を集めに行きたいから」
「んー、カエデさんはBランクの冒険者だからー、ソロでポーションの素材が手に入る迷宮に潜れるはずじゃないかしらー」
「カエデ一人に任せるのは申し訳ないから、私も迷宮に同行する予定よ。そうなると非冒険者の護衛として、冒険者が数名いないと迷宮の探索許可がおりないわ」
ぶっちゃけカエデ一人いれば何も問題ない。
下手に同行者が増えて、私やカエデの過去に勘付かれるリスクの方が問題だったりする。
それでも冒険者ギルドの方針に従うのは、ヒトに管理されている迷宮を探索するしかないからだ。
もっと未開の地みたいな地域なら、未管理の迷宮がゴロゴロあって、何も気を使うことなく,迷宮探索ができるのだろうけど。
ヒトの社会で生きることを選んだのだから、多少の生きづらさは許容するしかない。
「なるほどねー。迷宮探索は危険だからオススメしないんだけどー、色々な経験をすることは大事だからねー。カエデさん、リーゼちゃんはホントーにいい子ねー」
「ソウデスネー」
感心するセリアに、カエデが明後日の方向を見ながら棒読みで返事をする。
「カエデさん、ついでに冒険者ギルドから依頼をしても良いかしらー。カエデさんの腕前なら、経験の浅い冒険者が同行してもカバーが出来ると思うからー」
「……迷宮体験の依頼ですか? ついこの前、完遂しました」
「それは分かっているわよー。カエデさんは他の高ランク冒険者さん達と違って、最低でも月一回は迷宮体験の依頼を受けてくれてるからー」
「なら、カエデ以外の高ランク冒険者に依頼をしてください」
「んー、だけどー、やっぱりカエデさんにお願いしたいのよねー。安心感が違うからー。じょーすに迷宮探索の怖さを教えてくれるからー。わたしのワガママだけど、担当になった子は、出来るだけ長生きしてほしいからねー」
頬に手を当てながら、優しく微笑むセリア。彼女の笑顔はどこか寂しさが混じる。
冒険者が無謀な冒険をして、命を落としたり、再起不能になって去っていくことは、よくある事だけど、担当となったギルド職員は多かれ少なかれ責任を感じるらしい。
自己責任の業界とはいえ、ヒトの情というのは簡単に切り捨てられないみたい。
しばし無言で視線をぶつけ合うカエデとセリア。
私は少し肩をすくめてから、口を開く。
「カエデ、セリアにはお世話になってるわ。たまにワガママを聞いてあげてもいいじゃない。多少のお荷物が増えたところで、カエデがヘマする事はないでしょう」
「……店長が許可するのであれば、カエデが何も言いません」
「――っ! ありがとー、カエデさん!」
カエデが頬を膨らませた不服そうな顔で了承したことに、満面の笑みで喜ぶセリア。
うん、たぶん丸く収まった。後でカエデのご機嫌は取るとして、同行する冒険者は素直な子がいいなぁ。
セリアは私たちに一声かけて、同行させたい冒険者を呼びに席を離れるのだった。