01.辺境の道具屋?
「おい、コレくれよ。数あるから、すこーしまけてくんネ?」
少年――冒険者がお店のカウンターで、ウトウトしていた私に声をかけてくる。
私の見た目が、荒事になれていなさそうな十代中ごろの少女。そのためか端から値切ってくる冒険者が多かったりする。
何度も耳にしたテンプレートな台詞に、私がうんざりしていると、店で一番安い初級回復ポーションの瓶が、ドカドカと乱暴にカウンターに置かれる。
カウンターは硬い樫の木で作った上に強化魔術を施しているので傷つくことはないし、ポーション瓶も冒険者が乱暴に取り扱うことを想定しているのでヒビが入るような事はないから問題ないのだけど、自分の命を助ける道具を粗野に扱う目の前の冒険者に、私は内心ため息をついてしまう。
「……初心者? それなら、特別割引が使えるわよ」
「――ッ、ちげーよ! オレはEランクだ! Fランクのペーペーと一緒にすんなや!」
一瞬、初心者――Fランク向けの特別割引に反応した割には、おくびれもなく声を張り上げて、私を威嚇する冒険者。
ちなみにFランクは冒険者ギルドに登録したばかりの冒険者で、魔物と戦うような依頼を受注出来るようになるのはEランク以上から。
私はサッと目の前の冒険者の身なりを確認する。
安物の革鎧や中古の古びれたショートソード。順調に冒険者として経験を積んでいるようには見えない。懐事情も推して知るべしといったところだろう。
だからとって、礼節わきまえない冒険者に優しく接したところで、舐められるだけなのだけど、貧困に喘ぐ若者をつっぱねるほど、私は狭量ではないの。
認めたくはないけれど、年の功ってやつかも。
「消費期限の近い下級回復ポーションがいくつかあるわ。お値段は通常価格から三割――いえ、半額でいいわ。初級回復ポーション七割くらいの金額になるわね。でも、全部それを購入して、すぐ使わないと勿体ないことになるから――」
私は一瞬だけ、魔眼のチカラを解放する。
そして、眼前の冒険者になって自己陶酔してそうな少年のごく近い未来を視る。
すぐに彼が街の外で魔物と対峙している光景が視えた。
(……うわ、この子イキった態度なのに、戦闘スタイルは全然ダメだわ。良家のお嬢様と同レベルの剣さばきだわ。近隣の魔物――一角ウサギ一匹に回復ポーション一本消費するなんて壊滅的な戦闘センスだわ)
即回復ポーション三本を消費する少年の姿を魔眼が捉え、思わず憐憫の情が溢れてしまう。私は感情を表に出さないようにしながら、消費期限の近い下級回復ポーションの瓶を三本、カウンターに並べる。
初級回復ポーション二本より、消費期限が迫った下級回復ポーション一本の方が回復量は多いので、断然お得になる。
「三本だけ、売ってあげるわ。こっちの初級回復ポーションより効果が高いけど、ケチらずに先に使いなさいよ」
「はぁ? 全部売ってくれよ。そっちの方が断然いいじゃん。金ならあるからよ」
カウンターに両手をついて、身を乗り出してくる少年。何を考えているかは一目瞭然だ。
私は、わざとらしくため息をつく。
「消費期限の近いポーションは、破棄するように冒険者ギルドから通達がきているわ。戦闘中や人里から離れたところで、消費期限切れのポーション服用して、生死にかかわるような事態に陥る冒険者が後を絶たなかったから。ただし、消費期限が近いことを購入者に説明の上で販売することはギリセーフ。あと消費期限の近いポーションは他の店で買い取ってくれないわよ。場合によっては処分手数料を取られることもあるわ。転売して利益を出すのは無理よ。ああ、消費期限を偽造した場合は冒険者ギルドと商人ギルドから厳しい処罰があるからオススメしないわ」
「――チッ! 三本でいいよ。さっさと会計しろや」
少年の露骨な態度は、私の予想が当たったということだろう。
消費期限の近いポーションを買い取って、他店で売れば利ざやで利益が出ると考えたのだろうけど、それで儲けが出るような悪巧みは、ずいぶん前に潰されている。
私は初級回復ポーションの消費期限を確認し、消費期限が短いものと下級回復ポーションを入れ替えて、蝋引き紙袋に入れる。
私の作業を睨みつけながら、少年は苛立ちを表すようにトントントンとカウンターを指で叩く。
「あ、忘れてた。種類を問わず、短時間で大量のポーションを摂取するとポーション中毒になるから注意が必要よ。効果の高いポーションや複合効果のあるポーションを先に使用することでポーション中毒になるリスクを下げ――」
「うるせーよッ! 辺境の道具屋の小間使いのガキがウンチク語るんじゃねーよッ!」
少年の怒鳴り超えに、私の台詞は遮られてしまう。彼は代金をカウンターに叩きつけるようにして置くと、紙袋を引ったくるようにして店を出ていく。
「私、店長なんだけどなー」
姿の見えなくなった冒険者に向けて私は呟く。
常連未満のお客に店長と認識されていないのも、いつもの事なので気にしない。
ほんとに気にしてないから。
カウンターでぐるぐる回っていた硬貨に手を伸ばすと、掴みそこねてカウンターの向こう側に硬貨が落ちる。
「あー、めんど……」
私は思わず呟いてしまう。
カウンターは店員と客の空間を分ける優秀な間取りなんだけど、移動の動線が制限されるのが難点なのよね。
私は嘆息しながら、カウンターに右手をつく。そして軽く床を蹴ると、ひらりと カウンターを飛び越える。これがカウンターの向こう側に移動する最短の移動方法だ。
あ、もちろん店内にお客さんがいないとき限定ね。
床に転がる硬貨を探しながら、私は先ほどの少年の態度を思い返し、少し愚痴をこぼしてしまう。
「しっかし、最近の若い子は堪え性がないわね。アドバイスは素直に聞いて損はないのに。学び舎に通えばお金を払う必要が……」
「――店長、そいうのを老害と言うらしいですよ。求めてもいないアドバイスなんて、いつ購入したか分からない保存食より役にたたないです」
突然、背後から聞こえてくる抑揚に欠けた女性の声。
私が振り返ると、スレンダーな女性――店員のカエデが立っていた。彼女は呆れ顔で私を眺めていた。
「わ、私のどこが老害よ! どこをどう見ても、うら若き少女でしょう!」
「〝うら若き少女〟って……」
カエデが汚物でも見るような蔑む視線を私に向けてくる。
得体の知れない威圧感に、私は床の硬貨に伸ばしていた手を引っ込めて、身構えてしまう。
「な、なによ、その視線は……」
「店長、嘘は、良くない、ですよ」
「う、嘘は言ってないわよ。チカラの大半を封じた結果、見た目は若い乙女にしか見えないでしょう」
私は開き直って言い切る。
くるり、とその場で回ってみせ、乙女を強調してみる。
「うぅ……あのお美しかった魔王様が……おいたわしい……」
「泣き真似はやーめー」
「御意」
ピタリと嘘泣きを止め、昔から変わらない無表情な顔で直立するカエデ。獣人族特有の大きな琥珀色の瞳に、しなやかさを感じさせる長い四肢に均整の取れたプロポーション。微動だにせずに佇む姿は彫刻と錯覚してしまうほど。
私は自分の身体と比較し、無意識にため息をついてしまう。
「……おいたわしいです。勇者すら見惚れる完璧なプロポーションを誇る絶世の美女だった魔王様が、今は昔の面影もないチンチクリンなお姿は、思わず涙が――」
「うっさい! 仕方ないでしょ! 今の私は神々(くそったれ)から目をつけられないようにするためにも、色々と封印するしかないのよ。本来の百――いや、千分の一に満たない矮小な姿なのよ! 全盛期のぶいぶい言わせていた時と同じ姿を保てなくて当然じゃない!」
「まー、そですね」
ケロッと言い返してくるカエデ。ピコピコと彼女の頭の獣耳が動く。笑うのを堪えているときの癖だ。
こいつ、私をおちょくっている。絶対おちょくってる。
私は頬を膨らませて、カエデの鼻先を指差す。
「私をおちょくる暇があるなら、店内の掃除でもしてなさい!」
私は踵を返して、落ちていた硬貨を拾おうと、腰を屈める。同時にふわりと体が持ち上がる。
振り返ると、いつの間にか肉薄していたカエデが私を抱きかかえていた。
さすが隠密行動を得意としていた元魔王軍四天王筆頭。弱体化した私に気配を感じさせずに行動できるとは。
「カナデは魔王様をおちょくってませんです。魔王様の本来のお姿は、息をすることを忘れてしまうほど、神々しくて、お美しくて、お触れすることはおろかカナデの瞳で魔王様を捉えることすら恐れ多かったです。カエデは今の魔王様――店長が大好きです。あ、魔王様の本来のお姿は大大大好きです」
「あーもー、わかった、わかったから。暑苦しいから私を抱きかかえるのを止めなさい。頬擦りもやーめなさい」
「えー、ヤです。店長は抱き心地抜群で、フワフワで柔らかいです。いい香りがします。至福はココにあります」
にへら、と頬を弛ませるカナデ。
何故かその顔に、ゾワリとした悪寒を感じて、私は手足をジタバタを振り回す。
カナデの腕の力が緩まった一瞬の隙に、私はカナデの腕の中から逃げ出し、店の端まで駆けると壁を背にして、カナデを睨む。
彼女は不満そうな、名残惜しそうな顔で手をワキワキと動かして、ついさっきまで私を捕らえていた空間を弄っていた。
「そんな顔をしてもダメなものはダメ。立場を弁え、節度を持った行動を取りなさい」
「ぶーぶー、意義ありです。店長は、お店の宣伝に〝アットホームな空間を心掛けています。道具の使い方や在庫のないアイテムの取り寄せなど、色々な相談も承ります。〟と書いてます。つまりスキンシップはアットホームな空間演出です」
「当店はお触り禁止よ! ったく、巫山戯るのは程々にしなさい――」
ぱちん、と私が指を鳴らすと、カウンターの向こう側に置いていた椅子がふわりと飛んでくる。
私はその椅子にゆっくりと座り、足を組む。
そして、細心の注意を払いつつ、カラダの奥底に抑え込んだチカラの根源を僅かに引き出す。
鈍りきった感覚がクリアになっていく。
本能が歓喜し、無意識に口の端が持ち上がってしまう。
「――今日は妾に、なんぞ報告があるのじゃろ。疾く話すのじゃ」
魔力が活性化し、妾の周囲の空気をチリチリと灼く。
黄金色に輝き出した妾の瞳に映るカエデが身震いした後、片膝をついて恭しく頭を垂れるのだった。