第七話 少年と葛藤
エリオの案内で、三人は山あいの町にたどり着いた。
そこは聖都へ向かう途中にある町だった。
小さな町だが、どこか穏やかで洗練された雰囲気がある。
エリオの教会堂は、この町の一角にある古い教会堂だった。
「ここが…父上の教会堂です。」
エリオが静かに呟く。
その教会堂は石造りで、年季が入っているが、しっかりと手入れがされていた。
ユリウスとイクリが扉を開けると、奥の部屋から灯りが漏れていた。
「エリオ…か?」
中にいたのは、一人の男だった。
彼こそがグラティウス公——エリオの父であり、この教会堂の管理者だった。
「父上…!」
エリオが駆け寄ろうとしたが、グラティウスは手をかざして制した。
「まずは、話を聞かせてもらおう。」
彼の声には、どこか硬さがあった。
エリオは泣き出してしまい、代わりにユリウスがこれまでを話した。
「…なるほど。」
エリオの話を聞いた後、グラティウスは難しい顔をした。
「では、御二方は太陽神ヘリオス様を探しているというわけか。」
「そういうこった。」
イクリが腕を組んで答える。
グラティウスは少し考え込むように視線を落とした後、意を決したように立ち上がった。
「ならば、貴方達に見せるべきものがある。」
彼は教会堂の奥へと向かい、重い扉を開けた。
そこには、長い廊下の先にある小さな部屋があった。
部屋の中には、古びた祭壇と、一冊の古文書が置かれていた。
「これは…?」
ユリウスが古文書を手に取ると、そこには太陽神ヘリオスに関する記録が書かれていた。
「太陽神はある時、忽然と姿を消した。」
グラティウスは淡々と言葉を続ける。
「それは、力を奪われ、眠りについたからだ——とされている。」
「力を奪われた?」
イクリが目を細める。
「それを奪ったのは何者なのか、記録には明確に書かれていない。ただ、かつてこの世界には“神を惑わす魔”がいたと伝えられている。」
「“神を惑わす魔”……」
ユリウスが呟く。
イクリは眉をひそめながらも、何も言わなかった。
エリオは静かに祭壇を見つめていた。
その時、グラティウスがエリオに目を向けた。
「…お前は、リリアの墓参りを済ませたのか?」
その言葉に、エリオの体がびくりと震えた。
「…まだ、行ってないです…。」
その声は、かすかに震えていた。
「ならば、行くといい。お前の母が眠る場所は、この町の外れにある。」
グラティウスの言葉に、エリオはゆっくりと頷いた。
自身の妻が死んだというのに、何て薄情な奴なのだろう、とイクリは似合わないことを考えた。
町の外れにある、小さな墓地。
そこには、とても貴族のものとは思えないような質素な墓標が一つ、立っていた。
エリオはその前に膝をつくと、静かに目を閉じた。
「…母さん…」
ユリウスとイクリは、少し離れた場所で彼を見守っていた。
エリオはしばらく黙っていたが、やがてポツリと呟いた。
「…母さんは、すごく優しい人だったよ。」
ユリウスとイクリがエリオの方を向く。
エリオは墓標を見つめたまま、ぽつりぽつりと語り始めた。
「いつも僕のことを気にかけてくれて、僕が泣くと、必ず笑わせてくれた。」
「そうか…。」
「でも…」
エリオの声が少し震えた。
「母さんは、僕を庇って殺されたんだ。」
「…!」
ユリウスとイクリの表情が固まる。
エリオは拳を握りしめ、唇を噛んだ。
「僕が…もっと強かったら…あの時、何もできなくて…!」
「…エリオ。」
ユリウスがそっと肩に手を置く。
ユリウスにとって、この傷付いた少年には見覚えがあり過ぎた。
エリオは俯いたまま、震える声で続けた。
「ずっと、思ってた…僕なんか、生きてていいのかなって…。」
静かな夜風が吹く。
墓標の前で、小さな少年は過去の傷を抱えながら、立ち尽くしていた。
その時——
「…バカ言え。」
イクリの低い声が響いた。
エリオが驚いて顔を上げると、イクリは険しい顔で彼を見つめていた。
「生きてていいかどうかなんて、誰かに決められることじゃねぇよ。」
「でも…!」
「てめぇは今、生きてぇんだろ?」
イクリは乱暴に頭を掻きながら続けた。
「それなら、生きるしかねぇだろ。てめぇの母親だって、お前にそうあってほしいと思ってたはずだ。」
決めるのはお前だ。
エリオの目に、涙が滲む。
「…イクリさん…」
「…ちっ、めんどくせぇな。」
イクリはぷいっと顔を背けるが、その口調はどこか優しかった。
ユリウスは優しく微笑みながら、エリオの肩をぽんと叩いた。
エリオは涙を拭いながら、小さく頷いた。
その夜、エリオは静かに母親の墓に誓った。
「…僕は、生きるよ。」
旅は続く。
太陽神の謎を追いながら、それぞれの傷を抱えたまま——。
イクリとユリウスは聖都へ向かうため、街の門へと歩いていた。その後ろを、エリオが静かに追っていた。
「……もう行くんですね」
門の前で足を止め、エリオが言う。
「まぁな。長居する理由もねぇし」
イクリが肩をすくめる。
「お前は、どうするんだ?」
ユリウスが問うと、エリオは少し寂しげに笑った。
「僕は、ここに残ります。父さんに話を聞かなきゃいけないことがありますから。」
古い教会堂に残された秘密、太陽神へと繋がる何か——
エリオはそれを確かめるため、この街に留まると決めていた。
「父さんはあまり多くを語らない人だから……でも、もう迷ってる時間はないんです」
「そうか」
ユリウスはエリオの真剣な瞳を見つめ、静かに頷いた。
「ま、こっちも忙しいからな。ガキの相手してる暇はねぇ」
イクリはぶっきらぼうに言いながらも、どこか少しだけ名残惜しそうだった。
「…君たちと旅をして、少しだけ楽しかったです」
エリオはふっと微笑む。
「少しかよ」
「うん、ほんの少しです」
ユリウスとイクリは苦笑した。
「どうか、ご無事で…。」
エリオは手を振った。
イクリとユリウスは、それぞれ一度だけ振り返り、小さな町を後にした。
そして、二人の旅は聖都へと続く——。