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第五話 聖都への道

 夜風が肌を撫でる。

 焚き火の炎が揺らめき、赤々と燃えていた。

 イクリとユリウスは、ルル・マリスを後にし、聖都へ向かう途中の森にいた。

 道中の安全な場所を見つけ、今は焚き火を囲みながら、簡単な食事を済ませた。

「…ユリウス」

「ん?」

「オレにはよ、目的も何にもない。…お前は?」

 ユリウスは、一瞬だけ動きを止めた。

「…俺の目的?」

「そうだ。お前、聖都に何しに行くんだ?」

 ユリウスは焚き火を見つめる。

 薪がはぜる音が、静かに響いた。

 しばらくして、ユリウスは口を開いた。

「…復讐だよ」

 イクリは眉を上げる。

「へぇ…意外だな」

「何が意外なんだ?」

「お前、そういうのを嫌うタイプかと思ってたぜ?」

「…そう見えるか?」

「ああ。どっちかっていうと、悪を討つ! みたいな感じの方が似合ってんじゃねぇか?」

 ユリウスは少し笑い、首を横に振った。

「復讐とは言っても、俺の手でただ一人の敵を殺したいわけじゃない。俺はただ——」

「証明したいんだ。俺が、何もかも失ったことが…無駄じゃなかったって」

 イクリの黄金の瞳が、微かに光を帯びる。

「…ほーん」

「俺は、生まれつき強くはなかった。むしろ、どちらかといえば弱かった」

「…だろうな」

「おい」

「悪い悪い」

 イクリは肩をすくめながら、続きを促す。

 ユリウスは少し考え込むように、焚き火を見つめた。

 そして——

「俺は、かつて騎士だった」

 焚き火の炎が、静かに揺らめく。

 ——ユリウス・エリシアの過去が、語られ始めた。


 小さな国の騎士だった。

 その国は聖都との繋がりが深く、沢山の恩恵も与えられていた。

 小さくも豊かな国だった。

 ユリウスの剣の腕は並みで、特別な才能があったわけでもない。

 それでも、彼は努力し、仲間と共に戦い、国を守るために剣を振るった。

 ——だが、ある日。

 国は、一夜にして滅んだ。

 神徒の軍勢によって。

「太陽神の名のもとに、お前たちは裁かれる」

「汝らの命は、神の糧となるのだ」

 裏切りと呼ぶのだろうか。

 騎士団は奮闘したが、神業の使い手は圧倒的だった。

 ユリウスは、仲間達、家族達の最後の姿を見ながら…生き延びた。

 ただ一人、生き延びた。

「…逃げたんだ」

 ユリウスは、低く呟いた。

「俺は、何もできなかった。何も守れなかった。ただ……足掻いて、生き延びた」

 焚き火の光が、ユリウスの横顔を照らす。

「だから、俺は剣を捨てられない。…俺が生き延びたことに、意味があるって証明するまでは。」

 イクリは腕を組み、しばらく沈黙した。

 そして——

「バカだな」

「…そうか?」

「ああ、バカだ」

 イクリは鼻を鳴らす。

「そんで、随分と面倒くせぇやつだな、お前は」

 ユリウスは苦笑する。

「自分でも、そう思うよ」

 焚き火が、静かに燃える。

 二人はしばらく、何も言わずに夜の空を見つめた。

 ——そして、旅は続く。

 聖都へ向かう道の先には、何が待っているのか。

「俺は…俺のために足掻く」

 ユリウスは、静かに剣を握りしめた。


 夜が明け、二人は再び歩き出した。 

 聖都へ続く道は長く、なだらかな丘陵を越え、深い森を抜けなければならない。

 そんな中——

「た、助けてください!!」

 突然、森の中から小さな声が響いた。

 イクリとユリウスは即座に振り向く。 そこには、ボロボロの服を着た小さな男の子が立っていた。

 年の頃は10歳ほど、整った顔立ちに新緑の髪。 

だが、何よりも印象的なのは—怯えた瞳だった。

 ユリウスがそっと膝を折り、少年と視線を合わせる。

「どうした? こんな森の中に、一人で…。」

「僕…僕は、エリオ…! 追われてるんです…!」

 少年——エリオは息を切らしながら、必死に訴えた。

「…追われている?」

 ユリウスが問い返すと、エリオは小さく頷く。

「僕…ヴェルザント公国の、貴族の家の者なんです…。」

 ヴェルザント公国。 聖都を中心とする国々の一つで、貴族間の権力争いが絶えない場所。

 イクリが腕を組み、面倒くさそうに言う。

「…なるほどな。高貴な生まれの貴族サマってわけか。」

「そ、そんな言い方……」

 エリオがむっとするが、すぐにまた不安げな顔に戻る。

「母上が殺されて…僕も命を狙われてるんです…!逃がされて…一人で…逃げてきたんです!」

 その時——

「見つけたぞ、ガキが!」

 森の奥から、黒装束の男たちが現れた。

 明らかにただの山賊ではない。 彼らの動きには無駄がなく、抜き放たれた刃からは殺気が滲んでいた。

 ユリウスは即座に剣を抜き、エリオを背に庇う。

「ふーん、こいつらがお前を殺しに来たのか?」

 エリオが小さく頷く。

「た、多分…ヴェルザント公国の中でも、父上と対立していた家の者の筈……!」

 イクリは鼻を鳴らしながら、ゆっくりと歩み出た。

「子供すら狙うか、非道な狼藉者が」

「悪ぃが、オレ達はそういうの見逃すタチじゃねぇんでな。」

「…なら、お前らも一緒に消えてもらう!」

 男たちは一斉に駆け出す。

 刹那——戦いが始まった。

 ユリウスはエリオを抱えながら後方へと下がる。 

しかし、敵は躊躇なく攻撃を仕掛けてくる。

「チッ…!」

 ユリウスは剣を振るい、鋭い斬撃で敵の剣を弾いた。 だが、片手でエリオを抱えている状態では動きが制限される。

 その隙を突かれ——

「…ッ!!」

 ユリウスの肩を浅く切る刃が走った。

「テメェら、調子乗ってんじゃねぇぞ!!」

 次の瞬間、イクリが閃光のように駆ける。

「——影閃シャドーフラッシュ。」

 一撃。

 イクリの爪が敵の一人の胴を裂き、男が呻きながら地に倒れた。

 しかし、敵はまだ数人いる。彼らは即座に距離を取り、何かを呟く。

——呪文だ。

 すると、男たちの周囲に光の刃が浮かび上がった。

 イクリは舌打ちする。

「邪魔くせぇ…!」

 だが、ユリウスは目を細める。

——この魔術、何かがおかしい。

 敵の足元には僅かに揺れる影。 魔術を放っているのは、目の前の男ではない——別の場所に術者がいる。

 ユリウスは冷静に剣を構え、静かに呟いた。

「イクリ、俺が斬る。時間を稼いでくれ。」

「…仕方ねぇな。」

 イクリは嗤いながら、戦場を駆ける。

 閃く爪、躍る体躯——そして、ユリウスの剣が真実を見抜く。

 戦いは、終局へと向かっていた——。

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