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第三話 光を操りし刺客

 太陽が顔を出し、明るい光が差し込む。

 無事に夜が明けたのだ。

「ふわ〜、もう少し寝かせてくれよ〜」と甘ったれた駄々をこねるイクリを蹴り飛ばしたユリウスの朝は早く、イクリが起きて15分にも満たない内に、2人は雑木林の中を歩いていた。

 否、イクリは歩かされていた。

「…イクリ」

「んだよ、まだ機嫌直ってねぇぞオレは」

「黙れ」

 ユリウスの低い声に、イクリも思わず表情を引き締める。

 ——異様な空気が漂っていた。

 周囲の木々がざわめき、風が妙に冷たい。イクリは鼻を利かせ、すぐに気付いた。

「…なるほど、今度は群れか」

 先ほどの魔獣とは違う。今度は"狩り"の気配がする。複数の獣たちが、彼らを囲んでいた。

 闇の中、無数の赤い瞳が光る。

「チッ、まとめて始末するか…!」

 イクリが魔力を高めようとした瞬間——獣たちの間から、"別の影"が姿を現した。

 それは、人の形をしていた。

 薄暗い木々の闇に溶け込むような黒のローブに身を包み、顔の半分を仮面で隠した男。

 男は無言のまま、手を上げる。その瞬間、獣たちが一斉に唸り声を上げ、牙を剥いた。

「——イクリ、ここは俺に任せろ」

 ユリウスが剣を構える。

「は? ふざけんな、またトドメ持ってく気か?」

「違う。こいつは"ただの魔獣使い"ではない」 イクリの目が鋭くなる。

 ユリウスは静かに続けた。

「…"神徒"だ」

 その言葉に、イクリの笑みが消える。

「…チッ、マジかよ」

 "神徒"。それは、太陽神を信奉し、神の意志のもとに動く者たち。聖都エリシアにも多くの神徒がいるが、その中には"異端"を粛清する者たちもいる。

 つまり——

「オレを狙ってきたってワケか」

 仮面の男は、大きく口を開いた。

「——"月下の狂犬"イクリ・ルナロス」

 男の声は低く、抑揚がなかった。

「貴様の存在は、天に仇なすもの。我ら"神徒"の名のもとに、ここで滅ぼす」

 イクリは短く息を吐くと、手首を鳴らした。

「面白ぇじゃねぇか」

 早朝の柔らかな光が差し込む木々の中、静かに魔力が蠢き始める。

「狩るか、狩られるか——」

 蒼黒い闇が、イクリの周囲に広がっていく。

「——どっちが喰う側か、教えてやるよ」


 ヒュウウ…と冷たい朝風が吹く。

 仮面の男が無言で手を掲げると、獣の群れが一斉に跳びかかった。

「…数で押し切るつもりか、くだらん。」

 ユリウスは剣を抜き、微かに息を吐いた。

 次の瞬間——

 大地を裂くような一閃。

 ユリウスの剣が振るわれた瞬間、前方の魔獣がまとめて吹き飛ばされる。切断された肉が宙を舞い、赤黒い血が草を濡らした。

「チッ……オレの出番が減るだろうが!」

 イクリは不満げに舌打ちするが、その目は輝いていた。

「だがまぁ……オレのほうが速ぇぞ」

 イクリの足元に、闇が揺らめく。

 次の瞬間——

 イクリの姿が消えた。

 気付いた時には、すでに魔獣の背後。

 膝蹴りが振り抜かれ、獣の首が不自然に折れる。

「っは! 遅ぇよ!」

 さらに、跳び上がったイクリが空中で回転しながら、別の魔獣の喉を蹴り潰す。

 静かに崩れ落ちる獣の死骸。

 一方で——

「——風断ゼファーテム

 ユリウスは低く構え、地を蹴った。

 刹那、鋭い斬撃が空を裂き、正面の魔獣を一閃する。

 風が走り抜けたかのように静かだった。

 次の瞬間、切断された魔獣が地に崩れ落ちる。

 身軽なイクリはその身軽な身体で遇らいながら、次々と獣を蹴り飛ばす。

 一方、ユリウスは殆どその場から動かず、その剣の一振りで切り裂いていた。

 戦法が対照的な二人が、敵を蹂躙する。

 しかし——

「…まだ終わりじゃねぇな」

 イクリが前方を睨んだ。

 全て倒れた獣の群れの奥。

 仮面の男が、ゆっくりと手を掲げる。

 空気が変わった。

 森全体がざわめき、血の匂いすらかき消される。

「…来るぞ」

 ユリウスが剣を構える。

 イクリは口元を吊り上げた。

「上等だ。もっと"喰らい甲斐"のある奴を出せよ」

 夜の森に、不気味な静寂が広がる。

 魔獣達が倒れた後も、仮面の男は微動だにしない。

 イクリは足元の血を踏みしめ、肩を鳴らした。

「おい、もう終わりか? つまんねぇな」

 男は答えない。ただ、ゆっくりと手を掲げる。

 次の瞬間——辺りが"眩しさ"に飲み込まれた。

「…ッ!」

 余りの眩しさに目を細める。

 まるで突然、太陽が昇ったかのような強烈な閃光。森の闇を切り裂き、あたり一面を純白に染め上げる。

 イクリが反射的に後ろへ飛び退る。

「へぇ…“光"を使うのかよ」

 光が収束し、仮面の男の手のひらに球体となって集まる。

「——神の光は、闇を討つ」

 男の声が静かに響く。

 そして、男が手を振るうと——光の球が槍となって射出された。

 ズッ…!

 光の槍が地を貫いた瞬間——爆発。

 衝撃波とともに、地面が抉れ、草木が吹き飛ぶ。

 イクリはすかさず跳躍し、空中で身を翻す。

 ——その一瞬、光の槍が更に二発、"予測不能な軌道"で飛んできた。

「チッ…!」

 イクリは空中で体をひねり、間一髪で回避する。

 が、その動きを読んだかのように——

 光の刃が、四方から迫る。

 光が形を変え、無数の剣となり、イクリを包囲する。

「っは、面倒くせぇな…!」

 男の背後から、巨大な斬撃が襲いかかる。

「——風断ゼファーテム

 ユリウスの剣が振り抜かれたのだ。

 しかし、刃が男の身体を通り抜けた。

「…!」

 イクリとユリウスが同時に気づく。

 "光"は"質量を持たない"。

 どんな攻撃も、光の状態の男には当たらない。

 ——ならば、どうすればいい?


 夜の森に、光の残滓が漂う。

 仮面の男は静かに佇み、その身体は淡く光を帯びていた。

 ユリウスの剣が振るわれた直後、男の姿は再び"光"となり、刃をすり抜けた。

「……無駄だ。神の光は、凡俗の刃では断てぬ」

 男の声が響く。

 イクリが舌打ちし、短く息を吐く。

「チッ、"物理無効"かよ……ダルいな」

 光に変質することで、あらゆる攻撃を受け流す——確かに厄介な能力だ。

 しかし——

 ユリウスは、剣を下ろしながら冷静に呟いた。

「……本当にそうか?」

 男の光る身体を見つめ、静かに続ける。

「この低級な魔術師自体が光になれるはずもない」

 イクリが眉を上げた。

「——つまり、どういうことだ?」

 ユリウスは淡々と推測を語る。

「おそらく、"実体"は別の場所にある」

 男は一見、光の存在そのものになっているように見える。だが、それは「そう見えているだけ」ではないか?

「おそらく、こいつが光になれるのは"幻影"を作る範囲内だけ。実際には、どこかに"本体"が隠れている」

「…へぇ」

 ユリウスは剣を構えたまま、目を細める。

「どこに隠れているか…探すぞ」

 イクリの目が光った。

「了解。じゃあ、炙り出しといこうぜ」

 イクリは地を蹴り、一気に仮面の男へ肉薄する。

 男は動じず、手を掲げる。

「光よ、神の槍と成れ」

 再び光の槍が生まれ、イクリへと降り注ぐ。

 だが——

 光の槍がイクリの身体を貫く——直前、イクリの身体が霧のように掻き消えた。

「…!!!」

 男が僅かに驚愕する。

 その瞬間——

 ユリウスが地を蹴り、男の背後へ躍り込んでいた。

「そこだ」

 刹那、ユリウスの剣が閃く。

 仮面の男ではない"何か"が、暗闇の中で閃光を帯びた。

 ——草陰。

 仮面の男とは別に、"光の核"があった。

「"実体"を見つけたぞ」

 ユリウスの剣が、その"核"を両断する。

 光が砕けた。

 仮面の男の身体が一瞬、揺らぐ。

 そして——"光"は消えた。

「ッ…!? ば、馬鹿な……」

 男の顔から、初めて動揺が滲む。

 光の変質が解け、実体が露わになったその瞬間——

「—喰らうぜ?」

 イクリの膝蹴りが、男の顔面を撃ち抜いた。

 バキンッ、と骨の砕ける音が響く。

 男の身体が宙を舞い、地面に叩きつけられた。

 イクリは着地すると、満足げに鼻を鳴らした。

「やっぱ"実体"があるってのは、喰らい甲斐があって良いもんだな。」

 ユリウスは剣を収めながら、一言だけ呟いた。

「…言っただろう、"光そのもの"じゃないってな」

 倒れた男はもはや動かない。

 朝の森に、ようやく静寂が戻った。

 イクリは肩を回しながら、ユリウスを見た。

「…ったく、お前が理屈こねてなかったら、もっと手っ取り早くブン殴ってたのによ」

 ユリウスは冷静に返す。

「お前の攻撃がすり抜けていた時点で、お前は直ぐに見抜けなかった。それは無理だっただろう。」

「チッ、言い返せねぇ…」

 不満げに呟きながらも、イクリはどこか嬉しそうに笑っていた。

(…守られたのなんか初めてだ。)

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