第十話 触れた光
聖都へ続く道を歩く二人。
夜風は涼しく、星が瞬いていた。
「ようやく着きそうだな」
ユリウスが静かに呟く。
イクリは頭の後ろで手を組みながら、欠伸をかみ殺した。
「長ぇ旅だったな。…まぁ、どうせまだ終わりじゃねぇんだけどよ」
「ここからが本番だろうな」
冗談めかした軽口に、ユリウスは淡々と返す。 いつも通りの会話——だが、その静けさを破るように、森の奥で何かが蠢いた。
——ガサッ。
「……!」
二人の動きが止まる。
イクリが目を細めた瞬間——
ズバッ!!
鋭い風を切る音と共に、矢が飛来した。 イクリがとっさに避ける。
「ッ、敵か!」
ユリウスはすぐに剣を抜いた。
闇に紛れ、複数の影がうごめいている。 彼らを囲むように忍び寄る殺気——ただの追い剥ぎや山賊の類ではない。
「……なぁんか、手慣れてんな」
イクリは歯を剥き出しに笑う。「どうする? やるしかねぇか」
ユリウスは無言で前に出る。
「…手早く片付けるぞ」
——そして戦いが始まった。
ユリウスは鋭い斬撃で敵を薙ぎ払い、イクリは素早い動きで攻撃を避けながら懐に飛び込む。
「チッ、数が多いな……!」
イクリが舌打ちする。
敵は四方八方から襲いかかってくる。
ユリウスが一人を仕留めた瞬間——
「——ッ!?」
その隙を突いて、別の敵が短剣を構えて飛び込んできた。
「ユリウス!」
イクリの叫びが響く。
ユリウスもすぐに反応するが、避けきれない。 狙いすました一撃が、彼の腹部に突き刺さる——
——その瞬間。
バシュウッ……!
不意に、柔らかな光が弾けた。 それは一瞬の閃光だった。
眩しさに目を細めたユリウスが、己の身体を見下ろす。
「……?」
短剣が、弾かれていた。 まるで見えない何かに阻まれたかのように。
「え……?」 イクリが息を呑む。
自身の手を見ると、かすかに光が揺らめいている。
確かに、弾いた、感覚がある。
「…オレ、今…」
何をした? どうして?
戸惑うイクリの胸を、得体の知れない不安が締め付けた。
——しかし、戦いは終わっていない。
敵はまだいる。 ユリウスはすぐに剣を構え直し、イクリを一瞥した。
「イクリ…後で考えろ」
「あ…」
「今は戦え」
その一言で、イクリは我に返る。 今は戦場だ。戸惑っている場合じゃない。
「…あぁ、わかってる!」
イクリは改めて戦闘態勢を取る。
(今は…考えねぇ!)
己の身に起こった異変を押し殺し、イクリは再び戦場に飛び込んだ。
敵の最後の一人が倒れ、辺りに静寂が戻る。 戦闘が終わり、息を整える二人。
「…しつけぇ連中だったな」
イクリが剣を肩に担ぎ、深いため息をつく。
ユリウスも剣を収め、辺りを見回した。 襲撃者たちは完全に動かなくなっている。
「終わったか…」
「おう。で…」
イクリが一歩近づく。 ユリウスの腹部に視線を落とし——勢いよく服をまくり上げた。
「ちょ、おい!? 何を——」
「…傷ねぇじゃねぇか」
イクリの眉が、ぴくりと動く。 さっきの攻撃を受けたはずなのに、ユリウスの腹には傷一つない。
ユリウスも状況を理解し、思わず息を呑んだ。「確かに……あの短剣は……」
普通なら避けきれなかった。 だが、何かに弾かれた——
イクリは、再び自分の手をじっと見つめる。 かすかに、残光が揺らめいている。
「……やっぱ、オレ、何かしたんだよな」
恐る恐る呟く。
だが、その瞬間——
「お前、今更か」
ユリウスが淡々とした声で言った。
「は?」
「さっきの戦闘中、光が見えた。……お前の手から」
焚き火が静かに揺れている。 戦闘の疲れが残る中、二人は森の奥、人気のない場所で休息を取っていた。
イクリは、自分の手をじっと見つめていた。(オレ…本当に、何をしたんだ…?)
戦闘中、確かに光が溢れた。 その力が、ユリウスを守ったのかもしれない——。
「あまり考えすぎるな。」
不意に、ユリウスの声がした。
イクリが顔を上げると、ユリウスが隣に腰を下ろしていた。
「今更、己の力に怯えるのか」
「別に、怯えてねぇよ」
「じゃあ、その顔は何だ」
「…うるせぇ」
焚き火がパチ、と弾ける。
ふいに、ユリウスの手が伸びた。
——イクリの頬に、そっと触れる。
「……!?」
驚いて顔を上げるイクリ。
「少し、熱があるな」
「は、はぁ!? 何勝手に触ってんだよ!」
慌ててユリウスの手を払いのけるが、ユリウスは特に気にする様子もなく、じっとイクリを見つめる。
「…お前、あの時、本当に嬉しそうだったな」
静かに呟かれた言葉に、イクリは思わず息を詰まらせた。
「は?」
「俺を助けられた時だ」
「…っ」
視線を逸らす。
確かに、ユリウスを守れたことにホッとした。 けれど、それと同時に自分の"異質さ"に気づいてしまった。
(オレ…本当に、人間なのか?)
ユリウスは少しだけ目を細めると、低い声で言った。
「お前は、お前だ。それだけだ」
「…」
言葉に詰まるイクリ。
「余計なことを考えるな。お前は、まだ何も決める必要はない」
そう言うと、ユリウスはふいにイクリの手を取った。
「っ、お、おい!?」
「落ち着け」
ゆっくりと、親指が手の甲を撫でる。 それだけの動作なのに、妙に心臓が跳ねた。
「な、なんだよ……」
「ただの確認だ、お前の力はなかなか興味深い。」
「…くそ、いちいち変なことすんな…」
そう言いながらも、手を振り払うことができなかった。
焚き火の光に照らされ、ユリウスの横顔が静かに揺れている。
——少しだけ、二人の鼓動が速くなった気がした。