プロローグ
聖花は語る。――誰かがやらないといけなかった。
ただ、それだけなんだ、と。
きっかけはあった。だからこそ、聖花は争いを終わらせたかった。
その道が、どれだけ過酷だとしても――争いを終わらせたい。その一心だけで、彼女は自ら呪いを引き受けた。
こんな重い使命――背負うのはあたしだけでいい。そう考えて。
――その日、聖花は幼馴染みのソフィアと結界の外に出てしまった。
聖花とソフィアの両親の、親としての想いとは裏腹に。
2人は知らなかった。聖族と魔族の争いを。
その翼で羽ばたいていると、遠くから強い魔力を感じた。20を超える数の魔力。
ソフィアに似た輝いたような魔力と、表現しにくい――言葉にするなら、暖かみを感じることすら許されない――そんな魔力と形容するのが無難だろうか。
2種類の魔力が、1箇所に集まっていた。
2人は飛んだ。その方角に。好奇心が勝った。今まで生きてきて感じた事のない、沈む闇のような魔力。それの正体が、本当に闇の魔力だとしても――それは、出来事が起こってから理解した事だった。
まだ少女の年齢だった2人は硬直していた。遠目に見えた激しい戦いの光景に。
鮮血が、飛び散る。聖族は魔族を――魔族は聖族を攻撃していた。凄まじい魔法でだ。
目の前の光景は、とても戯れているだけには見えなかった。
争いというモノがこの世に存在しているとは思わないほどに平和な生活をしていた2人にとって、その光景によってもたらされた衝撃は図り知れない。
動けなくなって、数分が経過する。
「増援か!」
「早いですね――!!」
「子供だろうが関係はない! 持ち堪えろ! 我々にも、もうすぐ援軍が駆けつける!」
魔族が聖花とソフィアの魔力の質から、聖族の増援だと判断する。魔族の小隊長が鼓舞するための声を上げると、魔族達の気持ちは一層引き締まる。
『2人――それも子供か! 迷い込んだのか――!?』
『如何します! 隊長!』
聖族達は念話の魔法で会話をした。
『逃げろと言っても、あの様子では無理だろう! マリア――! 隙を見て逃がしてくれ!』
『承知!』
聖族の小隊長の命令に、マリアと呼ばれた聖族が答える。
「せ、聖花! もどろう!」
ようやく口を開く事が出来るようになったソフィアは、聖花の手を引っ張る。――だが、時は既に遅かった。
数十の禍々しい闇の魔力が、すぐ側まで来ていたのである。
『増援か――! こちらの増援はまだか!』
『隊長、此処は1度退いた方が宜しいかと!』
『マリア――! 子供を連れてまず逃げろ!』
聖族の小隊長は念話でそう告げる。マリアは聖花とソフィアの方に向かおうと、背を向けた――その時だった。
「マリアー!!!」
マリアは灰燼となる。聖族の小隊長が叫ぶ。周りにいる聖族が治癒の魔法を行使するが、意味を成さない。
「無駄だ。オレの炎は貴様ら如きでは消せないからな」
「貴様ァー!!!」
冷静さを失った聖族の小隊長は、現れた公爵家の魔族に襲い掛かる。力の差は歴然だった。小隊の隊長が、公爵家の魔族に適うはずもなく。
「隊長!!!」
複数の聖族が叫ぶも、小隊長はマリア同様に炎に飲まれた――
聖花は手を引っ張り彼女の名前を叫ぶソフィアに反応出来なかった。泣きながら聖花を引っ張るソフィア。
心の底から、目の前の光景を否定したかった。聖花は、ヤダ――そう思った。
目の前で死を迎える生命を――受け入れられなかった。
「やめて――」
小さな声だった。え――? と反応するソフィア。
次の瞬間だった――
「やめてー!!!!!」
少女の身体から、凄まじい魔力が溢れ出したのである。煌びやかで――聖なる魔力だった。