初試合とお墓参り
三か月後。
『さあようやく開幕だッ! 全世界十億人のプロ異能リーグファンが待ち望んだこの瞬間ッ! 三か月の開催延期を経て、プロ異能の聖地、東京ドームに我々は戻ってきたッ!』
叫ぶ実況の声と、地響きのような歓声、足踏み。
「ねえ、ほんとーに……もう、大丈夫なの? こんな……リーグの試合とか、やってて大丈夫なの?」
試合用として特別に仕立ててもらった、紺碧色のセーラーワンピースに身を包み、新品ピカピカのウーバーバッグを背負い、自転車に跨がりながら、一絵は言った。入場用通路は薄暗く、ここまで来るともう僕ら以外には誰もいない。
「うーん、何を以て大丈夫とするか、だな」
僕はその横に立ち、彼女の心配そうな顔をみながら答える。
「……何を以て大丈夫とするの?」
一絵がこてり、首をかしげる。艶やかなツインテールが揺れて、選手入場口から差し込む場内の強烈な照明に照らされ、光る。
「さて……雨咲が捕まれば、まあ大丈夫とはされるだろうが……」
僕はあの日を思い出す……とは言っても、終わりの方は七割ぐらい意識が薄れかけてたから、後から聞いた話がほとんどだけど。
三か月前の、あの日。
背中に僕を背負った一絵が、時速数百キロで自転車から飛び出し、雨咲にロケットパンチを喰らわせ……意識を完全に失った僕を見て半狂乱になった一絵が、慌てて外に連絡に行き、警察や救急が現場に駆けつけ、見事、EQの首領である雨咲紫子は、逮捕されることとなった。なお、総理も無事に保護された。
そして二日後、雨咲は警察署内から姿を消した。
単純に脱獄したのか、警察内部に手引きした人間がいるのか、それともEQの大憲章のメンバーとやらが手伝ったのか……ひょっとしたら捕まった雨咲は幻覚か、誰かの変身で本人じゃなかった、みたいなことまで考えられる。
けど、たいていの人はもう、知ってしまった。
今回の事件はすべて、EQによる自作自演で、トッププロたちは雨咲の異能により洗脳され、操られてたんだって。今後同じような企みはもう、通用しないだろう。とはいえ……EQによって多くの人たちが、人権、ってものを考えるようになったのも、また事実だ。最近の報道じゃEQのような思想を持つモノの、非暴力を掲げる団体がいくつか出来て、千人単位で賛同者を増やしてるって話。まあいつまで非暴力を貫けるかが見物ではあるし……その団体がいつの間にか、EQに飲み込まれてたってことがないように願う……いや、案外もうそうだったりしてね。
最強の名をほしいままにしてた鬼丸さんが洗脳されてたのは、異能ファンにとってかなりショックで、実際、プロ異能リーグは選手たちの管理――時には一国の軍隊に等しいほどの力を持った人間が、市井に普通に暮らしてる――は、かなり問題になった。それによってプロ異能リーグは開幕延期。一時は存続さえ危ぶまれていたけど……あの総理がかなり裏で動いたらしく、そうはならなかった。まあ、プロ異能リーグは日本の主要産業と言っても過言じゃない。そこを止めてたら、たぶん、EQが暴れ回るよりも被害が出てしまう。反対意見は根強かったモノの、産業界、政界からの強烈な後押しで、年が変わったこの二月の半ば、こうして無事、開催されることとなった。
そして、今日が一絵の、公式戦デビュー。
「そうじゃなくて……きみのこと。太陽のこと」
「僕? 僕は……いや、だから大丈夫だって」
僕はあの時、あと数十分放置されてたら確実に死んでた、ぐらいの傷だったらしいけど異能バンザイ、医療系異能で無事完治。前より健康になったぐらいだ。
「…………私、今でも思ってるよ。雨咲さんたちの思ってたこと、別に、なんにも、間違ってなかった、って……」
「……おいおい、そんなの公には言うなよ、業界を干されちゃうぜ」
僕が言うと、彼女は眉を上げた。
「一番そう思ってるのは、太陽でしょ?」
まっすぐで、綺麗な瞳が僕を見つめる。
「……ま、だからって僕は、世界を変えようとかは、思わないよ」
少し考えながら言う。
「なんで?」
「なんでって……あのな……どっかになにか、絶対に正しいことがあって、今の状況がそれに反してる……そういうのは単なる妄想だよ。絶対唯一の神がいる、一万円札には価値がある、裏社会に異能ヒーローがいて悪と戦ってる……そういうのと変わんない、単なる作り話、妄想……つまりは、ウソなんだって。大体、世界は変わってくもんだろうけど、世界を変えようとして変えたヤツなんて、歴史上にいるのかね?」
「なんかこー……大王、的な人とか……?」
「現代社会で大王なんて生まれるもんか。世界が変わるにしても、それは……」
「それは……?」
君みたいな人たちが、毎日暮らしてく中で、少しずつ、一歩ずつ、変えていくもんだろ……なんて言おうとして僕は、その結論の凡庸さに死にたいぐらい恥ずかしくなって、口をつぐんだ。
「ま、僕らみたいな十代にそんなのわかったら、誰も苦労しないわな」
「あは、そうかも」
『待ちに待った開幕戦ッッ! となれば当然ッッ! 口火を切るのはこのチームッッッ!』
実況の声にますます熱が入り、観客の歓声もさらに大きくなる。今日は満員、およそ十二万人がドームに押し寄せてるらしい。
僕は少し、ため息をついてから言った。
「なあ……この試合終わったら、僕、一日休んでいいかな?」
「いいけど……あ、やめてよ、なんか自分でイコライザーの残党を潰しに行くとか。私もやるからね」
「違うよ、それはまあ、おいおいでいいだろ、もう誰も賛同しないだろうし……そうじゃなくて……ちょっと、行きたいところがあるんだよ」
「とか行って……行き先は連中のアジトだ、とかでしょ、君のことだから、絶対」
一絵が訝しげな顔をするけど……。
僕は、自分の顔が赤くなってくるのを感じつつ言う。
「だから違うって、だから……その……墓参り、だよ、両親の」
きょとん、って音が聞こえそうなほどの顔をした一絵が、数秒、数十秒、僕の顔を見た後…………優しく、笑った。
「……わかった。素敵な女の子と一緒に暮らしてます、って報告してきてね」
「ちぇ、なんだってんだ」
「あはは、顔真っ赤~」
「なってねえよ」
「あははは、わっかりやっすー」
「なんだよ、くそ、うるせえ、じゃあもう行かねえ」
「いいから行ってきなよ、そうしないと、色々おさまりつかないでしょ」
「ったく……試合前だってのに……」
「ふふ、予習も練習も散々したし、試合中は君の声が聞ける。負ける要素ある?」
「ノンキなヤツだホント……相手はリーグで三百戦以上闘ってるプロ中のプロだぞ、オッズがスゲーことになってるの見たろ」
「私なんかウーバーで三万件配達しましたが?」
「はぁ……ま……なるようになるか……さ、入場だ、行こう」
「うん!」
満面の笑みで答える彼女を見て、僕は右手を上げた。気づいた彼女は少し意外そうな顔をして、けどやっぱり笑って、それに応えてくれる。
ぱぁんっ。
力強く、ハイファイブ。
そして僕は言った。
「ぶっ飛ばそーぜ、スーパーヒーロー!」
「りょーかいっっっ!」
〈了〉
※※※※
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