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07-02 貧乏と貧乏

「まったく申し訳ない、その、ああした方が喜ばれるかと思いまして……失礼しました……」


 と、あらためてちゃぶ台の前に座った窪さんは、まだ少し、土下座でこすりつけすぎて赤くなってる額を晒したまま言った。


「…………よ、喜ぶ?」


 一絵さんが、まったく理解不能、という顔で呟く。

 だが……僕はまあ、なんとなくわかってしまう。


 黒尽くめのスーツの男が、閉めてるはずのドアを普通に開け、訳知り顔で意味深なことを言い、自分をスカウトしにくる……なんて、中二心をこれ以上なくくすぐられるやり口だ。とはいえ初対面の相手にそれをやる窪さんはちょっとどうかしてる、と言わざるを得ないけど……。


 窪さんの頭がどうかしてるのは、彼が浮遊してる以上に、異能ファンにとって常識だ。




 窪八十八(くぼやそはち)


 異能大戦の最中。

 今じゃ考えられないほど強力な、人をゾンビ化する異能を持った、頭のイカれたヤツがいた。それによってほぼ、ゾンビアポカリプスものの世界になってしまった新宿近辺でのこと。


 窪さんは当時まったく異能がなかったにも関わらず、勤め先、高田馬場にある日本一大きなカードゲームショップにゾンビを倒しながら普通に出勤し、押し寄せてくるゾンビとカードゲームオタクを培った鑑定眼で見分け、カードを売り、買い取り、そして人口の八割がゾンビとなった街の中、大会を開き満員御礼に盛り上げ、あまつさえ、大戦でもう新弾が出なくなってしまったそのカードゲームの、続きを勝手に作って販売。そこでようやく七種異能(セブンス)に目覚めたらしい。

 そして異能大戦が終わり、iリーグ発足と同時にプロ異能選手となった、世界一のカードゲームオタクにして、リーグ唯一の選手権監督……兼、スポンサー。

 なおそのカードゲームは今や、窪さんが立ち上げた会社が権利関係を買い受け無事存続してて、今も世界一のカードゲームのまま。僕は小学生の頃からずっとハマってて……でもカード資産は家に置いてきちゃって、心に穴が開いたような気分のままだけど……窪さん……いや、カードゲーム雑誌の連載の時の名前で言うと、地雷野郎ハチに会えてその穴も少し、塞がった気がする。




「それで、窪さん……一絵さんの……自転車セーラーウーバー姉貴の、スカウトにいらっしゃったってことで、いいんですか?」


 僕は話をそらしつつ尋ねる。窪さんは一気に相好を崩し、サングラスをとった。顔の作りはまったく、冴えない小太り中年男性そのもの……なんだけど目がつぶらで、きらきらしてて、どこかユーモラスで、剣呑な態度ではいられない感じの顔立ち。それを見て少し、一絵さんも二胡さんも警戒態勢を緩めるのがわかった。


「……その通り、では、あるんですが……」


 窪さんは、ちゃぶ台を挟んでこちら側の、僕と一絵さんを交互に眺めた。


「失礼、あなたのお名前は?」

「僕、ですか? 青葉……太陽、ですが……」

「青葉様。あなたも一緒に、スカウトしようと思っています」

「…………はい?」


 まったく予想外のことを言われ、僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「ぼ……僕は、ただの……異能、ないですよ、無能です……闘いなんて、できないですよ……」


 とりあえず、まだ、僕の詳しい事情を明かすわけにはいかない。窪さんはまったく信頼していいと思うけど……プロ異能の中のどこに、EQの関係者がいるかはわかったものじゃない。


「選手として、ではなく……広報スタッフとして、です。青葉様」

「は、はあ……? 広報関係……?」

「お恥ずかしい話、荒川KBKsは常に人材不足でして、幸いにして熱心なファンの方々に応援していただいておりますが、やはりどうしても、他のチームに比べると見劣りしてしまう。青葉様にはそこを埋めていただきたい。この一週間のSNSでの盛り上げ方、お見事でした」

「え、や、それ、は……」


 思わずうろたえてしまう、が……。

 僕がやってたようなネットの話題コントロールは、分かる人が見れば、裏に誰かいるな、ってのはわかるやり方だ。仕事でそういうことをしなきゃならない人から見たら、一発なんだろう。


「それで、いかがでしょう一絵様。青葉様とご一緒に、是非ウチに、荒川KBKsに来」

「はいはいはいはい! 行きます行きます! 太陽くんも行くよね!?」


 ノータイム、高速で首を上下に振りながら一絵さんは言う。まったく、躊躇とかは彼女にないんだろうか? いや、そういう話はしてたけどさ。


「ちょ、ちょっとタイム、一絵さん、君、KBKs(カブキス)がどんなチームか、知らないだろ?」


 僕は思わず彼女を遮って言う。

 ……まあそりゃ、一絵さんの異能は表向き七種異能(セブンス)ってことになってるから、スカウトに来るとしてもKBKsだろうな、とは思ってたけど……ここら辺は彼女の気分を盛り下げるかと思って、話してなかったんだ。


「…………どんなチーム?」


 首をこてん、と傾ける。

 ……くそ、かわいい仕草をするんじゃない、イヤな話がしづらくなるだろ。


「……荒川(あらかわ)KBKs(カブキス)。五年前に一部に昇格。所属選手はすべて七種異能(セブンス)の、言っちゃえば……キワ……異色のチームだ」


 その選手兼監督を前に言うのはアレだけど……まあ、公式キャッチフレーズで「群れからはぐれ、群れを討つ」なんて言ってるチームだしいいだろう。


「最大の特徴は……」


 とはいえ、ここを言うのはさすがにはばかられて思わず、窪さんを見てしまう。が、彼は鷹揚に頷き、どうぞ、とばかりに手を差し向けてくる。ええい、くそ、なら言っちゃうぞ。


「……クソ貧乏。スポンサーは地元の鉄工所とか、商店街の中の薬局とか、食堂とか、そんなばっかなんだ。他の一部のチームと比べると、年棒も契約金も、文字通り桁が違う」


 弱い、ってことは決してないんだけど……これにはiリーグなりの事情が関係してる。


 ムカシのプロスポーツファンは地元のチームを応援したそうだけど、現代のプロ異能ファンは、自分と似たような異能を持つ選手がいるチームを応援するのがデフォルトだ。そもそも七種異能(セブンス)は、だいたい十万人に一人と言われているから、絶対数がまず少ない。だから、そんなファンの少ないチームをスポンサーしようという企業ももちろん、あまりいないのだ。窪さんの会社だって、そりゃ、カードゲーム会社にしては大きな会社だけど……それでも他のチームのような、世界一位の車会社、OS会社ってわけじゃない。そういうわけで所属する選手も……そりゃ、一般人のボーナスや月給よりは稼いでるだろうけど……。


「へー、おいくら?」

「窪さん、おいくらなんです?」


 僕ら二人揃って彼を見つめると、にこり、笑って答える。


「契約金には五十万円。年棒は五百万を考えています」


 息を呑んで目を輝かせる一絵さん。

 一方僕は、ホントに桁が違うとは……と、別の意味で息を呑んでしまう。


「青葉様におっしゃっていただいたように……KBKsは裕福なチームでは」

「あー窪さん窪さん、あの、いいですよ、別に、そんな……最初の、普通の感じでも」

「……そう、ですか?」


 まだむすっとした顔の二胡さんを見るものの……彼女がこくりと頷くと、一気に正座を崩す窪さん。まだ微妙に宙に浮いたままだけど、胡座をかく。


「ま、よーするに、だ」


 口調もがらりと変わる。


「ウチは貧乏だが、いつまでも貧乏でいる気はねえさ。そのためにはまず、金の稼げる選手。んでもって、それをアピールできる人材……だが、見たところ、太陽はたぶん、嬢ちゃんのトレーニングもしてるな? ありゃいい技名だったぜ」


 プロが見るとそんなことまでわかるのか、と思いつつ首を縦に振ると、窪さんは頷いた。


「ってんなら、嬢ちゃんのマネージャー兼コーチ兼ってことで、さらにもうちょい出せる」

「え、でも、KBKsのトレーナーの方とかが、いるんじゃ……?」

七種異能(セブンス)ってのは人に教えようがねえんだよ。オレらはまさしく、異能社会の異分子だからな。現状、嬢ちゃんのコーチを太陽ができてんなら他のヤツを雇うまでもねえ、ネーミングもいい」


 ……雇う金がないだけでは? と思うも、まあ頷けはする。


「二人一緒に来てくれんなら、嬢ちゃんの契約金六十万、年棒は六百万。坊主の方は新卒扱い……月二十一万に社保と年金に住宅手当完備、交通費も、三か月経ったら有給も……まあそこら辺はウチの公式サイトで確認してくれ。とりあえず……どうだい?」

「はいはいはいはーーーーい! 行きます! 行く行く! 行くに決まってます! なんですかそれ私の年収の倍!」


 またしても即答する一絵さんを少し手で制し、僕は尋ねる。


「ちょっと待ってください、じゃあ……少し、試験をしませんか?」

「……試験?」


 窪さんが、おもしれえこと言いやがる、みたいに眉を上げた。

 一方、一絵さんは試験と聞き、思い切り眉と唇をひん曲げた。

一日三回更新、07:10、12:20、19:30。

いいね、していただけるだけで、震えます。ポイント、入るだけでトベます。感想、どんなものでも飛び上がって踊れます。好きなイゼット団員、好きなラルザレックのシーン、好きなニブ=ミゼット様のカード、好きなイゼットのフレイバーテキスト、なんでも気軽にぜひぜひよろしくお願いします!

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