01-01 梅たくあんと鮭たらこ
午前五時、半。
居候の朝は早い。
携帯端末のバイブだけで目を覚まし、布団を並べ横で寝てる二人を起こさないよう、そっと起き上がる。床をなるべくきしませないよう、コントの泥棒みたいな抜き足差し足忍び足で、キッチンで顔を洗う。天気予報を確認したら、ゆっくり冷蔵庫を開け……。
中をぼんやり眺めながら、まだ半分寝てる頭の中、朝食の献立と、一絵さん用のおにぎりの具をまとめる……うーん、適当でいいや。いつ家を出てもいいように、と磨いていた自炊スキルが、まさかこんなところで役立つなんて、人生なにがあるかわからないもんだ。
ウィンナーの醤油炒めに、キャベツの千切り、それから目玉焼きで、後はご飯をよそって、味噌汁はインスタント……まあ卵を喰ってれば栄養学的なやつもきっと大丈夫だろ……と、朝食を人数分用意していると……。
「んぁ……むぅ……にゃぁ……よー」
まだ波線みたいな目をしてる一絵さんが、ところどころ穴の開いた寝間着代わりのジャージで布団から抜け出してくる。
「おはよ。今日は昼間が雨だってよ」
「……ぇー……めんどー……」
朝は弱いらしい一絵さんは、ふらふら、僕の横で顔を洗う。そうしてると大体そこら辺で、妹さんも起きてくる。一絵さんの四つ下、十二歳、神楽二胡さん。
「あ……っ……お……おはよう、ございます」
まだ、僕の姿を見ると少し、びくっ、とする。僕はなるべく朗らかに……それでも、好かれようとムリしてると思われないよう、挨拶を返す。
「あー……二胡ー……顔洗ったら、お布団、あげてー……」
「はーい」
あの日、目を三角にして起こっていた姿はどこへやら、素直に返事をすると、ちょこまか、小さな体でうんしょ、うんしょと、布団を押し入れに片付け、ちゃぶ台と座布団を並べてく。
「ねーねー……今日のおにぎりはー……?」
「梅たくあんと鮭たらこ」
「……ごうか~……」
どうやら一絵さんは、具材が沢山であればあるほど、お金がかかっていて豪華、という認識らしい。どっちもおにぎり一個あたりの原価はたぶん、三十円ぐらいだけど。
「ほい、これ、もってって」
体をへにょへにょ、海藻みたいに揺らしながら、できあがった朝食をお盆でちゃぶ台まで運ぶ一絵さん。二胡さんも手伝ってくれて、八畳一間のボロアパート、小さなちゃぶ台に、つましいながらも暖かな食卓、みたいな光景があらわれた。
「じゃあ、いただきま~す……」
「いただきます」
「はいどーぞ、いただきます」
一絵さんはどこか嬉しそうに、二胡さんはどこか忌々しそうに、けどしっかり言うと、僕らは朝食を始める。
「あ~……ご飯作ってもらうって、こんな、いいの~……?」
波線みたいな目がうにうに動いて、もぐもぐ、ウィンナーを頬張り、わしゃわしゃ、ご飯をかきこむ。一日百キロ近く自転車で走るって彼女は、むちゃくちゃ喰う。お米を五合炊いても二日と保たないので冷凍するヒマもない。それでいてこんなにスタイルがいいんだから、やっぱり、ダイエットしたいなら運動する以外に道はないんだろう。にしても、自分が作ったご飯を誰かが嬉しそうに食べている、っていうのは、なんだか今までに味わったことのない感覚で、どうにもむずむずする。
「ね、二胡……おいしいね~……」
「…………うん」
二胡さんもどこか悔しそうな顔をしながらも、ぱくぱく。聞いたところによると、ご飯は今まで一絵さんが作ってたらしいけど……毎回毎回いいこと思いついた! と、味噌汁に味噌で焼いたベーコンを入れたり、卵焼きの具に醤油に漬けた乾燥わかめを混ぜたり、三回に二回は、まあ食えないこともないが……的な出来だったらしい。
「毎回毎回……よく食べるね、一絵さんは……」
「えへへ~……よく使うので~……」
丼が空になったのを見て、おかわりをよそってあげるとますます、波線みたいな目がうにうに動いて幸せそうな顔になった。ほっぺにご飯粒がついてるのと、口の端にキャベツの切れっ端がぶら下がってるのと合わせると、まあマンガみたいにバカっぽいけど……そんな彼女の顔を見るのはなんだか、妙に、悪くなかった。
早いものでもう一週間、こんな朝を繰り返している。
今まで過ごしてきた朝と比べても、最高の部類だと思う。全員ガキで、いるのは家賃五万二千円の貧乏アパートで、食卓に並んでいるのは一人一食百円ぐらいのものだけど……憎くてたまらない両親が、異能で稼いだ金で買ってきたヤツを並べただけの食卓なんかより、ずっと。みんなで朝食を食べて、並んで歯磨きして、そしたら仕事に行く一絵さんのお見送り。
そして、僕は思う。
いやなんでこんなことになってんだ!?
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一日三回更新、07:10、12:20、19:30。
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