ヨウとイト!
ここは、図書館の中。
物静かすぎるクルミは、カウンターで職員として働くことになったらしい。
病院から解放されて、体がなぜか再生したアキラも、図書館で働いてるよ!
山で降霊された、人探しの上手いアワなんかも、図書館司書としてやっているみたいだ。 ……人多いわね、この小説。 (小春)
視点は飛んで、今度はアワのほうを見てみよう。
人探しの上手いアワは、別の部屋へと来ていた。 図書館の、書庫という場所だ。
この図書館の書庫とは、公的な記録を保存する部屋だ。 街の住民の名前や住所などの個人情報や、議会の内容など……。 そういった街の重要な書類を、保存するところである。
「あーあ。 ……まだ結構あるなあ」
アワは書庫の入り口の前で立ち止まると、ため息をついて部屋の中を眺める。
部屋の中には、あちこちに書類が大量に積まれていた。 この図書館は出来て間もないから、書類の整理が終わってないのだ。
うんざりした表情を浮かべて立ち止まっていたアワだが、気持ちを切り替えて顔を引き締めていった。 面倒くさがっててもしょうがない、よし、やるよっ!! そんな感じで腕まくりをして、足を踏み鳴らして書庫の中へと入っていく。
部屋の中には棚が並んでいて、その周りの床には書類が山積みになっていた。 これらを情報の種類によって区分けしたり、あいうえお順に並べたりしていくのだ。
一つの棚の前に来て、作業をし始めてすぐに、入り口のほうに人の気配がした。 見ると、大陸出身のヨウだ。 入り口のところに立って、部屋の中を覗いてきている。
「あ、ヨウさん」
「こんにちはー。 今回の議会の議事録、まとめたよ」
そういってヨウは、手に持った書類を掲げてみせる。 この図書館に来たのは、新しい石ころの補充だけでなく、街の重要な書類を持ってくる用事もあったらしい。
「あぁ、ありがとうございます」
書類の整理を進めながら、アワは返事をする。
聞いた話では、ヨウは公的な場所で働き始めたらしい。 50年前にも、街の重要な決定にかかわったこともあるらしく、そんな経験を生かしているようだ。 あのやかましい議会に出席して、議事録をまとめる役割などもやってるんだろう。
ヨウは持っていた議事録をその辺に置くと、部屋の中をブラブラと歩き始めた。 暇つぶしでもしているんだろうが、相変わらず古代の街のセキュリティーは適当だ。 棚の間を歩いて物色していき、その辺の書類を手に取って開いたりしている。
「……お、これ、最近のじゃん」
とか呟きながら、どう見ても古そうな茶色に変色した紙をパラパラとめくっている。 たぶん、50年前の書類なんだろう。
ヨウも最近降霊されたばかりだから、1カ月ぐらい前には50年前の街の中を歩き回っていたんだろう。 そんなに簡単には、頭は切り替わらないのかもしれない。
書庫の入り口には、さらに別の人影が見えた。 こちらは見慣れた姿だ。 ポーチのようなお洒落なカバンを肩にかけたイトが、入り口に立っていた。 ちょっと未来を感じさせるような恰好で、新鮮だ。
イトはふだん酒の研究をしているが、その研究結果を本としてまとめて図書館に持ってきているのだ。 自分の研究がそのまま図書館の蔵書になる……というのは、認められたようで気持ちいいものかもしれない。
入り口から部屋の中を覗き込んで、イトは挨拶をしていく。
「こんにちはー……。 あ、アワさん」
「イトちゃん、こんにちは。 また、お酒の研究?」
作業をしていたアワは、手を止めずに答える。
「はい。 頼んでいいですか?」
「いいよ、そこに置いといて」
そういって指されたのは、入り口近くの台だった。 さっきヨウが議事録を置いていったのと同じところだ。 イトは頷くと、持っていた紙束を、議事録に重ねるようにして置いていった。
ふと気づくと、入り口の近くにはヨウが来ていた。 部屋の物色は終わったようで、ゆったりと歩いてくる。
ヨウは、普段から余裕がある雰囲気をまとっている。 頭がいいようだが、それだけでなく……色々なことを経験してきたような余裕を感じさせる。 でも性格は割と軽い感じらしい。 軽いノリの、別の地方出身のススキと気が合うのもそういうことだろうか。
他の人たちと一緒に大陸を横断して、この島にやって来て……。 その前にどんなことをしていたかは、多くの人が知らないようだ。
「ヨウさん」
「あぁ、イト」
入り口の近くで、2人は挨拶を交わしていく。 ヨウは挨拶を返しながら、ゆっくりとすれ違っていった。
すれ違いぎわに、イトは何かをじっと考えるような顔をした。 俯いて、深刻な表情を浮かべている。 何か大事なことを話したいけど、話そうか迷っているような様子だ。
やがて振り返って、去っていくヨウの後姿を見定めると、イトは呼び止めるように話しだした。
「ねえ、私たちの社会がいつか崩れるって、本当ですか?」
社会が崩れる……いきなり何の話だろう。 ヨウが書いたという、『破滅的な未来』の論文のことだろうか。
突然の話に、ヨウは入口を出たところで振り返った。 唐突にそんな話題を投げかけられて、驚いているようだ。 一瞬きょとんとした顔を浮かべたが、ヨウは軽い調子で答えた。
「……あぁ、その話?」
「ヨウさんが書いたこの街の予測、読みました」
イトは静かに、話し始める。
『破滅的な未来』の論文には、社会の問題点がいくつも指摘されていた。 一般社会としての問題と、この街特有の問題を一つ一つ挙げていき、なぜそれが問題なのかを、丁寧に細かく書いていた。
ヨウは大陸でたくさん勉強したらしいから、知識の裏打ちもあるのだろう。
しかし、そこには問題を回避する方法は一つも書かれていなかった。 どの問題についても、何をどうすればいいのかの具体的な案が一切書かれていなかったのだ。
入り口を出たところで立ち止まっていたヨウは、軽い調子で答えた。
「ふーん。 そう」
「でも、分かりません。 じゃあなんで、それをどうすれば回避できるか、書いてないんですか」
そういって、イトは静かに話し続ける。 イトの口調は静かだし、普段通り落ち着いて話しているが、怒っているようにも見える。
イトの性格は、あまり分からない。
普段は喋らず黙っていることが多いが、頭の中では色々なことを考えているのは分かる。 本人も自覚しているように、少し視野が狭いのかもしれない。
しかし物事にどんな姿勢を持ったり、どんな風に感じるのかなどの性格的な部分に関しては、分からないことが多い。
ヨウは体を正面に向けていった。 ヨウもイトの様子が少しおかしいと感じているようで、眉をひそめている。 しかし、社交的に場の雰囲気を壊したくないと思ったのか、変わらず軽い調子で答えた。
「うーん、でもまあ、しょうがないことじゃないの?」
「しょうがないって、何がですか」
「……。 だから……」
普段通りに軽い調子で答えようとするヨウに対して、イトは逆に真剣さを増しているように見える。 2人の話の間には、温度差があるようだ。
まっすぐ睨むように目を向けたまま、イトは言った。
「私には、ヨウさんがただ諦めているようにしか見えません」
その言葉を聞いて、ヨウは動きを止めた。 身動き一つせず、じっとイトの目を見て押し黙る。 真剣な話だと、ようやく気づいたようだ。
2人が話す向こうでは、部屋の中で、アワが書類の整理を続けていた。 2人の話が聞こえたのか、ちらっと入り口のほうを見るが、また作業に戻って黙って手元を見て作業をしていく。
ヨウはイトを見据えると、真面目な話だと分かったというように頷いて、話し始めた。
「……でも、どれも難しい問題なんだ。 どうやっても、回避できないんだよ」
真面目に話し始めたヨウの口調は、ひどく重いものに感じられた。 眉間にしわを寄せて、多くのことを考えながら話しているみたいに見える。
ヨウは『破滅的な未来』の論文を書くにあたって、社会のつくりや、人の動きなど、あらゆることを考えたのだろう。 回避するための案を書かなかったのは、『回避できない』という結論に達したからなのかもしれない。
しかしそれはイトも分かっているらしい、突然訴えるように、イトは大声を上げた。
「でも、だからって言って何もしなかったら、もっとひどくなるじゃないですか!」
近くを通りがかったアキラが、不思議そうな顔をして2人を見ながら通り過ぎていく。 図書館で大声を上げられて、びっくりしているようだ。 しかし真面目な雰囲気を察したのか、何も言わずに立ち去っていく。
2人には、周りの様子は見えていないみたいだった。 入り口を隔てて向かい合い、お互いの顔を見つめている。
イトの真剣な表情を見ながら、ヨウは考えた。
……イトの言うことは、俺にも分かる。
でも社会は大きくて、個人が出来ることなどたかが知れている。 多くの人の行動が積み重なって、個人では到底処理できないような大きなうねりを作り出す。
それに、世界はこの街だけではない。 外にも、たくさんの国があるのだ。 こんな街よりはるかに大きな国があって、その国同士が大きな力を衝突しあっていて……。 小さな村は蹴散らされ、力を持たないものは逃げるだけだ。 そんな中で自分が出来ることなど、たかが知れている。
ヨウは一呼吸おいて、言った。
「……でも、イト。 すべては、調和が成り立ってるんだ」
「調和って、なんですか」
イトは呼吸も置かずに聞き返す。 一方でヨウは、落ち着いた口調のまま続けた。
「あらゆるものには、意味があるんだ。 楽しいことがあれば、苦しいこともある。 好きなものがあれば、嫌いなものもある。 社会だって、そうだ。 発展があれば、崩壊もある。 ……でも、それらをすべて含めて、ひとつなんだ」
ヨウは、自分の信じているものを心から語っているように見えた。
新しく発展していくことがあれば、古くなって衰退することもある。 楽しく安定した生活があれば、崩壊していく社会の中で苦しむこともある。 そういうことだろうか。 目をそむけたくなることだが、それは至極、当然のことなのかもしれない。
しかしイトは納得していないようだ、すぐさま切り返すように言う。
「だから、何ですか。 だから、崩れていくのをただ見ているだけで、いいってことですか」
2人の会話を聞きつけて、今度はナツミの友達の千代まで来ていた。 アキラと一緒にやって来て、2人の会話の様子を興味深そうに見つめている。 しかし真面目な話だと分かったのか、またもやすぐに引っ込んでいく。
イトとヨウの睨みあいは、さらに激しくなっていた。 一歩も引かず、互いに自分の考えを引っ込めるつもりはないらしい。
納得しないイトを見て、ヨウは仕方ないと言ったように一息つくと、別の話を始めた。
「知ってるか? 今回、降霊が乱れた時、実は赤ちゃんも何人か降霊されたんだ」
今回の混乱で、街には新しい人がたくさん増えた。 千代やヨウも含めてこの街にやって来て、新たに住民として加わることになった。 新鮮な空気が入ってきて、さらに勢いを増していったわけだが、その裏では実は赤ちゃんが降霊されていたのだ。
夜の歴史所で、街の長が、公的な仕事の人と深刻そうに話をしていたことがあった。
霊気の確認が終わったかなど普通のことを話すと同時に、『降霊された8人を元に戻した』などと言って、重大なことも話しているようだった。
それは、『赤ちゃんが8人降霊されたが、降霊を解除して死者の国に戻した』という意味だったのだ。
そんな話は、表には出ていない。 しかしイトは知っていたようだ、ヨウを見つめたまま動じずに答える。
「……それは、知ってます」
「でも僕らは、彼らを死者の世界に戻した。 殺したってことだ」
ヨウは静かに言った。 一歩一歩確実に歩いているような話し方で、事実に真正面から向き合っている感じだ。
「50年前にも、こういうことがあった。 ヤミコが降ろした霊の中に、赤ちゃんがいたんだ。 無理だという人もいたけど、僕らは希望をもってその子を育てようとした。 ……けど、無理だった」
ヨウはそういって、少し顔を覆っていった。 当時を思い出しているんだろうか、苦しそうな表情を浮かべている。
触れない赤ちゃんなど、育てられない。 抱っこしてあやすこともできず、お腹を満たしてやることもできないのだから。
「この世界には、受け入れなければならないものがある。 どんなに嫌いなことでも、苦しいことでも……それらをすべて含めて、世界は成り立っているんだ」
苦しい顔で話し続けながら、ヨウは考える。
……今回赤ちゃんが降霊されたのも、50年前にヤミコが降ろしたのも……もしかしたら、世界の調和を保つためなのかもしれない。
人が降霊術を行う以上は、降霊される人には偏りが出来る。
犯罪者を降霊しないと決めているのが、その証だ。 我々がどれだけ戒めようとしたとしても、人が勝手に決めた印象によって、偏りは必ずできてしまう。
聞けば今回降霊された人たちは、同じ時代を生きた人たちにとって印象の良くなかった人が多かったらしい。 おそらくこの街は、既に本来あるべき自然の姿とは程遠いだろう。
印象の良い人は街に招かれ、印象の悪い人は招かれない……。 果たしてそんなことを、人がやっていいものだろうか?
赤ちゃんにしても同じことだ。 育てられないからと言って切り捨ててきたが、果たしてそれが本当に正しいことなのか?
この動きは、世界が調和のとれた形へと戻ろうとする、自然な反動なんじゃないか……。
新しく生まれるものがあれば、古くなって消え去るものもある。 ずっと栄え続けるものなど、世界は求めていない。
今はまだ栄えているが、いずれこの街だって消え去る。 人がいなくなり、建物は崩れ落ちて、土と塵だけが舞う場所になって……。
しかし、それでいいだろう。 そうやって時代は移り変わっていく。 それを受け入れて、俺たちは新しい時代を前に進んでいけるんだ……。
「違うんです! 私が言いたいのは、そういうことじゃないの!」
突然、激しい声が耳の奥に響いてきた。 我に返って顔を上げると、前に立っているイトの表情が目に飛び込んできた。 イトも苦しそうな顔をしていて、普段は冷静な顔を苦痛に歪ませている。
「そんなことは、私にも分かっています。 この場所がいずれ消え去ることだって、そしてそれが、大きな流れだってことも。 ……だけど、そうじゃないんです。 私が聞きたいのは、ヨウさんの意志です!!」
「……俺の意志?」
ヨウは疲れたように、弱々しく聞き返す。 意志だと? ……そんなものを持って、この大きな世界の中で何になるというんだ?
しかしイトは全てを蹴り飛ばすがごとく、激しい剣幕で続けた。
「そうです! ヨウさんは、どうしたいんですか。 私は、それが知りたいだけなんですっ!」
「俺だって、ここが好きだ!」
「なら、それを行動に移してくださいよ!!!」
イトが大声で叫んだ。 ひりつくような声が響き渡る。
どれだけ達成できるかは関係ない。 どれだけ正しいのかも分からない。
しかし、自分が信じたことを、ただ行動に移す……。 そう言っているんだろうか。
いつもの静かな表情は完全に消え、イトは鼻息を荒くしていた。 心の奥で思っていたことをぶちまけた感じだ。 イトがこれだけ感情をあらわにして自分の気持ちを表現するのは珍しい。
息も吐き切らずに、イトは最後の言葉をまとめた。
「だって、それだけでしょう。 人が出来るのは、自分の気持ちに従って動くだけだと、私は思います。 ……やっぱり私には、ヨウさんが諦めているようにしか見えません」
睨むようにもう一度見つめると、イトはその場を離れていった。 考えるようにうつむき、身動き一つしないヨウの横を通り過ぎ、図書館の中へと戻っていく。




