憶え屋づくりっ!
憶え屋は、街の中の一角にあった。 小さな小屋のようなものが建築されていて、生身の男たちが、木の板を抱えて作業している。
店の前には、歌子がいた。 目の前には看板のようなものがあり、そこに文字を書きこんでいっている。 筆を大きく動かして、店の名前を漢字で書いているようだ。
歌子は、歴史所につとめていることもあって、漢字にすごく詳しい。 看板の文字を書くのを任されたのは、そういうわけだろう。
真剣に文字を書いていた歌子は、ふうと一息ついていると、店に近づいてくる人たちに気づいた。 ユメだ、仕事仲間を連れて、憶え屋に帰ってきたみたいだ。 道を歩いて、こっちに向かってくる。
「ん? ……あ、ユメ!」
「歌子」
ユメは名前を呼んで、挨拶を返してきた。 歌子は、看板の前から立ち上がって離れていき、一緒に店の中へ入っていく。
憶え屋の中は、まだ建物が完成しておらず、壁のあちこちに隙間が空いていた。 小屋の中には、真ん中に、一つだけ机がある。 物はこれから増えるのだろうが、他にはまだ何も用意してないみたいだ。
未完成の店に入っていきながら、歌子は気になっていたことを聞く。
「ねえ、憶え屋って、どういう仕組みなの?」
ユメがこれから作ろうとしているのは、メモ書きを代わりにやってくれるっていうサービスらしい。
この店に来た人が、メモしてほしいことを話す。 憶え屋の職員が、代わりにそれをメモする。 今度その客がまた来た時に、前回話したメモの内容を読みたいと言ったら、そのメモを出してきて、代わりに読み上げる。 そんな感じらしい。
今朝、臨時出勤で、あまりにも忙しい私に、ユメが長々と職場の中で話してくれたから、それは分かった。
でも、疑問が残る……そのサービスを使うのって、どういう人たちなんだろう? ユメは幽霊で、紙がさわれないから、こういうサービスを作った……。 なら、同じように、幽霊の人しか使わないのかな? 生身の人は、関係ないんだろうか。
そう思いながら、歌子は聞く。
「どういう人が、憶え屋を使うのかなって思って。 生身の人は、使わないよね?」
「いや、生身の人でも、文字書けない人いるじゃん」
文字がこの街で使われ始めたのは、社会が本格的に発達し始めた、50年前のことだ。 50年なんて、この街では短すぎる。 1000年前に死んだ人も、その辺を歩いているぐらいだ。 ほとんどの人は文字なんて、あまり知らない。
歌子は気づいたように声を上げた。
「あ、そっか」
「だから、誰でもいいよ。 生身の人でも、霊の人でも……そういうのは、関係ないと思う」
2人は、小屋の中央に置かれてあった、机のそばに来た。
机の上には、一冊のノートのようなものが置かれていた。 歌子がふだん使っている、なぞや都市伝説をたっぷり書き溜めた、記録帳だ。
それをぼんやりと眺めながら、歌子は考える。
ふんふん、なるほど……。 ここの職員の人が、代わりにメモしてくれて、そのメモはここに置いておく。 そして、今度また来た時に、保存しておいたメモを引っ張り出してきて、職員の人が代わりに読んでくれる……。
……あれ? 代わりに職員の人が書いたメモは、ここの憶え屋の中で保存しておくんだよね。 だったら、私が直接、メモをここに持ってきたとしたら、どうなるんだろう? 私は生身の体を持ってるから、自分で書いたメモを、直接持ってくることもできちゃう。 生身の私は、口頭でメモしてもらっても、自分で書いたものを持ってきても、結果はどうせここにメモが置かれるだけで、変わらない。 そんなことしても、別に意味はないのかな……?
なんとなく疑問を感じながら、歌子は、机の上の記録帳を、手に持っていく。
「……じゃあ、例えばだけどさ、これ、私たちの活動記録だけど……これを、預けるとかって、意味ある?」
メモを書くのを、憶え屋に頼むのではなく、すでにメモされたものを、預ける……。 憶え屋は、『代わりにメモをしてくれるサービス』なんだから、そんなことをしても、まったく意味はないように見える。
「最終的には、ここに紙か何かの記録が、たまっていくんだよね。 ……だったら、これを直接、ここに置いておいたら……何か起こる?」
自分でもよく分からない中で、歌子は聞く。 ユメは少し考えていたが、気づいたように話しだした。
「……あ、例えば、後から別の人がここに来て、内容を追加するとか?」
……え? 私の記録帳に、別の人が、後から内容を追加する?
考えを巡らす歌子の前で、ユメは説明を続ける。
「例えば、小春は文字が読めないじゃん」
「うん」
「小春がここに来て、何かこの記録帳に書き込みたいって言ったら……」
……私がここに持ってきた記録帳に、私じゃなくて、小春が書き込む? そんなことを、していいの?
「あっ! そういうことも、出来るの?」
「うん」
えーっと、なら? ……私が預けたこの記録帳に、私じゃなくて小春の言ったことを、憶え屋の職員の人が書き込んでいくことになる。
……あれ? 私の記録帳なのに、実質、小春が使ってるってことになる……? でも、小春は幽霊だから、紙がさわれなくて、今までは記録帳を使うことが出来なかった……。
「あっ! そっか」
歌子が、閃いたように声を上げた。 ……そうだ、代わりに憶え屋の職員が書き込んでくれるんだから、実質、わたし以外の誰だって、記録帳を使えるようになるってことだ! 幽霊だろうが、文字が読めなかろうが、関係なく!
ユメは頷いて、説明を続ける。
「うん。 ここで働く人が代わりに書き込んで、今度また来た時に、前の内容を読みたいっていったら……」
「……憶え屋の人が、代わりに読んでくれるってことね!」
「うん。 だから、今まではほとんど歌子しか記録帳を使えなかったけどが、誰でも読めて書き込める記録帳……に変わるってことじゃない?」
そうか、そういうことなんだ!
私たちの活動を一番楽しんでいる、よくしゃべって暴走気味の雨子すらも、幽霊だからという理由だけで、今まではこの記録帳を使えなかったんだ。 だけど憶え屋を使えば、ほんとうに誰でも、この記録帳を使えるようになる。
つまりこれは、幽霊の人が、文字を書けるようになったってことだ! ユメ、あなた、やるじゃないっ!
歌子はなぜだか、自分のことでもないのに嬉しくなり、ウキウキとし始めた。 目の前の記録帳を持ち上げて言う。
「あ! じゃあ、これ、さっそく、預けてもらっていい?」
「うん、いいよ」
ユメは頷く。 歌子は楽しそうに、その場を見回した。
「へー! あ、紙は? ……紙で、記録するの?」
紙は、この街では、ちょっと貴重だ。 材料の木材なども貴重だし、作るのも面倒だ。
だから、歌子も普段は、『蝋板』というものを、使ったりしている。 蝋板とは、遠くの国……『マーロ』で使われているらしい、記録のための手帳だ。
開くと、蝋が塗られた面があって、ガリガリと文字を刻むことが出来るようになっているんだ。 蝋を塗りなおせば、もう一度使えるよ。
歌子は自分でも、家で紙を作ったりはする。 でも、あまりに書くことが多くて、普段のちょっとしたメモまで書いてたら、すぐに足りなくなってしまうのだ。
憶え屋では、どうするんだろう? 紙を使うのかな?
歌子はそう思っていると、ユメは答えた。
「うん、自分たちで作る。 店の裏で」
そういって、店の奥のほうへ歩いていき、裏口のところに来る。 歌子もついていくと、開いた裏口からは、外が見えていた。 少し場所が空いてるみたいだ、紙を作る作業ぐらいは、できそうだ。
「へー。 なるほど……」
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