家に帰ろうっ!
外に出ると、もう日は落ちて、景色は暗くなっていた。 街にはそれでも、たくさんの火の明かりがついていて、十分に明るい。 ちょっと多すぎるぐらい、あちこちに明かりがついている。
こんなに街が明るいのは、じつは、幽霊の人たちのためなんだ。 幽霊の人は、ものを通り抜けられるから、寝てたらうっかり地面をすり抜けて、地底の底まで沈んでしまうことなんかが、あるらしいの。
真っ暗にしちゃうと、そういうことが起きやすいんだって。 ……どうせ目をつむってたら真っ暗なんだから、あんまり変わらないような気がするけど。
私は生きてて、生身の体を持ってるからかな? そういう感覚は、よく分からない。
人間には、『五感』ってあるよね。 目で見る、耳で聞く、手でさわる、鼻でにおう、口で味わう……。
このうちの、目で見る、と耳で聞く、の2つしか、幽霊の人は持ってないの。 手でさわれないし、鼻でにおえないし、口で味わえない……。
だから、目が見えることは、幽霊の人たちにとって、すごく重要なことなんだ。 暗闇が怖くて、暗闇恐怖症になっちゃう人も、いるみたいなの。 ちょっと、怖いよね。
これから、私の家に行くよ。 私の家も、さっきの勉強会と、同じ建物なんだ。 木と藁を組み合わせて作ったものでね。
これは、この地方では古くから伝わる、家の作り方なの。 昔は、4人ぐらいの家族が、ちょうど住めるぐらいの大きさだったんだって。
今は、その2倍も3倍も大きくてね。 これがいくつも繋がって、空から見ると、数珠のような感じになってるの。
家が大きかったり、繋がってたり……ちょっと、変だよね。 その理由は、色々あって、昔の話にさかのぼるんだ。
昔は、人口の変動が、ものすごく激しかったらしくてね。 他の地方から、人がどんどん来るし、島の中でも、幽霊を次々に降霊していたんだって。
あるところに、家を作ったと思ったら、『人が増えたから、あんたの家、ちょっと貸してくんない?』みたいな。
そんなことになっちゃうから、数人で決まった家を作って住む、っていうことが、難しかったみたい。
幽霊は、家族がいない人が多いんだ。 生きている人なら、お母さんとか、お兄ちゃんとか、たいていは血のつながった人が、何人かはいるよね。
だけど、幽霊は、家族の中で一人だけぽつんと、降霊されるのが普通なの。 家族っていう、一緒の家で住むような人たちが、最初からいないんだ。
住むなら、一人で住むか、みんなと住むか……。 そんな感覚になる人が、多いみたい。
私の友達に聞いたところでは、街のみんなが家族、みたいな感じなんだって。
そういうわけで、こんな大きくてつながった家、っていうのがあるんだ。
他にも、岩で作られた家なんかもある。 そっちは、アパートやマンションみたいな感じかな。 個人が住む部屋が、いくつか集まったような形になってる。
こっちは、幽霊の人が住んでる場合が多いね。 こういう建物が集まってる住宅街みたいな地域もあるんだ。
……え? 幽霊だったら、死ぬ心配がないんだから、べつに外で寝てもいいんじゃないって? たしかに、そうなんだけどね。 感覚はふつうの生身の人と、大して変わらないからか、それでも家で寝たい人が、多いみたい。
さあ、家に帰ってきた! あー、今日も疲れた。
私は入口をくぐって、中に入っていく。
中は明るく、ここにも明かりがたくさんついていた。 10人以上の人がいて、適当に寝るまでの時間を過ごしているようだ。 話したり、寝転がってゴロゴロしたりしている。
よく見ると、ほとんどみんなが幽霊で、体が透けてる。 でも、壁際にいる人たちだけ、生きていて、生身の体を持ってるみたい。
そう! この壁際の人たちが、私の家族なんだ。 それ以外に生きてる人はいなくて、他はみんな幽霊なの。
街の幽霊の人は、10人に7人が幽霊なんだ。 本当にすごく、幽霊が多い街だね。
家の中の、向こうの壁のほうには、もう一つ入り口が見えている。 別の家と繋がっている、連結部分の入り口だね。 あそこを通って、別の家にそのまま入っていけるってわけなんだ。
私が家に帰ってくると、壁際にいた弟が、声を上げた。
「あ! 姉ちゃん、帰ってきた!」
その近くには、私の母親と、妹がいた。 この人たちが、私の家族だよっ! お母さんはとっても優しいし、弟と妹は、いつも元気いっぱいなんだ。
お母さんは、なにか作業してるみたい。 最近、布団の敷物がだめになったから、それを作りなおしてるようだ。 藁を使って、編み物をしている。
帰ってきた私に気づいて、お母さんは顔を上げた。
「おかえり」
「ただいまー。 ……あー、おなかすいた」
……あ。 自分で言って、気づいた。 仕事が終わってから、あの汁物を一杯、飲んだきり、何も食べてないじゃん!
まずいな、お母さんにバレたら、叱られる。 ご飯だけは、しっかり食べなさいと、いつも口を酸っぱくして言われているのだ。
でも、お母さんは、今日は、何も聞いてこない。 代わりに、それが分かってたかのように、手で近くを指し示した。
「そこに、余った饅頭、あるわよ」
「あ、ほんとだ。 食べよー」
ふう! あぶない、叱られるところだった。 私は内心ヒヤヒヤしながら、家族のそばに来て、地面に座っていく。
母親が手で指していたほうには、白い肉まんみたいなやつが、いくつか積まれていた。 私はそれに手を伸ばして、モグモグ食べ始める。
これは、私たちは『饅頭』って呼んでるけど、みんなが知ってるのでいえば、肉まんのほうが近いかな。 中に具材が入っていて、外側から、小麦粉で作った生地で、まとめてあるの。
ふだん私たちの家族は、これを作って売って、生活を成り立たせてるんだ。 私も、朝はそれを手伝っててね。 饅頭を作って、売り終わってから、その後にやっと、自分の仕事に行けるんだ。
私の仕事先は、最初に働いてた、石板がたくさんある、あの場所だよ。 街の歴史を扱ってる、歴史所ってところなんだ。
……お、そんなこと言ってたら、弟が、楽しそうに話しかけてきた。
「姉ちゃん! 今日の昼の歌どころ、行った?」
今日の昼の、歌どころ? ……あ、歌どころっていうのはね、お笑いや歌を、披露するところなんだ。 最初は歌を歌う人たちが中心だったらしいんだけど、徐々に笑いをとる人が増えていって、お笑い芸人に侵食されていったらしいんだよね。
……それで? えーっと……今日の昼? あぁ、多分、昼休みの時だ。 じゃあ、私は、違うところにいたかな。
この街で、政治をする場所があるんだけどね。 議会っていうところなんだけど、みんなが意見を言い合って、色々なものごとを決定する、とても大事な場所なんだ。
街の子供たちが、たくさん、客席に遊びに来るんだ。 その辺の、飲んだくれのおじさんが、ヤジを飛ばしててね。
料理を売り歩いてる人たちもいたりして、生きている生身の人は、ご飯を食べながら、まるで野球観戦みたいに……。
……え? そんなに、真剣そうに見えないって? うーん、そうかも。 正直、真面目に参加してる人は、あんまりいないよねwww
そんなことを思い浮かべながら、私は適当に答える。
「行ってないよ。 その時、議会にいたし」
「すごかったんだよ! 昼の人、今日も絶好調でさ」
弟は、すごく笑いのツボが合う芸人さんが、いるらしい。 私も見に行ったことがあるんだけど、たしかに、面白かった。
幽霊の芸人さんだったけど……ゲロを吐く真似をしたり、どれだけ大きいオナラの音を出せるかを、やったりするんだ。 客席はあんまり笑ってなかったけど、私たち2人だけ、大爆笑してたんだよね。
あぁ、今思い出しても、笑えてくるっ!!!ww
思い出し笑いして、私はニヤニヤしながら相槌を打っていると、いきなり喉が苦しくなる。
「ふーんw ……うっやば」
喉につまったかも。 苦しくなって、私はバタッと立ち上がり、水が入った入れ物のほうへ走っていく。 それを見て、弟が笑った。
「姉ちゃん、またかよw」
壁の近くに、水をためた入れ物があった。 そこに来ると、私は手で水をすくって、ごくごくと飲んでいく。
水を飲み込むと、のどがなめらかになって、すっと楽になった。 ふう! 助かった。
「あぁ、危なかった」
私は呟きながら振り返って、ぼんやりと、家の中の景色を眺める。 ……うーん、なんか、寂しい感じがするな。 家族はいつものようにいて、楽しくて落ち着くんだけど……。
私はふと思いついて、母親に聞いてみる。
「……父さんは?」
母親は、藁を編む手を止めずに、下を見たまま答えた。
「今日はいないよ」
「……そっか」
うーん、ま、いつものことだ。 じつは、私たちの家族は、父さんもいるんだよね。
適当な人で、あんまりこの家には、帰ってこないんだ。 お母さんも私も、弟たちも、寂しいんだけど……もう、慣れちゃったかも。
元の場所に戻っていくと、向こうで遊んでいた妹が、こっちに来た。
ここの近くには、地面の上に、よく分からないけど、小さな石ころがいくつも置かれてあった。
妹はこっちに来ると、その一つを手に取って、掲げて私に見せてくる。 弟も思い出したように、石ころを手に取っていった。
「あ、姉ちゃん! ほら、また拾って来たんだぜ!」
そういって、2人で揃って、石ころを掲げて見せてくる。 この2人は、気づいたら、石ころを拾って持って帰ってくるんだ。 弟が言うところでは、『美を感じる』らしいんだけど、私はさっぱり分からない。
「あんたたち、また拾って来たの? ちゃんと、仕事してる?」
「してるよ!」
「もう、寝るみたいよ」
いつもの会話をやっていると、母親が会話に割り込んで、注意を促してきた。 気づけば、まわりでは、少しずつ、寝転ぶ人が増えているようだ。 明かりはつけたままだが、ごろんと横になっている人が目につく。
いつもこうやって、特に寝る時間は決めてないんだけど、なんとなく、みんな眠り始めていくんだ。 だから、その空気を察して、ちゃんと静かにしないと、だめなの。
前なんか、周りを見ずに弟がはしゃぎすぎて、怒鳴られちゃってね。 もう、こわいこわいw
私は、残りの饅頭を口に放って、寝る準備をし始めた。 簡単な藁の敷物を、壁際から引っ張ってきて、地面の上に敷いていく。
布団は、これだけなんだ。 掛け布団を使うのは、寒い日だけかな。 この藁と木でできた建物って、適当に作ってるみたいに見えるけど、じつは結構暖かいんだよ。
横では、弟がもう寝る準備を終えて、寝転んでいた。 ぼうっと天井のほうを眺めながら、何かを考えてるみたいだ。
私が横になっていくと、弟がぼそっと呟く。
「あー、俺も、なにかかっこいい仕事につきたいなー……」
あぁ、またその話か。
弟は、まだ体は大きくないが、木を切ったり、運んだりする仕事の、手伝いをしている。 自分のやってる仕事が気に入らないらしく、たまにこういうことを言うんだ。
「かっこいい仕事って?」
私は横になって、いつものように聞いてみる。 弟は、ぼんやりとしながら答えた。
「うーん、歴史所の仕事とか」
「あんたには、無理よ」
思わず即答してしまった。 だって、弟は、文字もまだそんなに読めない。 歴史所なんて、毎日、大量の漢字を読み書きしなきゃいけない。 さすがに、まだ早いんじゃないの。
そう思う私の前で、弟は、むきになって否定する。
「無理じゃねえよ! つまんねー、使い走りばっかでさー……」
そういって、口をとがらせて、ぼやいている。 ……うーん、弟の言いたいことは、ちょっと分かるけどね。
生きていて、生身の体を持っている人は、あちこちで引っ張りだこだ。 火をつけて明かりを作ったり、建物を作ったり……。 どれもすごく大事な仕事だし、幽霊の人にはできない仕事だ。
一方、幽霊の人たちは、お笑いや歌を歌ったりするような、華やかな仕事につく人もいる。 別に、そんな仕事が、そこまで多いわけじゃないんだけど。
だから、『俺もあんな風に、キラキラした仕事がしたいなー』って、思ってしまうのかも。 隣の芝生はなんとやらってことかな。 そう思いながら、私は返事をする。
「つまんなくないよ。 生身には、生身の仕事があるの」
「うーん……」
弟は、まだ唸っている。 まあ、いつものことだ、放っておこう。 私はそう思いながら、静かに目を閉じた。
面白かったり、続きが気になったら、評価とブックマークお願いします!