警察?!
怪しい部屋の中を、天井から覗き込んでいた雨子。 気づいたら男の一人がこっちを見てて、……あれ? これってバレたってことっ?!
上で耳をそば立てていた小春が、突然の大声を聞いて、顔を床から離した。
「あら、見つかった?!」
気づくと目の前の雨子が、体をジタバタさせていた。 戻れないでいるようだ、腰のあたりが固定されているのか、下半身だけがバタバタしている。 床から生えてる植物みたいで、なんか滑稽ね。
そんなことを思う暇もなく、小春は慌てて雨子に呼びかける。
「ちょっと、雨子! 何やってるの、早く戻りなさいよっ!」
そう言って、雨子の体を引っ張って外に出そうとする。 しかし、幽霊の体にはもちろんさわれない。 必死に雨子の体に手を突っ込んでいくが、雲にさわるようにスカスカと通り抜けていく。
小春がなんとかしようと頑張っていると、すぐそばに、いきなり床から人が現れた。 下の部屋から、直接通り抜けてきたみたいだ、あらゆる物理法則を無視したように、すいっと床から出てきている。
宙に浮いたムキムキマッチョの男はこっちを見て、睨むような、観察するような真剣な形相だ。 小春はうわっと声を上げて、驚いたようにその場で尻もちをついた。
続けてバタバタと、激しい足音が近づいてきた。 下の部屋にいた男たちだ、勢いよく足音を響かせて、この場に集まってきた。
「お前ら、誰だ!」
びっくりするぐらい大きな低い声が、辺りに響き渡る。 男たちは、やはり体格がいい人ばかりだ、幽霊まで筋肉ムキムキな人がずらりと並んでいる。
なによ、この変な集団! とりあえず誤魔化しましょうっ!!ww 床に倒れこんでいた小春は起き上がり、慌てて弁解を始める。
「あ、これは、違うのよ! えーっと、あ、そうだ。 ……すみませんねえ、建物の調査を、してまして」
途中でいきなり不自然な笑顔に切り替えて、なんとかやり過ごそうとする。 だが、男たちの警戒の色は、ますます強くなったようだ。 ボスのような、一番大きな体をした男が、険しい顔で聞いてくる。
「お前ら、あいつらの一味か?」
……あいつら? 誰、なんの話よ? 小春は眉をひそめて聞き返す。
「あいつら?」
「とぼけんな!」
「ひいっ!」
低い大声が響き、小春はビビる。
奥のほうでは、仲間と思われる男たちが、なにやらコソコソ話していた。
……なによ、感じ悪いわね。 私たちの顔を見つめたり、仲間どうしでコソコソ話したり……。 そう思っていると、その中の一人が前に出てきて、ボスのような男に声をかけていく。
「頭、ちょっと待ってください」
目の前にいた大きな男は、その声に振り返る。 やっぱり、この男がボスのようだ。 生きてて生身の体で、声も大きいから、存在感がハンパない。
一方、向こうから出てきた人は幽霊のようだった。 こっちもなかなかの体つきだ、幽霊なのにこんなに筋肉をつけて、果たして意味あるんだろうか。
その幽霊の男は前に出てくると、まだバタバタと足を動かしている雨子のほうへ向かった。 そばに行って、しゃがんで話しかけていく。
「おい、とりあえず、目を閉じろ」
雨子は聞こえていないようで、まだバタバタと手足を動かしている。 助けを求めて声を出しているようだが、床で遮られていて、はっきりとは聞こえない。 耳をすますと、遠くのほうから、助けてーと言っているのが分かる。 下の部屋から、廊下を通じて聞こえているのだろう、空間がぐちゃぐちゃに感じられて、変な状況だ。
近づいた幽霊の男は、今度は大きな声で呼びかけた。
「おい! 何もしないから、落ち着け!」
やっと聞こえたのか、雨子は、足をばたつかせるのをやめた。 しゅんとしおれて、でろんと足だけが横になっている。 情けない格好だが、どうしようもないらしい。
「まず、何も考えるな。 ……いいか、お前の周りには、何もない」
幽霊の男は、辺りに響き渡るほど、大きく深い声で言い始めた。 近隣住民にはいい迷惑だが、たぶん雨子を助けようとしてくれているのだろう。
男は、呪文を一人で唱えるように、続けていく。
「気づいたら、いま、海にいる。 周りには他には何もない、海だ」
「……なにそれ、何も無かったら、溺れるじゃない」
小春が横で、ツッコミを入れていく。 それを無視して、幽霊の男は続けた。
「お前は、波に揺られている。 ゆっくり、ゆっくり……」
落ち着いた声でそう言っていると、やがて雨子の体が、左右にゆらゆらと揺れだした。 床がそこに無いかのように、通り抜けて動いている。 催眠術のようなものなのだろう、雨子の体は水に浮いているかのように動き、イメージのままに動いているみたいだ。
「……あぁ、お前は、水の下にいたみたいだ。 ちょっとずつ、ぷかぷか、体が浮いてきた……」
こんどは雨子の体は、少しずつ上へと浮かんできた。 プカプカと、水の中にいるみたいに揺れながら、宙に浮き上がっていく。 床に座り込んだ小春の、目線の高さを通り過ぎていった。 下から見ると、目をつむった雨子が腕を垂らして、ゆらゆらと揺れている。 ……なにこの光景、ちょっと不思議で、神秘的ね。
「……そのままだと、息が苦しい。 波の上に出て、息を吸おう」
ちょっと苦しそうにしていた雨子は、水の上に出るように、ぷはっと上を向いた。 ……え? ここ海の上じゃないのっ?! 雨子ははっとして周りを見ると、自分の体が宙に浮いていることに気づく。
その瞬間、雨子は真っ逆さまに落ちていった。
「うわーっ!」
ドスンと、音は聞こえなかった。 床に落ちた雨子は、腰を打ち付けて顔をしかめる。 いたたと、痛そうに尻をさすりながら、雨子は呟く。
「はあ、死ぬかと思った……」
「死んでるわよ」
何かに埋もれてしまった幽霊の救出の仕方などは、こういうものらしい。 幽霊の人は、見えるものがすべてだ。 実際にはそこに無いものも、思いこみによってあるように感じるし、逆に目の前の物を無いように感じることもできる。
しかし、こんな専門的っぽいこともできるなんて、この男たちは一体何者なんだろう? 体を鍛えていることもあるし、もしかしたら警察とかだったりするんだろうか。
雨子の救出を見届けたボスが、改めて話しかけてきた。
「それで、お前ら、何やってんだ。 なんで、俺らを聞いてた?」
「私たちも、死者と話す手伝いってのに、興味があるのよ。 友達が1人、今、それを受けてるの」
別の幽霊の男が近づいてきて、ボスに説明を加えていった。
「一人、さっき客が入っていったみたいです」
下の部屋で、さっき帰ってきて、報告していた男のようだ。 『死者と話せるサービス』が行われてる場所へ、直接行っていたのだろう。
ボスはそれを聞き、ようやく状況を理解したように頷いた。
「あぁ、なるほどな」
「……もしかして、警備隊の人たち?」
男たちを見て、ミツバが思っていたことを呟いていく。 ……警備隊っていうのは、この街の警察みたいなもんだぜ。 街の人の安全を守る、責任重大な仕事なんだけどな。 見た感じ、かなり体を鍛えてるみたいだ。
俺も漁師やってるから、けっこう鍛えてる方だけど……この人たちはもっとムキムキだ。 海で訓練してる軍の連中を見てるからか、なんとなく分かるんだよ。
ミツバはそう思っていると、ボスが頷く。
「あぁ。 もしかしたら、不正に降霊を使ってるやつらかもしれんからな」
やっぱり警備隊なのか。 ……ん? 不正に降霊を使うなんて、できたっけ? そういうのはバレるんじゃなかったか。 案の定、『元』巫女の雨子が、即座に会話に入ってくる。
「でも、不正に使ったら、分かるようになってるけど。 ……あ、私、死ぬ前に、巫女やってから、ちょっと詳しいんですけど」
巫女たちは、『霊力』を感知する力がある。 最近では、道具を使って感知することもでき、この街全体の霊力をつねに監視しているのだ。 正式な巫女として登録されてない人が降霊術を使ったりすると、すぐに分かるようになっている。
ボスは知っていたようだ、頷いて答える。
「基本的には、そうだがな。 だが最近は、それに当てはまらない例もあるようで、一応調べるようにしてるんだよ」
「霊だけにねえ」
「へえ」
ミツバは、納得したように頷く。 その横で、床に座り込んだままの小春は、別のことが気になったようだ、続けてボスに聞いた。
「ところで、そいつらって、何者なの? やっぱり、詐欺なんでしょ?」
「いや、まだ何とも言えん。 これから確認しに行くところだ」
ボスはそう答え、まわりの男たちを見た。 10人ぐらいはいる、この集団で乗り込んでいって、詐欺集団をめちゃくちゃにするらしい。 ……あら、なんか、ワクワクするじゃないっ!
「あっ! なら、私たちも、一緒に行きましょう!」
「いや、お前らは、帰ってろ。 邪魔だ」
小春が、いそいそと雨子を促しながら立ちあがっていると、ボスが冷たく言った。 小春は意表を突かれたような顔をして、びっくりしたように大声を出す。
「え?!」
帰ってろ? ……なんで?! 私たちの友達のスズネが、そのサービスのところにいるのよ? 邪魔って、どういうことよ。
呆然とした顔の小春の前で、男たちはぞろぞろと引きあげていく。 ボスも立ち上がり、背中を向けていった。 小春は追っていきながら、食らいついていく。
「ちょっと! 私たちも、一緒に行くって!」
「だめだ。 外で待ってろ」
ボスは向こうへ歩いていきながら、振り向きもせずに言う。 小春は勢いよく飛び出していって、ボスの目の前に出ていった。
「ちょっと、あんた、いい加減にしなさいよっ! 友達が、いま、苦しんでるのよ?! じっとしてられるわけ、ないじゃないっ!」
びっくりするぐらいの大声で、小春は怒鳴る。 けっこう真面目な顔だ、キレたんだろうか。
男たちは、思わず立ち止まって振り返った。 ボスは行く手を遮られ、面倒くさそうな顔をしながら、頭をかく。
……ったく、しょうがねえな。 仕事の邪魔だけは、すんなよ。 そんな感じでため息をつきながら、ボスはしぶしぶ頷いた。
「あぁわかった、わかった!」
小春は一瞬で嬉しそうな顔になった。 ニヤッと笑って、してやったりみたいな顔だ、もしかして今のは、ちょっとした演技だったのだろうか?
小春は楽しそうにガッツポーズをして、腕を掲げる。
「やったーっ!! ほら、雨子、さっさと立って!」
床に座り込んでいた雨子を促して、今度こそ、一緒に歩きだす。 小春は軽やかにスキップをするように、ボスの横に並んでいった。
「……あら、よく見ればあんた、結構いい男じゃない。 よっ、大将! かっこいいよっ!」
小春は、今度はやりすぎなぐらい盛り上げて、にぎやかしていく。 ひゅーひゅー、その筋肉も、なかなかイカしてるわねっ!!
ボスは面倒くさそうな顔で、苦笑いした。
「なんだお前、うるせえなあw」
そういいつつも、ボスはなぜだかちょっと嬉しそうだ。
今度こそ、『死者と話せるサービス』の本拠地へと乗り込んでいこうっ!




