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涙のゆくえ  作者: かすき
たまり場
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2

「……お…てくださぃ、起きてください!」


ゆさゆさと肩を揺さぶられて顔をあげた。強い光が眠気まなこをしょぼしょぼさせる。目の前には特典を渡し忘れた少女が立っていた。


「えっと、映画終わりましたか?先程、劇場特典を渡し忘れてしまって……」


慌てて椅子から立ち上がりテーブルに置いた特典を渡そうとする。少女の視線が刺さってくる。やはり寝ていたのが悪かったのだろうか。


「いいからこちらに来てください」

「あ、特典は……いりませ」

「早く、こっち!特典はあとでちょうだい!」


ぐいっと腕を引っ張られて場内に連れて行かれる。思いの外に少女の力は強い。訳がわからない。


「っと、どうしたんですか?」

「上映が終わったのにずっと寝ている人がいるのよ。声をかけても肩を揺さぶっても起きないからスタッフの人を呼ぼうかと思って。もちろん、息はしているかの確認はしたけど、ただ寝ているだけみたい。というか、今の話、最初に言ったわ」


その話知らない……。おそらく寝てた時に話されていたのだろう。突然ずんずんと先を歩く少女がくるっと振り返り、にっこり笑って口を開く。


「あなた、仕事できないわね」


ぴきっと身体が固まる。辛辣な一言がふってきた。たしかに、客に特典を渡し忘れるし、仕事中に寝ているし、異常事態があっても気づかず客に起こされている。でも、だから、だからといって……


「はっきり言わなくてもいいんじゃん……」

「本当のことでしょう。ほら、あそこに座っている人です」


少女はつかんでいた手をはなし、すっと指を指す。後方の席だ。その先には端っこに座ってうつむいている女性がひとりいた。


「さあ、あの女性の様子の確認をお願いします。スタッフさんが呼びかけても起きないようでしたらさすがに心配なので救急車を呼びますね」

「わかりました」


うつむいている女性へと近づいていくと、ポップコーンを踏んでしまい、足元でくきゅと音がした。どうやら女性が食べようとして手に持ったポップコーンは食べられることなく床に転がっていったみたいだ。肘掛けのところにジュースカップとポップコーンボックスが置いてある。そして手はだらんとしている。


「すみません、上映は終わりましたので起きていただけますでしょうか。」


トントンと肩を叩くも少女の言うとおり目を覚まさない。脱力した手を取って脈を測り、呼吸の有無、そしておでこに手を当てて熱がないかを確認する。特に問題があるわけではなさそうだ。


「たしかに起きませんね。救急車を呼びましょう。万一があっては大変ですから」

「それがいいと思います」


事務室に向かおうとしてこのあいだ、お茶をこぼして現在うんともすんとも言わない電話機だけしかないことを思い出す。


「あの、よければ119番かけてくれないでしょうか?今この映画館にある電話機は壊れていまして……」

「スマホは持っていないの?」

「恥ずかしながらスマホはよく分からなくて持っていないんですよ」


少女は呆れたようにため息をつき、スマホをバッグから取り出して119をタップする。


「さっきも言ったけど、本当に仕事できないのね。まったく、こんなんで給料はいったいいくらなのかしら」

「えっと、時給600円ですね」

「どうでもいいわ。というかそれ最低賃金下回っているじゃない。あ、もしもし今〇〇映画館にいるんですけど女性が目を覚さなくて。脈も呼吸もあるので大丈夫だとは思うんですけど、念のため。ええ、そうです。はい分かりました」


聞かれたことを答えたのだけなのになぜかあしらわれた。悲しくなっているところ、どうやら繋がったみたいだ。少女は8分後に救急車が到着するらしい、寝ている女性はそのままで大丈夫だということを伝えてきた。

救急車を誘導するために外の駐車スペースを確認したりなどして、待っているとピーポーとサイレンを鳴らして救急車がやってきた。そして救急隊の人達を中に引き入れ、女性は病院へと運ばれていくのを見送った。


「今回は本当に助かりました。ありがとうございます」


すっと腰を折って少女へとおじきをする。少女がいなかったら自分は寝ていて気付かなかっただろう。


「今回のお礼と言ってはなんですが、ここの映画館でしたら自由にいつでも見に来てください。もちろん無料です」

「無料でいつでもみれるのは嬉しいけど…… あなた、私を映画館の見回りに使おうとしていないわよね?」


少女はじろりと疑わしそうに見てくる。すみません、ちょっぴり下心を含んでのお礼です。ということをおくみにも出さないで、もちろんです、とにっこり笑う。


「まぁ、いいわ。何気に映画代も高いし。それに気になることもあるから」

「気になること、ですか」

「そうよ。あなたに聞きたいこともあるし。ここではなんだからお茶でもしましょ。行きつけの店があるの。ちょうどティータイムだわ」


ついてこいと言わんばかりに少女はどんどん歩いていく。断るつもりもなかったが、相手の返事ぐらい待ってくれてもいいじゃないか。などと思っていると少女の姿は小さくなっていく。なかなかのスピードで遅れないように慌ててついていった。

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