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魂の赴くままに  作者: 分厚いカルボナーラ
第1章 野良犬と枯れた花
1/1

プロローグ~犬と花~

ストックが……ないッ!

 眼前に広がる黒い海。

 浮かぶのは大小明暗さまざまな、星、星、星。


 それぞれが主張しあって、光輝いている。


 星を見るとどれだけ大きな不安も、少しだけ和らぐ気がする。


 それは星が不変の存在だからだろうか? 正確に言えば星だっていつかは死ぬのだから、不変なんて言葉はまやかしだ。


 でも、それは何億年先の話だろう? たった百年、何かあれば明日にも死んでしまう私たちが、彼らの死に立ち会うことは不可能なのではないだろうか?


 観測のできない事実なんて、私からしたらないも同然。気にするだけ無駄なことだと思う。


「先祖様も不安な想いを星に託したのかな」


 暫定的に不変な存在である星、きっと彼らは今日(こんにち)に至るまでたくさんの人の悩みを聞いたのだろう。


 その中には私の悩みなんかより断然大きいものも、とっても小さなしょうもないものもあっただろう。


 きっとこの先も、私が死んでからも話を聞き続ける。


 死ぬ瞬間まで私たちの悩みを聞いてくれる良き友人であり続ける彼ら。

 言い換えれば人類の友ってやつだろう。


 友だからこそ思う。


 ――私には彼らは無個性に見えて仕方ない。


 闇のなかでそれぞれが輝いている。皆が輝いている。ただそれだけ。

 彼らは悩みは聞いても、返事はくれない。彼らから話を切り出すことはない。


 目線を下げる。


 広がるのは一面花畑。


 白、緑、黄、黒、赤、青。


 それぞれが違う色を届けてくれる。


 根をはって、太陽に顔を向けて、水を浴びて、死んで、また生まれる。


 個性ってきっと、こんなものだと思う。


「でも、やっぱり……」


 その場から吸い寄せられるように、ある一点へと駆け出す。


 先ほどの景色とうってかわって、白一色。


 名前は忘れたが、ここから先はしばらくこの白い花の群生地だったはず。


 しかし、その中で一際異彩を放つものが一輪。白い布に一つだけついた、紫のシミ。


 たくさんの白い花の中、たった一輪、紫色の花がある。


 その孤独とも、唯一ともとれる花の名は……。




「――アイシス」





◇   ◇





 眼前に広がる空には、暗闇をポツポツと飾り付ける星でいっぱいだ。


 よく、夜空の主人公は星だなんだと言うやつがいるが、彼らは闇を彩るものであり、所詮(しょせん)装飾品でしかない。


 宇宙に浮かぶ塵の一つ、それが星であり、それ以外の何者でもない。


「でもやっぱ好きだな」


 塵の一つ、所詮は他のやつと変わらない無個性な存在。


 だからいい、それだからこそいいんだ。


 抜きん出なくてもいい。他者よりも優れた存在でなくてもいい。人類が目指す理想の世界は、今俺の目の前に広がっている。


 それに気づけないから人は過ちを繰り返す。


 でも、それも人間だ。


 不完全、それこそが生物の一生抗えない業。


 だから愛おしい。


 人は強くない。


 でも、弱くもない。


 日が巡り、朝が来るように。


 俺は牙を研ぎ、爪を伸ばす。


「とはいっても、出来れば間違いは犯したくないもんだな」


 目線を下げる。


 木々の生い茂る森の中、たった一箇所だけ光を浴びる場所がある。


 木が生えず、背の高い草も生えていない空けた広場。


 そんな何もない広場に、たった二つの影だけが浮かぶ。


 月の光を反射して、唸る獣の眼が光る。

 白い毛に包まれた巨躯(きょく)。そこから伸びる四つの筋骨粒々の逞しい四肢。刃のような爪と牙がギラリと覗く。


 そんな化け物に対峙するは一人の矮小な人間。


 剣を鞘から抜き放ち、構える。


「おい! ワンコロ!」


 ワンコロは俺の威勢のこもった大声に物怖じすることなく、静かに俺の顔を見つめた。


 そりゃこれでビビるタマならここの森の主はやってないわな。


 しばし、森の中を沈黙が支配する。


 とても短い時間だったと思う、でもとても長い時間だった。


 息を大きく吸う。


「最近ここら辺の森で行方不明になる人が多くってな……」


 獣の唸り声はよりいっそう低く、どす黒くなる。

 足を伸ばし、今にも飛びかかってきそうな雰囲気だ。


「犯人は誰だつってギルドに依頼が張り出されてるんだ」


 ――獣の唸り声が止む。


 剣を構える手に力が籠る。


 黙るってことはそういうことだ。


「どう考えても犯人はお前だろ?」


 ――獣が吠えた。


 草木が揺れ、大地が鳴り響き、空を覆う。


「御託は……いいってか」


 再び俺を見つめる目に向けて、ありったけの殺意を込めて――吠える。




「……なら、殺しあおう(かかってこい)!」




 二匹の狂犬は、嗤った。


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