83/日
どうしたものか…。
相打ちで引き分けを狙っていた手前、お互い生き残っているこの現状はすごく居た堪れない。
と、そんな葛藤を嘲笑うかのように機械的な音声が響いた。
《フィールド名【プリムス草原】における滞留魔素量が許容値を突破しました》
《只今より1時間後、緊急クエスト【ウサギの国の舞踏会】が発令されます》
《本クエストはレギオンレイド仕様のため共闘ペナルティは発生致しませんので、力を合わせて困難を乗り切りましょう!》
〈称号【禍いを呼び起こす者】を獲得しました〉
さっきの絶望の王といい、これといい、あからさまな悪称号ありがとうございます!
「どうやら、面白いことになりそうだな」
「…決着までやるか?」
「今回は拙者の負けだ。アレを喰らって生き残れると強弁するほど落ちぶれてはいないのでな」
「いやいや!最後までやらないなら引き分け、引き分けにしとこうぜ、な!?」
「手加減をしてくれた礼だ、最強という肩書きの煩わしさをその身に受けるといい」
こ、こいつ!的確に俺が嫌がることを!!
「東郷が戦いたかったのは本気の俺であってーー」
「ふむ、セシリアからフレンドコールのようだな。お前にも来ているのではないか?」
くそぅ、仕方ない…!
今回もセシリアさんに面倒事を頼んでいる手前、明らかに今を逃せば後悔する問題を先送りにしてでもフレンドコールに出ねば…。
「…はい、レンテです」
「(そんなに私と話すのが嫌だったかしら?)」
「そういうわけじゃないんですけどね…」
「(冗談よ。取り敢えずうちのクランホームで作戦会議よ、東郷もいいわね?)」
「仕方あるまい、すぐ向かう」
俺、これが終わったら精霊界で聖霊達と暮らすんだ…。
ところ変わって、クラン【雑貨屋えびす】のクランホーム。
前にも訪れたことのあるここは、王都の貴族街の一角ということもあって、なかなかに立派な拠点だ。
「では、作戦会議を始めます」
普段のフランクなセシリアさんばかりしか知らなかったが、昨日今日と見るセシリアさんはクランマスターしてて格好良いな!
その他大勢と情報共有するために配信をつけているからか、真面目モードである。
俺には人の上に立って、大人数を纏めるなんて無理です!
「まずは分かっていることから。ワールドアナウンスによると、1時間後、今からだと40分後に緊急クエストが発令されます。この発令されるというのが、冒険者ギルドや、国からの発令ではないことは既に確認済みのため、その瞬間からクエストが開始されると受け取って間違いないと思われます」
「我がクランが出した斥候からの情報によりますと、プリムスの町の四方、隣のフィールドとの中間地点辺りに、空間の裂け目のようなものが出現しているのを確認していますわ」
マルシェさんがセシリアさんの説明を受け継ぐ。
どうやら既に斥候まで出しているらしい。行動が迅速だな。
「緊急クエスト欄に表示されているクエスト情報によると、適正レベル帯はLV.5からLV.20。今のプレイヤーからすると少々適正を下回るクエストかもしれません」
「これは私共の【知識の泉】の推測ですがね、この緊急クエストはもっと早い段階で起こる想定だったのではないかと」
「貴女方もそう思われますかな。我々【記憶の断片】は、以前よりモンスターの活性化と、ウサギの異常発生の噂は耳にしておったのですが、その先がなかなか…」
「そういえば、リリース初日に始まりの村のNPCがモンスターの活性が〜、って言ってた気がするな」
思ったことを口に出せば、すんごく視線が集まる不思議。
【知識の泉】は攻略系情報クラン、【記憶の断片】は世界設定系の情報クランだったはず…。前者は、最前線に近い情報ほど念入りに集めており、後者は、広く浅くらしい。
会見で一番質問を繰り返したのがこの両クランのマスターで、白衣女性プレイヤーが前者、サンタクロースみたいな髭もじゃお爺さんが後者のクランマスターだ。
それにしても、勝手に口を開いたことは謝るから、そんな穴が開くほど見ないでほしい…。
「初日からチュートリアルにさえヒントを散りばめていたとなると、ペルシャさんとキスパ老の推測は正しいかもしれませんね…」
「ってことはだ、あまり期待出来なさそうな気配だな」
「それはどうだかのぅ。妾はこれまでに二度レイドを経験したが、その経験から言わせてもらうのなら、護国獣よりも源泉解放レイドの方が、ちと厳しかった」
「何故そう思ったんだ、フォルトゥナ嬢ちゃん」
セシリアさんの結論にヴァングさんが答えれば、それを中華風美少女が否定する。
彼女はクラン【運命の輪】のクランマスターだ。
「適正レベル帯は変わらぬはずなのに、数が違ったからかのぅ。もしや、レイドボスは配下の数に比例して強くなるようなスキルや称号を所持しているのかもしれぬよ」
「護国獣はボス単体だからな。なるほど、そういうスキルもあるかも知れねぇのか」
「だとしたら油断はしてられませんわね。ワールドアナウンスの情報から鑑みましても、規模だけは保証されていますわ」
「レギオンレイド、ヘルプに追加されていました。通常のレイドとは異なり48人制限ではなく、文字通り参加人数に制限がないので、全プレイヤーが参加できるのが無制限レイドの特徴のようですね」
「それを考えれば、敵の数も比例して多いだろうな」
場に沈黙が落ちる。
「レンテさんは何か知っていることはないのでしょうか。このクエストがもっと早い段階で起こるものであったとしても、今回トリガーを引いたのは恐らく貴方でしょう?」
糸目の男に水を向けられる。
彼はクラン【ML商会】のクランマスターでPNは確かジョン・ドウ。
「…そうですね。恐らくではなく、確実に俺です。称号に書いてあるので」
称号のことは迷ったが、話してしまった方がまだ動きやすいはずだ。
「称号【禍いを呼び起こす者】にはこう書いてあります」
『試練の門は開かれた。其は愚者か、英雄か。絶望の果てに、己が力を証明せよ。』
あれ、つい最近、絶望という言葉をどこかで聞いたような…?
おいおい、俺はレイドボスと一緒ってか?冗談はよしてくれよ、まったく〜。
………。
「…他の称号では見たことのない、条件ってのも書いてありますね。プリムスの町損壊度:20%未満、NPC死傷者数:5%未満、クリアタイム:24時間以内、らしいです」
「獲得条件とは別だろうし、その条件を満たせば称号が変化すんのかもな」
ヴァングさんと同じ推測を俺も立てている。
「なので、自分勝手であるのは重々承知ですが、この会議がどういう結論を出そうとも、まず全力でプリムスを守ろうと思ってます」
「攻めの方はいいのか?」
「夜までは大人しくしてようと思います。あまり独り占めしてしまうのは良くないでしょう?」
ニヤリとヴァングさんに返答する。
「生意気言うじゃねぇか。だがそうだな、せっかく譲ってくれるってんだから、レンテが出張ってくるまでに片をつけようじゃねぇか!なぁ!」
「本来ならば事前の準備なしにプレイヤーの統率など難しかったでしょうが、幸い今日に限ってはある程度は誘導できそうですし、バックアップは雑貨屋えびすとML商会が引き受けましょう」
「うちのクランもですか。いえ、参加しない理由がないのですがね」
量産ならばML商会の方が得意と聞くしな。大勢のバックアップは得意分野なのだろう。
しかし、プレイヤーの誘導とは何のことかと思ったら、俺と東郷も配信つけっぱなしだった罠。こんなど素人の配信なのに、同接数が恐ろしい数字になっていてビビったよ…。
そっと配信を閉じて、雑貨屋えびすのクランホームを後にする。
他の顔触れは陣形や作戦の擦り合わせで、会議を続けるらしい。と言っても、会議を開いた段階である程度は決めてあったようだが。セシリアさんマジ有能。
配信をプレイヤーの意思疎通の道具として期待してたみたいだが、新しく他のクランマスター達も枠を立ち上げたみたいだし、東郷もしてたはずなので大丈夫だろう。
さあ、残り20分!取り敢えず、目指せ王城だ!
護国獣レイドは倒すのではなく、認められればクリアなため、そもそもが他のレイドより優しめな設定。
※感想でご指摘いただいた通り、規定値よりも許容値の方がしっくりきたので修正しました。
修正前:
《フィールド名【プリムス草原】における許容魔素量が規定値を突破しました》
修正後:
《フィールド名【プリムス草原】における滞留魔素量が許容値を突破しました》
魔法云々については、ついネタバレを口走ってしまいそうなので黙秘権を行使します!




