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「このアタシに向かってババアとは命知らずな奴がまだいるもんだねぇ」
何か言ってるが気にしない気にしない。
俺はさっと踵を返すと、入口へ向けて歩き出した。
「なんでこう、俺だけ意味のわからない方向に…」
柚子やトモはMLを真っ当に楽しんでるってのに、なんで俺だけ脇道に逸れてる感がひしひしとするんだよ!
「なんともまあ、嫌われたもんだねぇ。だが、アタシを無視しようってのは許さないさね」
「なっ?!」
入り口まであと少しというところで、突如足元に魔法陣が浮かび上がり輝きだした。
黒…ってことは闇属性?
いや、今はそんなことよりも!!
黒い鞭、いや茨のようなものが身体に巻き付き動きを阻害してくる。
「少しでも動くと痛いから注意することさね」
「っ?!」
言うのが遅い!!
抜け出そうともがくだけで、無数のトゲが食い込むように微量のダメージを蓄積させる。
「くそっ、こんなことして何がしたいんだよ…!」
「坊主が逃げようとするからだろう?アタシは少し話がしたかっただけさね」
そこはかとなく嫌な予感がするのは俺だけだろうか?
MLでは確かにNPCは重要なのだろう。
しかし、このババアは関わっちゃダメなタイプのNPCだ!
あんな速度で飛行していたバカ鳥に追いついてくるってのも恐怖だし、こんな序盤に登場していいNPCは空を飛んだりしない!
なにより!昨日のことを思い出しそうでなんか嫌だ!
「ふっ、甘いなババア!逃げるにも手段はいくつかあるんだよ!」
言いながら、俺を縛る黒茨に身体を押し付けるように暴れだす。
幸いトゲが身体に食い込むのも、現実で肌を爪楊枝でつつく程度の痛みしかない。
プレイヤーにはな!古来より愛用されてきたデス◯ーラという天才的な瞬間移動法があるんだよ!
「ほう?」
「じゃあな!」
そして、ステ振りを全くしていない俺は、呆気なく死に…。
「『リヴァイヴ』」
「…は?」
生き返った。
「どうしたんだい坊主?逃げるんだろう?ほれ、逃げてみせな」
「…待機時間」
ぼそっ、と呟いたそれが全てを語っていた。
プレイヤーの死亡後、最大五分の待機時間中はリスポーンを選択しない限り、プレイヤーの体はその場に残り続ける。
その待機時間は蘇生のための待機時間であると言われているらしいが、今はそんなことより。
待機するかどうかはプレイヤーの任意で選べるのだが…。
「選ぶ暇もなく蘇生された、のか…?」
「どうしたんだい、もう終わりかい?」
大人しく席に着くことにした。
バ…老婆はリンダと名乗った。
ミカンのあれは魔女っ子だが、こっちは魔女だ。
上から下まで黒一色のローブと魔女ハット、年季の入った杖は台座部分が捻れており、先端には何やらお高そうな宝玉が付いている。
これを魔女と呼ばずなんと呼ぼうか。
というか、この猫背の老婆が昨日全力ダッシュしていたかと思うと、やっぱりホラーだ。
「それで、バ、リンダさん、話ってなんですか?」
「レンテ、アタシの弟子になりな」
「は、嫌ですけど」
今までの一連の流れを考えて欲しい。
どこにそれを許容する要素があったというのか。
「アンタがどう思おうが関係ないことさね。アンタは今日からアタシの弟子さ」
〈称号【終焉の魔女の弟子】を獲得しました〉
「…終焉の魔女?」
「ほれ、いくよ」
そそくさと席を立つリンダ。
えー、これ着いてかないとダメ?
いや、多分これ、どれだけ逃げても追いかけてくるんだろうな…。
やだわ〜。
ところ変わって魔女の館、もといリンダ宅。
昨日、情報屋のオヤジが教えてくれた光点の場所だな。
リンダの家の中は所狭しと、意味不明な道具が置かれていたり、棚にはびっしりと薬品が詰められていたり、本棚は広辞苑みたく分厚い本で埋め尽くされていた。
「そこに座りな」
「へーい」
珍しいものが多く、キョロキョロと目移りしてしまう。
「それで弟子って何の弟子なんです?」
「取り敢えず魔術さね。アタシを誰だと思ってるんだい」
よく分からんけど、称号が示す通りなら【終焉の魔女】とかいう仰々しいお方らしいからな。
まあ、攻略最前線とかに特別興味があるとかでもないし、このまま流されてみるのも一興か。
そりゃあ攻略ってのも楽しそうではあるけど、それだけに縛られたくないというか。
「それで師匠、俺は何をすればいいんですか?」
「おや、突然えらい素直になったじゃないか」
「逃げたくても、逃げられそうにありませんから…」
称号【終焉の魔女の弟子】。
効果は、終焉の魔女に関する訓練時、経験値及び、スキル熟練度の上昇(中)。また、スキルの取得SP軽減(極大)。
極大って何…。
そして特に看過できない効果が、この称号を持つ者の居場所は常に【終焉の魔女】に把握される。というものだ。
そう、俺はこのババアから逃げられないのだ。
敢えて言おう、ババア、と。
「良い心がけさね。じゃあ、待っといたげるから、さっさとスキルを取得しな」
「い、いきなりだな…」
今日の目的でもあったからいいんだけど。
取り敢えず、ステータス欄の確認からするか。
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PN【レンテ】
LV.1
[AP:10][SP:5]
HP:100/100
MP:100/100
STR:10
VIT:10
INT:10
MND:10
DEX:10
LUC:10
スキル
控え
称号
【無謀に挑む者】
【友好を築く者】
【我が道を往く者】
【“終焉の魔女”の弟子】
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これが今のステータス画面だ。
なんとまあ、不思議なステータスだことで。
ステータスもスキルも初期値、なのに称号は四つと。
こんな特異なステータスは俺だけな気がする。
「そうさね。師匠としてアドバイスするなら、魔術士になりたいならまずは魔術スキルは最低でも二つは取得することだね」
「その心は」
「細かいことは抜きにして、まず魔術士が戦闘において気にしないといけないことは主に二つさね」
そう言った師匠は一呼吸置いて、続きを話す。
「まずは当たり前だけど、近づかれないこと。防御の薄っぺらい後衛職全てに言えることさね」
「そりゃ確かに」
前衛職の間合いで戦えば、後衛なんて一捻り、赤子の手を捻るようなものだろう。
「そしてもう一つは、魔術の欠点ともいえる問題さね。レンテ、答えてみな」
「いきなりですね…うーん」
魔術の欠点か。
「MP管理…は、魔術に限らないか」
「……」
反応なし、違うということだろう。
わざわざ魔術の欠点と言っていることから、他の攻撃手段には出来て、魔術だけが不可能、そんなことなのだろう。
MP管理はどのスキルにも言えることだ。
物理職は武器系スキルに付随して覚える武技と呼ばれる必殺技みたいなものにMPを必要とするので、魔術だけの問題ということでもない。
物理攻撃…例えば剣術には出来て、魔術には出来ないことはなんだろうか。
「別に魔術にだって物理属性はあるしな…」
際たるものは、土魔術だろうか。
魔法属性とは別に、物理属性というものがある。
物理属性は、打、突、斬の三属性に分けられるが、土属性はほとんどの魔術にこの物理属性が伴っている。
逆に、火魔術は魔術的な火力こそ他属性に比べて高いものの、ほとんどの火魔術に物理属性はないのだ。
ということは、魔術は敵によって強弱が左右されやすい?つまり、複数属性持つことで対応の幅を広げるということか?
何かしっくりこないな。
これを魔術だけの弱点というのはキツい気がする。
剣なら斬属性耐性を持つ敵に、槍なら突属性耐性を持つ敵に対して弱いはずだ。
だから複数属性を扱える魔術は、利点であって欠点ではない、と俺は思う。
「分からないかい?仕方ない、ヒントさね」
「…」
考えても答えが出ないので、静かに耳を傾ける。
「剣士と魔術士が一対一で決闘したとするさね。剣士は半人前、かたや魔術士はすこぶる反射神経がよかった」
剣士は剣を振れども振れども攻撃は届かず、魔術士は躱すことに手間を取られ詠唱の隙がない。
膠着状態。
近づかれないことが大事なのは、もし近づかれてしまえば打つ手がなくなるのが魔術士。
魔術というのは、詠唱という名の魔法陣を展開、そして発動までのタイムラグを経て、始めて攻撃に移れるのだ。
その間に敵の攻撃を一撃でも受けてしまえば、詠唱は解除されてしまう。
発動から攻撃までに時間が掛かる魔術は、常につうじょ…そういうことか!
「魔術には通常攻撃がない!違いますか!?」
「遅いんだよ、不出来な弟子だこと」
「イテッ」
杖の石突?で叩かれる。
勝手に弟子にしておいて理不尽な…。
魔術には通常攻撃がない。
これは本当に魔術だけの欠点なのかもしれない。
剣、槍、斧、槌、弓と様々な武器があるが、物理攻撃にはどれも通常攻撃があるのだ。
基本的に物理攻撃力たるSTRに振る物理職は、必殺技である武技を使わずとも、剣を振れば、槍で突けば、斧を薙げば、槌を振り下ろせば、矢を射れば、ダメージが出る。
かたや魔術はどうだろうか。
魔術士の基本的なステ振りは、魔術の威力に直結するINTが主となる。
その全てが武技と同じ必殺技である魔術は、近づかれればCT(魔術発動までの詠唱時間)のせいで反撃出来ず、よしんば発動出来てもスキル全てに設定されているRT(スキルの再使用可能時間)のせいで手数に劣るのだ。
それを補うために杖の物理攻撃で対応しようにも、ステをSTRに振っている物理職相手には基本競り負ける未来しか見えない。
「近づかれないことは大事だけど、そもそも攻撃出来ないと意味ないさね。通常攻撃出来ない魔術士にとって、手数を補うことは急務さね」
「なるほど…」
ここに来て初めて、弟子入りした…させられたことに意味を見出すのだった。
※済