73/火
今日も今日とて午後9時ログイン。
現実時間で1時間ほどの予定だが、それでも4時間インできるのだから素晴らしいな!
「おっ、サラ達帰ってきたのか。おかえり」
「昨日な。マジで面倒だったぜ…」
「仕方ありません。人種にしては長き時を生きるエルフでさえ、聖霊についての伝承はあまり残ってない筈ですから…」
「それにしてもあの担ぎ上げ方は不気味でしたわ」
「俺が精霊界を訪れたことで、なんかセントルムにあるダンジョンの封印?が緩んでるらしい。セレスティア殿下の国って隣だろ?やっぱり、ダンジョンとか聞くと不安になるから、少しでも縋るものが欲しいんじゃないかな」
思ったことを口にしてみる。
タイミングが良過ぎたし、救世主とでも思っている人達もいそうだ。セレスティア殿下はちょうどセントラリスに滞在しているわけだしな。
「別にわたし達は神様じゃないんだけどな〜」
「オイラは精霊神目指してるもんね!」
「精霊神?」
二度目の神登場。
「せ、精霊に伝わる御伽噺」
「火は凝結し風が吹き、風は液化し水が流れ、水は固化し土へと巡り、土は昇華し火へと廻る。光溢れ、闇満ちる表裏一体の理。総てを統べる精霊の王は、始まりのその地で神へと至る。という眉唾物の御伽噺です」
「そもそも精霊っていうのは、司る属性があるからね。総てを統べるっていうのはその在り方を否定するから無理なんだよ」
「精霊王から進化したら聖霊王だったわけだしよ」
「唯一、始まりの地がスピリタスだということだけが明確に伝わっている事実ですわね」
「それってセレスティア殿下が祝福されてるとかっていうのとは、別だよな?」
「とは別だね。今世界に精霊神はいないし、精霊神が本当に存在したかすら怪しいからね」
まあ、そんな存在すら疑われるレベルの神様が現代で祝福を与えてるってのは意味分からないか。
取り敢えず、会話も一区切りしたし、サラ達も帰ってきたことだし、今日やりたかったことをみんなに頼むとしよう。
と言っても昨日に引き続きキャッチボールと癇癪野球なんだけどな!
みっちり3時間の熟練度稼ぎを終え、後30分ほどでログアウトしようかというところ。
魔法は軒並みLV.10に上げられたし、他のスキルもちょいちょいレベルが上がってくれたし、成果としては上々だ。
スキルレベルの当初の目標はキャラレベルと同等までだったので、まだ半分にも満たないが、しかしもう一つの目標だった派生魔術は取得可能リストにも現れており、いつでも取得できる準備は整っている。
だが、今取得してしまうと使いたい欲に負けて当初の予定通りの時間でログアウトできなさそうなので、取得するのは明日以降にゆっくりとやることにしようと思う。
それに、キャッチボール中に思いついたことがあり、この思いつきをどうにか解消してしまわないと、夜も眠れなくなりそうで…。
というのは冗談だが、思いつきをそのまま放置しておくと、明日のテスト中に気になり過ぎて答えが頭から飛んでしまうかもしれないからな!
後顧の憂いは断っておかなければ!
「ちょっと思いついたことがあるんだけどさ、最後にそれ試してみてもいいか?」
「オイラは楽しいことならなんでもいいぞ!」
「必殺技でも思いついたか?やっぱりレンテも男だな!」
「必殺技というか…、勿体ぶっても仕方ないし言うけど、もしかしたら精霊神の正体というか、なり方が分かったかも」
木々のざわめきと小鳥の囀りだけが響く静寂。
「…レンテ、私達だって最初から信じていなかったわけではありません。あの短い文言の中で考えられるあらゆる可能性を試しては失敗してきたのです」
「山火事、大洪水、地震、大嵐、地上でも地下でも色々やりましたわ。一番酷かったのはテネブが森の半分を腐食させた時でしたわね」
「ル、ルクシアだって、湖のほとんどを蒸発させひっ!?な、何でもないです…」
強く生きろよテネブ…。
しかしまあ色々やってるんだな。
「そしてその副産物のひとつが、精霊結晶と精霊宮殿なんだけどね〜。一人一人で何とかするんじゃなくて、みんなで力を合わせてみよう!ってね」
「ですから…」
俺が想像していたよりもよっぽど酷い試行錯誤を繰り返してきたらしい。
そうか、精霊にとって精霊神になるということは、子供がヒーローに憧れるようなものだと思っていたが、違うのかもしれない。もっと根源的な、種としての帰巣本能のような…。
「ですから、もうこれ以上自然を荒らしてしまうと、我々でも修復が不可能に…。最後はいつでしたか、ああ、ルクシアとテネブが力任せに境界に穴を開けた時ですね。あの時は狭間の迷宮からモンスターが溢れ出してきて死属性であたり一面が荒野と成り果てたのですよ」
「ハハ、あれは酷かったよ。修復に100年くらい掛かったからね〜」
「暇過ぎるのがいけないんですわ!」
「だ、だからっていつもボクを巻き込まないでよ…」
帰巣本能のような暇を持て余して自然破壊を繰り返していたらしい…。
そして永遠を生きる精霊さん達の時間感覚で話が進むので、人間の俺では理解しがたい年月が飛び出してくる。
「えー、せっかくだし試してみればいいじゃん!今度は絶対上手く行くって!」
「まあたまには俺様達以外の意見も取り入れてみれば、違う可能性を閃くかもな」
「ですが分かっていますか?いつも後始末は私とディーネです。そこまで言うのなら、今回どれだけの被害が出ようとも後始末はサラとシルフの担当ですよ?」
「うげっ、いやぁ俺様は新しい風が吹けばなぁと思ったまでで…。別にそこまで」
「おう、やってやろうじゃんか!なあ、サラ!」
「…クッ、早まったぜ」
シルフのせいで、サラの印象がどんどん変わっていく。可哀想というか、不憫枠?
「試してみてもいいんじゃありませんの?サラの言葉ではありませんが、正直もうあたくしの中では思いつく限りやり尽くしてしまってますし、何か可能性があるのなら見せて欲しいくらいですわ」
「ボ、ボクも早く誰かが精霊神になってくれたらう、嬉しいなぁって…」
自分が精霊神になりたいじゃないところが、すごく切実な思いが宿っているように聞こえるんだが。
「おっし、4対2!試してみる方にけって〜い!」
「こういう場合だけ多数決は卑怯ですよシルフ!」
「まあまあ、ノーム落ち着いて、ね?それにわたしも、やってみてもいいと思うよ。提案者はレンテなんだから、そんなに酷い結末にはならないんじゃないかな」
「…そうですね、まずはレンテに話を聞いてから決めるべきですね。決めるのは話を聞き終わってからですが」
どうやら話が纏まったようだ。約一名納得がいっていない様子だが、話は聞いてくれるようなので良しとしよう。
「安心してくれ、森を焼き払うとかそんな事じゃないからさ。それでまず確認なんだけど、精霊宮殿って今誰が所有権を持ってるんだ?」
「精霊宮殿ですか?あれの所有権というか、源泉の支配権は私達6人で所有していますね」
源泉?まあ、今は余計なことは脇によけておこう。
「取り敢えずあとで返すからさ、一旦所有権を俺に貰えないか?」
「構いませんよ。というか、そのままレンテが所有していてください。私達は自分の部屋さえあればそれでいいので、好きにしてください」
「ああ、正直こっちと寝ぐらの二つを管理するの面倒なんだよなぁ」
何やら操作している様子のノーム。
あれ、NPCにもウィンドウが…って、ステータスとかも確認出来るわけだし今更か。
それにしても、流れるように話が俺の手元を離れていった感がそこはかとなく。
〈【源泉:精霊宮殿】の支配権の譲渡申請が届いています。受理しますか?〉
〈YES/NO〉
いや、これは俺にでも分かるぞ。いつものやつだ。ワールドアナウンスが流れてしまう系のあれだ。
だが、もしかしたら既出の情報の可能性もある!まずは慌てずヘルプの確認…おや?
「…すまん、少し待ってくれ」
「ええ、源泉取得の操作は初めてでは少し分かりづらいですからね。ゆっくりでいいですよ」
何か勘違いされているが、後回しだ。ヘルプで源泉を検索したら、まさかのヒット!
えっと、なになに…。
源泉というのは、龍脈という世界中に魔素を運ぶといった機能を果たす世界の自浄作用があり、その龍脈から魔素が溢れ出る場所を源泉というらしい。
源泉を支配することでその土地の所有権を得ることが出来るが、場合によっては他の勢力と争いになるかもしれないらしい。
源泉を支配する方法は…、ってそこまではいいか。
重要なのはこの操作でアナウンスが流れないことだけだ!
保留にしてた画面のYESを選択。
〈【源泉:精霊宮殿】の支配権を獲得しました〉
〈源泉の支配権獲得に伴い、周辺領域の所有権を獲得しました。領域の拡張が可能です、実行しますか?〉
〈YES/NO〉
いや、知らん操作出てきたが…?
これ取り敢えず保留に出来ないのかな、今は聖霊たちを待たせてしまってるんだよ。
〈操作を保留します〉
〈源泉管理の操作は領域内であれば、メニューからいつでも可能です〉
〈詳しくは源泉管理画面のヘルプからご確認ください〉
〈称号【精霊宮殿の管理者】を獲得しました〉
よく分からないことは後回しだ!
多分この称号は源泉の所有者になれば【〇〇の管理者】って称号が獲得できるのだろう。〇〇の部分は、そのフィールド名とか、建物名とかかな。
支配権持ってれば名前も変えられるっぽいし、もしかしたら称号の名前も変わるのかも。
効果は、支配している源泉領域内でのステータス補正とスキル熟練度補正。生産職が欲しがりそうな称号だ。領域内に拠点建てて生産すれば、熟練度ウハウハだな!
しかし、出鼻を挫かれまくったというか、もうすでにお腹いっぱいな気分だが、俺から言い出した手前、「今日は終わりまた明日やろう解散!」とは言えないよな…。
そんなに難しいことやるわけでもないし、パパッとやればまだ予定時間には間に合うか。
さっさと終わらせよう…。
「これで、ただ一人宮殿の所有権を得た俺は王と言えなくもないだろ?それで、俺が【精霊化】してーー」
最初の気持ちはどこへやら、現実逃避気味に思いつきの説明をするのだった。
数日間筆が進まなかった超難産だった話…
後から細部を手直しするかもですが、少し先まで書き上げているので、そんなに大きくは変わらないと思います。




