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60/土



「はぁ…。流石に説得は厳しかったか…」



昼飯を済ませて再度ログインしてきた。


スプラの説得に失敗したことを思い出して嘆息する。


そりゃそうだよな。何故目標に手が届きそうなのに、みすみすそれを手放すというのか。


自分でも最低な提案だということは理解していたが、気がつけば退路が無かったのだ。もう一縷の望みに縋るしかなかった俺の気持ちを考えてほしい。


取り敢えず、この消沈した気持ちが落ち着くまで王都をぶらぶらしてみるのもありだが、王城を抜け出してきたのには目的があった。


ちなみに王女殿下とスプラは、王国最高峰の職人とやらに面通しをしている。


そこに俺がいるのも何だかややこしいし、王都でしか出来ない用事を一つ思い出したので、手が空いた今のうちにやっておくことにしたのだ。



「魔術士協会…、魔術士協会は、っと」



脳筋王女曰く、この辺のはずなんだが。


うん?え、もしかしてコレか?


白を基調とした精緻な彫刻を施された建造物は、一言で表すならば“白亜の殿堂”という言葉がしっくりときた。


魔術士協会なんていうから、誰かしらが暴れたり実験で壊れてもいいように、もっと隔離された直しやすい建物だとばかり…。


取り敢えず入ってみよう。



「エンブレムは杖と本か。たしかマーリン爺が、魔術は学問と呼ぶ人さえいるとか言ってたから、魔術士を表すのには最適なエンブレムなのかもな」



そのマーリン爺がこの魔術士協会の協会長だというのだから、なおのことこの建物には違和感しか覚えない。


だって、あのジジイは研究費と引き換えに俺を売った過去を持つ。


こんな実験もしづらそうな建物に引き篭もっているなんて想像できないのだ。


足を踏み入れた魔術士協会の建物の中は、床一面大理石であり、贅を凝らされていた。


中にいる人々は魔法使いや、魔女と呼んで想像するような格好が多く、次いで多いのが学生のような統一感のある者たちだった。あとはプリムスの冒険者ギルドよりも高級感のある服装に身を包んだ受付嬢達だろうか。


対して自分の格好に目を向ければ、ザ・初心者装備。


場違いでしかなかった。


しかし、立ち止まっていても仕方がないので、受付に向けて歩を進める。



「あれ、レンテ?久しぶり、こんなところで偶然」


「うん?おお、レインか。久しぶりだな」



実に闘技大会で逃げ出して以来の再会だ。


つまり、気まずい。


一応おめでとうメールは送ったのだが、それとこれとは別だろう。



「遅くなったけど、直接言えてなかったからな。闘技大会優勝おめでとう。そして、直後に祝えなくてすまんかった」


「いい。もともと煩わしいのはわたしが肩代わりする、そういう約束だった。でも、ありがと」



微妙に小っ恥ずかしくなったので、話題を変える。



「ところで、レインは今日はどうしてここに?」


「今日はパーティメンバーが集まりそうにない、だからソロ専用のクエストを受けにきた」



ああ、ユズに聞いた記憶がある。


たしか、職業協会にも冒険者と同じようなランク制度があって、そのランクを上げることで様々なサービスが受けられるようになったりするらしい。


そして、そのランクを上げるには、その協会毎に用意されているソロ専用のクエストを熟すことで上がっていくのだとか。


冒険者ギルドのクエストとの違いは、護衛クエストなど一部のクエストが無い代わりに、お手伝いクエストのようなものが多いらしい。



「レンテは登録?良かったら案内しようか?」


「おう、手が空いたから登録しとこうと思ってな。でも、案内は有難いけど、いいのか?」


「闘技大会のお礼がまだ、こんなことでお礼になるとは思えないけど、少しでも返させて」



うーむ、お礼と言うなら、レインの言葉を借りると煩わしさを肩代わりしてくれているわけだから、それでいいのだが。


まあ、今日はその言葉に甘えさせてもらうか。



「じゃあ、よろしく頼む」


「うん!」



はにかむような笑顔が眩しいぜ!






そして、一通り案内してもらったあと、何故か通された協会長の執務室。


協会の施設で目を引いたのは、プリムスの図書館よりも立派な資料室や、魔石燃料魔力転換炉なる大規模な装置、他には魔術士用の装備各種も充実していた。


装備は目玉が飛び出すくらい高額なものばかりで、しばらくは手が届かないものばかりだったけどな。



「で、何で俺はここに呼ばれたんですか?」


「なに、ババアの弟子が訪ねてきたと蜂の巣をつついたように騒いでおったのでな。ババアの弟子なんぞ、殿下とレンテ坊以外知らぬからのう」


「じゃあ、騒ぎを収めるために?」


「ホッホッホ、儂がそんなことのために重い腰を上げるわけがなかろうて」



重い腰を上げるって表現は自分に対して使うものじゃないと思うのだが。


さすがに老練というか、ただ興味のないことにひたすらに物臭なだけとも言うが、他人からの評価を一切気にしていない強者の余裕のようなものを感じる。



「ババアに任されているとはいえ、弟子には違いないからの。たまには様子でも見ようと呼んだわけじゃ。その様子では、見習いの域は脱したようじゃしの」


「ちょっとイレギュラーがありまして」


「ホッホ、ドルクスの奴が愉快そうに酒飲み話にしておったわ。うちの下にどでかい穴を空けた小童がおる、とな」


「どでかい穴…?」



レベルだけは見習いから脱出しても、他が全然釣り合ってないんです。


それよりも、はて?ドルクスとは、ドルクスの断崖のドルクスだろうか?


あのフィールド名は実際に存在するNPCから付けられた名前だったのか。


顎に手を当てて何やら考え込んでいるレインは放置です。触らぬ神に何とやらだ。



「そのドルクスさんっていうのは、もしかしてプリムスの東にあるドルクスの断崖となにか関係があるんですか?」


「あの崖の頂上に住んでおるんじゃよ。ドワーフのくせに魔導に傾倒した変わり者でな、あの崖も彼奴が創り出した魔導の一つじゃ。じゃから、皆がドルクスの断崖と呼んでおるのよ」


「へぇ、あの上に人が住んでたんですね。騒音問題で訴えられるかな…」



いや、あんなフィールドのど真ん中に人が住んでいると思わないじゃないか…。


そんな風に切実に悩んでいると、レインが一言。



「それはおかしい」


「おかしい?何かおかしかったか?」



まあ確かに、騒音問題も何も、あそこはモンスターの出る危険地帯なのだから、戦闘の結果発生した音なら見逃して欲しいところだが、レインが言いたいのはそういうことではあるまい。



「魔力で生み出した魔術は、基本的に一定時間経過すると消失する。これは物理属性を必ず有する土魔術であっても変わらないルール。半永久的に物理的に残り続けるのは魔術のルールに反する」



おお、レインが饒舌に!?


いや、元から魔術に関しては割と口が滑らかになる傾向はあった気がしないこともない。


レインは魔術士プレイヤーのトップなのだから、このくらいの思い入れがないと、頂点に君臨し続けるのは難しいのかもな。


つまり、レインは全魔術プレイヤーの頂点に君臨する女王様なのだ!


………。


レインが女王様コスプレで、玉座にふんぞり返ってドヤ顔して足を組み替えたところで妄想を打ち切る。


危うく、妄想の世界に囚われるところだった…。


危ない危ない。



ともかく、レインの言わんとすることは何となく分かる。


俺も土魔術を使うが、初期から使えるアースウォールでも時間経過で綺麗さっぱりと消滅してしまう。


一応消滅するまでは、破壊されても瓦礫として残るが、消滅してしまえば瓦礫の一欠片さえ残らず綺麗さっぱりだ。



「よく学んでおるようじゃの、関心関心。そうじゃの、この爺が少し講釈を垂れようかの」



自分を卑下するような言い様だが、側から見ている俺の感想としては、孫と祖父だ。


孫がお爺ちゃんの趣味に興味を持ち、お爺ちゃんはつい嬉しくて構ってしまう。そんな一コマにしか見えない。



「魔術というのは、いわば基礎の基礎。産まれたばかりの赤子がおぎゃあおぎゃあと泣き喚くようなものじゃ」



備え付けのコップを手に取るマーリン爺。



「『クリエイトウォーター』、これが魔術じゃ。己が魔力を使って、想像を具現化する。0を1にする、基礎であり到達点だの」


そう言って、生み出した少量の水をコップの中に入れ、机の真ん中のみんなが見やすい位置に置く。


五分ほどしてコップの中の水がポリゴンになって消えた。


待つ間の五分間は、取り留めもない近況報告だったが、俺を売ったことに対しての文句は、柳に風とばかりに受け流されてしまった。ちくせう。



「…消えた」


「見ての通り、己の魔力だけで形作られた魔術は、総じて世界の異物であり、故に吸収され、消化されたのち、魔素として還元され、世界に満ちてゆく。これが世界の理、魔術のルールじゃな」



ふむ。また新しい魔素とかいう言葉が出てきたが、話の流れからして魔力の源、魔力を構成するなにか、そんなニュアンスだろうか。


ちなみに魔力は、プレイヤー目線でいえばMPなのだと思っている。


そんな説明をしながら空になったコップに、一緒に備え付けてあったピッチャーで水を注ぐ。



「この水は正真正銘ただの水じゃ。儂が魔術を使う前から備え付けられておったのが何より証拠になるじゃろ?」


「そうですね」


「ん」



先程、魔術の説明のために使ったクリエイトウォーターの水が時間経過で消失しているのだがら、それ以前から置いてあったピッチャーの中の水がもし魔術で生み出された水ならば、とっくに消失しているはずだ。


仮にクリエイトウォーター以外でピッチャーに水を貯める魔術があれば消失までの時間変わるかもしれないが、そこまで手の込んだことをする意味がないだろう。


そして、マーリン爺は立て掛けてあった杖を手に取り、コップに向かって翳すと、一瞬だけ水が輝いた。



「そしてこれが、己が魔力を世界へと侵食させ、法則を塗り替える、魔法じゃ」


「浮いた!?」


コップの中に収まっていた水が、ひとりでにフワフワと空中を漂い出した。


レインが驚くのも無理はない、自然物の操作なんて魔術では無理なことだ。


魔力という燃料は使っていても、無から有を創り出すのが魔術。0を1にして0に戻るのが魔術であり、1を2にすることは不可能なのだ。


つまり、例えるとするなら、水を創り出す魔術に対して、水に流れを与えて水流にするのが魔法というところだろうか。



常々気にはなっていたのだ。


魔術魔術という割には、魔法陣を構成する言語は魔法言語と呼ばれ、マーリン爺は魔導という言葉を多用する。


初めは、魔術のことを魔導と呼ぶ派閥みたいなものかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。



「魔術と魔法の違いは、魔法は生み出すのではなく、操ることに特化していることじゃな。少ない魔力で大きな変化を起こせる強味はあれど、元となるものがないと何も出来ない弱味も持ち合わせておる」



一長一短、どちらも使い方次第というところか。


海で火魔法は使えないし、火山で水魔法は使えない。しかし逆に火山で火魔法を使えば魔術よりも少ない魔力で大きな効果をもたらせるし、海で水魔法を使えばモーセごっこが出来るかもしれない。



「そして世界を侵食し操る魔法は、それは変わらず世界の一部であり、異物ではない。つまり、吸収もされなければ、消化もされぬ。端的に言えば、魔法で自然物を操作しても消えることはないということじゃな」


「つまり、それが消えないカラクリ?魔法を使えば異邦の旅人でも地形操作や、地形改変ができる…?」



最後は独白に近いようなレインの疑問だ。


だが、違う気がする。


しかし前々から疑問に思っていた俺と違って、今日一、二回聴いただけの単語から、答えを類推しろというのは酷な話だろう。



「いや、マーリン爺の言葉通りなら、いくら魔法が消えないといっても、新しく生み出すことは出来ない。元々あるものを操作しているだけだから」


「確かに」


「例えばドルクスの断崖と同じものを魔法で作ろうと思えば、地面を隆起させて崖を作ってるってことだから、その隆起させた分の土や岩が元々あった場所には…」


「大穴が空く?」


「多分な。でもあの周りにはそんな形跡はない」



最近までは…



「最近までは、の」


「茶化さないでくださいよ…」



俺だって同じこと思ったけどさ!


でも、それとこれとは関係ない。そもそも、あの崖全てを賄えるような大穴ではないしな!


それにドルクスの断崖は、プレイヤーがこの世界に降り立つよりずっと以前から存在していたはずだ。



「まあ、正解じゃ。魔術が基礎なら、魔法は発展、そしてその先に応用があるんじゃよ」


「魔導、ですか?」


「ホッホッホ。その先はまた魔法に昇華させることが出来てからじゃの」


「まあ、焦りすぎても仕方ないか」


「むぅ」



レインは納得がいっていないようだが、マーリン爺はこれ以上助言してくれる気はないらしい。


これ以上は自力で辿り着けということだろう。


自分の魔力だけで形作る魔術、自分の魔力を自然に馴染ませて操作する魔法。


自分の魔力だけしか内包しないから消失する魔術。


…魔法が消えないのは自分以外の魔力が存在するから?


そして自分以外の魔力については、マーリン爺がさっき口にしていたある単語。


魔素。


魔法が消失しないのは、術者の魔力と外界の魔素を両方内包しているからだろうか。



と、まあこれ以上はどうしようもないな。


魔素が何かの要因だろうことは分かるが、それをどうすれば魔術のように組み込めて、魔法のように自由自在に操作でき、消失せずに事象として残り続けるのか。


明らかに結びつけるためのピースが不足している。


魔導については、まだプレイヤーには早いということだろう。


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