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称号のことも話して、情報源として無価値になった俺は、一旦ログアウトすることにした。
三時間ぶっ通しでログインしてたからな。
俺の現実の身体はベッドの上で仰向けのリラックスした体勢とはいえ、適度な休憩も大事だろう。
と、いうことで一旦ログアウト!
意識が覚醒し、現実に引き戻される。
少し身体が硬くなっている程度で、頭痛や目眩がしたりということはないようで一安心し、少し喉が渇いていたので、キッチンへと向かう。
うちは二階建てのごく普通の一軒家で、俺の部屋は二階の一番奥。隣が妹の部屋だ。
次ログインしたらどうするか考えながら、階段につながる廊下を歩いていると、階段から誰かが上がってきたようだ。
誰かというか十中八九…。
「お兄ちゃん、どったの?」
「喉が渇いたからさ」
こいつは妹の柚子。
平凡顔の父に似た俺と違って、柚子はなかなかに美少女している。
普段は長い髪をポニテに纏めており活発な印象で、実際その通りでなかなかにすばしっこい。
それに思考が柔軟というかなんというか、人に気に入られるスピードは目を見張るものがあるんだよな。
このコミュ力は真似しようと思ってできる類のものじゃない。
話を戻すが、こう何年も一緒に暮らしてると、ある程度主語がなくてもわかるようになるものだ。
それに、こいつは今日俺がMLやってることを知ってるからな。
お互いに話が通じやすい状況でもあったし、柚子の疑問はだからこそのものだろう。
「面白い?今からインしようと思ってるんだけど」
「うーん…面白いってか凄いな。特にNPCには驚かされたよ」
「お兄ちゃんらしいね!」
それは褒め言葉なのか…?
実を言うとこいつもMLのβ組だったりする。
ゲーマーな妹様が正式サービス開始直後からインしてないのは、用事があったからで、昨日の夜は大層悔しがっていた。
一応、少しだけ助言するかな。
グレン…トモも知らなかったわけだし、柚子も知らない可能性は高いだろう。
「チュートリアルのNPCと話してみると少しお得かもだぞ」
「ふーん、ありがと!」
少し足早に部屋に入っていく柚子。
あからさまなネタバレみたいなのは嫌がるからな、あいつ。
このくらいなら許してくれるだろう。
そのあと、トイレと給水を済ませて再度ログインした。
ログインした場所は、グレンに連れられてきた隠れ家的な酒場アーテル。
「さて、何しよ」
順当に考えて、ステ振り・スキル選択だよな。
もう意地とプライドの勝負は終わったわけだし、出来るだけ早くそれらを終わらせるに越したことはない。
それにそれ以外となると、街の散策くらいしかやることがなくなるので、選択肢がそもそもないのだ。
フィールド探索も、ソロで初期ステの状態では早々に詰むに決まっている。
MLのNPCとの関係性の重要度を考えると、街の散策も悪くはないが、ステ振りはそれ以前の問題だと思うわけです。
「おやじぃ〜、サンドイッチとコーヒーぷりず」
「少し待ってろ」
ま、まさかあるのか?
NPCとの交流が念頭にあったから適当に話しかけてみたのだが、そんなものねぇよ!とでも言われる覚悟をしていたと言うのに。
サンドイッチも酒場に似合わないような気もするが、コーヒーなんて他のゲームじゃプレイヤーが血眼になって探すレベルだぞ?
どうせ一人しかいないので、カウンター席に移動することにした。
その方がオヤジにとっても楽だろうし。
「ほらよ」
「ズズッ。おぉ、本当にコーヒーだ…」
特に無類のコーヒー好きってわけでもないが、紅茶よりコーヒー派ではある。
「うん、シンプルだけど美味い!」
「……」
まあ、見た感じ無愛想だし、必要以上に喋る気はなさそうだ。
しかし、俺は知った、知っている!
このゲーム、NPCが割と重要な役割を担っているということを!
「おやじぃ、俺さ、今すっげぇ迷ってるんだけどさ」
「……」
「何かオススメのスキルとかない?スキルの種類って多すぎない?」
「……」
いや、そうだよな。
出会うNPC全てが有益な情報源だとは限らないか。
ちょっと町ぶらぶらしながらでも──。
「…そんなもの、自分がやりたいことによって変わるだろうが。まずは指針を決めろ」
「え、いや、そうだよね!」
おお、時間差攻撃とはやるな、オヤジ!
「俺、前衛よりも後衛の方がいいんだけどさ」
「物理か魔術か、それ以外にも中距離って選択肢もあるぞ」
「中距離っていうと槍とか?」
「ああ」
うーむ。指針と言ってもなかなかどうして…。
それでも、出来るだけ敵から離れて戦いたいとは思う。
スライムにボコされた手前、先に進むに連れてキツくなっていくのは目に見えているのだ。
「でもやっぱり、後衛かな。せっかくだし、魔術も使ってみたいかも」
「属性は」
属性。
魔術に限らず、物理攻撃にも付随してくるものだ。
どんなモンスターでも有利不利属性というものが設定されていて、有利な属性であれば与えるダメージは増えるし、不利な属性であれば与えるダメージは下がる。
この場合の属性は、初期で選べる火、水、土、風、闇、光、の六種類のことだな。
他にも物理属性と呼ばれるものもあるらしいけど、それはまた今度ということで。
「取り敢えず水かな?色々と便利そうだし」
「ふむ…」
魔法属性ごとに特性というものがある。
火は単純火力が高かったり、水は汎用性に富んでいたり、土は搦手が多く、風は隠密性が高い。闇は状態異常攻撃に優れており、光は魔法唯一の回復手段だ。
「見えたみたいだな」
言われてみれば…。
いつのまにか、大まかな方向性が決まっていた。
誰かと話しながらだと考えが纏まりやすいことがあるが、まさにそれだな!
「あとはそうだな…」
そんなことを呟きつつ、紙に何かを書いていく。
本日何度目の驚きか、その紙は羊皮紙などではなく、質は悪いが洋紙のようだ。
「ここに行け。今回はお代はまけといてやる」
「お代?」
「俺は情報屋だからな。次からは金をたんまり持ってやってきな」
そういって、今まで無愛想だった面をニヤリと不敵に歪める。
おお、かっこいい!
渡された紙に書かれていたのは地図。
と思った時には、地図は光となって消え、マップ上に黄色い光点が現れた。
ちょいとゲームっぽいところに目を白黒させたものの、それ以上は語るつもりのないオヤジに、サンドイッチとコーヒーの代金だけ払って酒場を後にした。
現代日本では見慣れない街並みで目を楽しませながら、オヤジに貰った地図が示す光点まであと少しというところまでやってきた。
プリムスの町は意外と広く、オヤジに指示された謎の場所は、酒場とは街の反対側に位置していた。
そこそこの時間を掛けやって来たのは住宅街。
その奥の奥、建物がまばらになってきたその先、草花に隠れるようにして建っている家が目的地のようだ。
「ここか」
バタンッ
な、なんだ?!
「クエェェエッ!!!」
「待ちな、このバカ鳥!!」
物凄い速度で駆けてくるダチョウ?いや、雛鳥か?と老婆。
老婆?!
いや、そんなことより、これどうすればいいんだ!?
「あんた、そいつを捕まえな!」
「いや、そんなこと言われても!?」
ダチョウと見紛った雛鳥は、体長二mはある。
こんな怪鳥を受け止めようものなら、貧弱ステの俺では吹っ飛ばされるのがオチだ!
「クエッ、クアッ、クエェェエッ!!!」
「なあっ!?」
正面に立つ俺を邪魔だと思ったのか、綺麗な三段跳びをかます怪鳥雛鳥。
その脚力はその体格をものともせず、俺の上を飛び越え──。
「いやおかしいだろぉ!!!」
その叫びは、飛び去る怪鳥雛鳥と共に、空に木霊した。
鳥足に引っ掛かる俺を連れて。
なんで、そのフォルムで飛べるんだよ…。
※済