58/水
駆け込み投稿…
1/13 0:50
一通り見直して改稿しました。
第二ラウンド、それは所謂ボスの発狂モードというやつだ。
ライラがこのボスウルフをテイムして判明したことなのだが、このファングウルフリーダーは【風の統率者】というスキルを所持しており、味方の全滅か、味方のデスから一定時間経過したのをトリガーに発狂モードになるスキルらしい。
まあメインの効果は【統率】スキルと同じ、パーティメンバーのステータス底上げ効果だったりの方で、サブ効果として発狂モードが付属しているだけなのだが。
やはりボスというのは特別なもので、ただのファングウルフリーダーであれば、このボスエリアを抜けた先であるグレディ平原で通常モンスターとしてわんさか出現する。
じゃあ何が違うのかといえば、このボスしか持ち得ないスキルでの発狂モードだろう。
味方の全滅はともかく、一定時間の経過は味方の一体目が倒された瞬間から秒読みを始める。
いつ発狂するのか分からないくらいなら、こっちでタイミングを合わせる方がまだ心構えも出来て安心だ。
「よし、そのまま倒してしまえ!」
「了解よ!」
四体目の処理を指示しつつ、再度リーダーに意識を向け準備する。
すると、シャドウソーンでダメージを負うことも厭わずに強引に抜け出したリーダーは尚も突撃を敢行してきた。
そして、それが起こったタイミングは最悪と言っても過言ではなかった。
ただ、朗報でもあるのは確か。
リーダーはファイアボールのトラップを踏み抜き、爆炎に包まれる。
一つ一つのダメージは致命傷にはなり得なくとも、チリツモだ。
HPが一割を下回ったリーダーは、【風の統率者】の発狂モードと共に、第二の発狂モード【強者の矜持】までもを発動させてしまった。
爆炎が晴れた先には、赤と緑のオーラを纏ったリーダーが立っており、その奥には拳を振り抜いたスプラとポリゴンとなって消える最後の取り巻きウルフ。
次の瞬間、駆け抜けるリーダーの速さは、先程までとは段違いであり、踏み抜いたトラップが発動する前に過ぎ去り、爆発を背に猛然と迫っていた。
「くっ、速い!?」
これは俺のステータスと動体視力じゃ躱しきれない!!
発狂モードに入ればこうなるとある程度予想していたゆえに準備していた手札の一つ、足元の任意発動型で『設置』していた魔術を起動する。
「『アースウォール』発動!」
壁系魔術の特徴として、地面から迫り上がるように出現するというのがある。正確には魔法陣からではあるが、そこは今はいいだろう。
つまり、足元でアースウォールを発動すれば、どうなるか。
答えは、迫り上がる土壁に乗って上へと緊急避難できる、だ。
しかし、パワーアップを果たした瀕死の狼は、そんなことお構いなしとばかりに土壁を引っ掻くという生易しいものではなく、剛風を纏った前脚で殴りつけ、打ち砕いた。
俺はなんとか、完全に壊される前に土壁を蹴って、リーダーの上を飛び越えてスプラの方へ。
駆け寄ってきたスプラと合流する。
「これはまずいな。俺じゃ、目で追うのもやっとだ」
「私でも攻撃を凌ぎ切れるかどうか…」
リーダーは敵が二人になったことを警戒しているのか、あれだけ猪突猛進していた足を止めて、こちらの様子を窺っている。
これ幸いにと、まずはスプラのエンチャントバフを更新していく。
「こうなった以上はプランBだ。スプラが何とか足止めしている隙に俺が削り切る」
「あまり長い時間は稼げないから、私が死ぬ前になんとかしてよね」
バフの更新が終わり、一歩前へ踏み出したスプラを見て、リーダーも動き出す。
今の位置は、リーダーがなりふり構わずトラップを発動させてきた通り道。
つまり、俺たちとリーダーの間には障害物もトラップもなく、最後はガチンコ勝負というわけだ。
本来なら、【風の統率者】と【強者の矜持】を順番に発動させて、目を慣らしつつ削り切る予定だった。
モンスターの名前やレベル、HPなど一部ステータスが見えるらしい【魔物鑑定】スキルでもあればまた違ったのだろうが、こうなった以上言っても仕方のないこと。
第一の発狂モード【風の統率者】の効果は、AGIの強化と身体に風属性を纏わせる。
風属性を纏っていることで、通常攻撃に風属性の追加攻撃が発生する上、敵の攻撃に対しても自動で風の反撃を行うらしい。
そして第二の発狂モード【強者の矜持】は、単純なステータス上昇。
ステータスの上昇なので、AGIへの補正は無いが、それでも一撃の威力が段違いなのは、土壁の残骸を見れば明らかだろう。
スプラもエンチャントでバフを盛っているとはいえ、今のリーダーの攻撃をモロに受ければ危うい。
だが、レベル差があるはずの発狂モードのボスの猛攻を、紙一重で躱しきっているのは流石としか言いようがないな。
何故か不敵に笑っているスプラには新たな一面を見せられているようで一抹の不安を覚えるが、表情が苦しそうに歪む瞬間があるのも事実。
さて、俺にもバフを掛け直しながら考える。
正直に言うと、あの高速戦闘の中でスプラに当てずに、ボスだけを狙い撃って削り切れるほどのPSが俺にあるかと問われれば、無いと即答する。
レインならあるいは…。と思わなくもないが、俺に無いものを今考えたところでどうしようもないので、思考から取り除く。
なので、選べる選択肢は二つ、いや正確には三つ。
シャドウソーンで何とか動きを封じるか、妖精達の助力を願うか。
そして妖精達に頼むのなら、スプラにさらにバフを盛って倒し切ってもらうのか、俺の最大火力たる妖精の輪付きの魔術で辺り一面消し飛ばしてしまうか。
いや、選択肢はないに等しいし、信用して背中を預けてくれているのだ。
ここは確実に行く!プランDだ!
「フェアリーズ!力を貸してくれ!」
「「「待ってました!」」」
「まずはスプラにバフ!そのあと俺にバフとリーダーにデバフ!空間妖精は俺の肩で待機!」
「「「あいあい!」」」
流石に今のリーダー相手にシャドウソーンで縛り付けるのは心許ないし、すぐに抜け出されるのがオチだ。
プランCたる、スプラ強化案だがエンチャントの割合強化という仕様上、ステータスが高ければ高いほど効果も高くなる性質がある。
今のスプラに妖精バフを盛ったところで、多少動きが良くなる程度で、リーダーを倒し切るまではいかないだろう。それは、リーダーにデバフが掛かってもだ。
「っ!?身体が動かしやすくなった?」
「スプラ!俺が合図したらこっちに退避してくれ!最大火力で消し飛ばす!」
「珍しく格好いいじゃないの!」
はっ、冗談言えるくらい余裕があるみたいだ。
一緒に消し飛ばしてしまうぞ、こんにゃろう!
流石に少なくなってきたMPを、MPポーションで補いつつ、妖精達が位置に着いたことを確認。
「いいぞ、やってくれ!」
「「「『妖精の輪!!』」」」
渦巻く七色の粒子。
それを見て焦った様子のリーダーが無理矢理にスプラを引き剥がし、こちらへ弾き飛ばした。
「きゃっ!?」
「きゃっ!?って、スプラも女子みたいな声出すんだな」
「こちとら産まれた時から歴とした女ですけど!あんたからぶっ飛ばしてもいいのよ!?」
つい余計なことを。
これ以上は後が怖いので口を噤む。
でもまあ、元気そうで何よりだ。
さあ、初めてのボスよ!我が最大火力、とくとその身に刻むがいい!
なお、前回のボス戦はお気持ち参加だった為、含まれないものとする。そもそもボスと戦ってないしな。
「喰らえ!殺意増し増し『ファイアボールMarkII』!!」
威力だけを極限まで極めた魔改造ファイアボールに、エンチャント、称号、妖精の輪、リフレクションまで乗せたフルコースだ!
下方修正でどれだけ倍率が下げられたのかしらないが、瀕死のボスくらい削れなくて何とする!
「フェアリーズ!スプラ含めてリフレクションで守ってくれ!」
「「「『妖精の輪!!』」」」
「『リフレクション』!!」
前回のスフィルロックの時と同様、視界は爆炎に覆われリーダーの様子は窺い知れない。
だが、下方修正されたように見えないこの紅蓮の中でまだ立ち上がるというのなら、それは正真正銘の化け物だ。
ゆっくりと時間をかけて晴れていく焔。
しかして、ボスたるファングウルフリーダーは…
毛皮を焦がし、覚束ない足取りながらも立っていた。
目を見開き、驚きの感情一色に包まれ、動かない俺を目掛けて、最期の一撃を駆けるファングウルフリーダー。
それはボスの意地か、お前だけは道連れにしてやると、その瞳が雄弁に物語っていた。
クソッ、ここに来てそんな確率引くのかよ!
ボスに限らずモンスターは、種族固有スキルの他に、ランダムで通常スキルをいくつか所持している。
ファングウルフに多いのは、【噛みつき】や、【爪撃】などが主だが、中には珍しいスキルを所持しているモンスターもいて、そういうモンスターはテイマーに重宝されるのだ。
そして今回のこのボスもそのうちの一体だったということで…
【根性】と【悪足掻き】。
【根性】の方はレインが闘技大会で自爆戦術として使っていたため記憶に新しいだろう。あの、自身のHP以上のダメージを受けた時、一度だけHP1で耐えるというスキルだ。
これこそが、この土壇場でリーダーが生き残っている原因であり、この状況の元凶だ。
そしてもう一つ。
向かってくるリーダーに纏わりつく赤黒いオーラ。あれは、プレイヤーなら誰も取得しようとはしない曰く付きのスキル【悪足掻き】。
絶体絶命の瀕死のとき、自分の命と引き換えに、ステータスの超向上と次の一撃を超絶強化するという、道連れ専用スキルだ。
蘇生手段の一つも見つかっていない現状、死が確定したスキルなんて使うプレイヤーは物好きだけだし、このスキルを使うには瀕死にならなければいけない。
つまり、【根性】で耐えて、【悪足掻き】で自滅特攻するというセットで運用しなければ、使いようがないゴミスキルなのだ。
それをこんな偶然があっていいのか!
俺を囲む妖精達を飛び越えて、牙を突き立てようとするリーダー。
自分のHPが1だということを理解しているのだろう。
お前以外に構っている暇はないとばかりに、その視線がとらえているのは俺だけだった。
何とか手に持つ杖を突き立てようとするが、果たして間に合うか。
杖を当てれば俺の勝ち、間に合わなければ俺の負けだ。
さらに何らかの武技まで発動させているであろう一撃は、貧弱な魔術士のHPくらい一撃で削り切る。
そして、引き伸ばされたように錯覚する時の中で、俺の視界は捉えた。
横っ面を殴られて、ポリゴンを撒き散らしながら吹き飛んでいくリーダーの姿を。
「最後の最後で油断しちゃダメでしょう、これで少しは遠征費負けてよね!」
〈【火魔術】LV.9に上昇しました〉
〈【水魔術】LV.8に上昇しました〉
〈【風魔術】LV.8に上昇しました〉
〈【土魔術】LV.8に上昇しました〉
〈【光魔術】LV.8に上昇しました〉
〈【闇魔術】LV.8に上昇しました〉
〈【真・樹魔術】LV.7に上昇しました〉
〈【魔法陣】LV.3に上昇しました〉
〈【MP自然回復】LV.3に上昇しました〉
〈【MP回復速度上昇】LV.6に上昇しました〉
〈【知力強化】LV.4に上昇しました〉
〈称号【一撃粉砕(魔)】を獲得しました〉
流石カッケェっすスプラさん…
あの時と同じような、最後は守られて終わる景色。
しかし、あの時とは違い恐れる気持ちは欠片もなく、安堵と疲労だけが身体を支配して、足から崩れ落ちるのだった。




