57/水
リーダーに雑木林の奥へお帰り願ったあと、取り巻きのファングウルフ四体が牙を剥き出しにして現れた。
どうやら取り囲まれているようで、ボスと取り巻きの分断という意味ではこの上なく最悪な配置をしていた。
軽く心の中で嘆息しつつも、戦闘を始めた手を止めることはない。
「配置は最悪だがやるしかない、スプラ!お香を!」
「了解よ!」
魔物除けのお香をこのボス戦で使う際には、一つだけ注意点があった。
それは、取り巻きが完全に姿を現してからお香を焚かなければならないことだ。
お香さえ焚いてしまえば極端に動きが鈍くなるらしいファングウルフだが、雑木林の中でダウンされると、お香の効果が切れたタイミングが掴めなくなる。
ボスを倒すのに手間取った結果、お香の効果が切れ雑木林の中の確認できない位置で取り巻き復活、ボス戦に夢中になっているところに奇襲、ゲームオーバー。ということも少なくないらしい。
なので、取り巻きが姿を見せてからお香を焚くことで、奇襲の可能性だけでも潰しておくことが大事なのだとか。
そして、取り巻き復活までにボスを削りきれないと少しでも感じたら、取り巻きの排除へシフト。この判断を誤れば、待っているのはプリムスへの強制帰還だろう。
「っ!?リーダーが戻ってきたわ!」
「遠路はるばるご苦労様!『ファイアウォール』!」
リーダーが復帰してくるのを警戒していた俺は、スプラの報告と同時に、リーダーの進行方向の目と鼻の先に、詠唱を完了させていた火の壁を設置する。
詠唱を完了してから放つまでの時間をギリギリまで引き延ばす“詠唱待機”という、スキルや武技ではないPSに属する技術だが、魔術士の間では一般的らしいこの技術を掲示板で見かけて昨日練習しておいてよかった。
今までも照準が合わない時などに無意識にやっていたことなんだろうが、いざ意図的に使おうとすると、発動までの制限時間を把握出来てないので、制限時間を過ぎてしまう事態が頻発した。
これも掲示板情報になるが、有志の検証の結果、詠唱待機の制限時間はsLV×5秒というのが分かっている。
掲示板の情報は信用していいものばかりではないんだろうが、普段ソロで活動していると一般的な技術でさえ知らないこともあるので、暇な時に掲示板を覗くくらいはしていいかも、と認識を改めた次第だ。
ともかく、ボスは火だるまになって転げ回り何とか火を消そうとしている。取り巻きは立っているのがやっとといったところだが、凶暴な相貌を隠そうともしてないので戦意は衰えてないのだろう。
「よし、作戦の通り俺はリーダー、スプラは取り巻きを各個撃破だ!もし俺がリーダーを倒す前に取り巻きを倒しきれそうなら四体目を倒す前に声を掛けてくれ!」
「ええ!油断してオオカミの晩ごはんにならないでよね!」
少し予定は狂ったが、プランAをそのまま続行することにしよう。
こんな状況でも冗談で笑い合えるのだから、やっぱりコミュニケーションは大切だ。
たったの十数分、あの少しの語らいでこうも変わるものかと自分でも驚いている。
昨日俺が口を滑らせなければ、もう少しお淑やかだった可能性を考えれば、失敗の二文字が頭を過らなくもないが、あまりしおらしくされるとこっちも調子が狂うので、良かったと思うことにしよう。
具体的には翌日まで、なんなら学校で直接顔を合わせた時でさえ、感傷的になっていたスプラに、つい口走ってしまったのだ。
「らしくないな」と。
それからはもう、いつも通りのスプラに戻ったわけだが、なんともな裏事情を聞かされて驚いた。
スプラがあの時から今日まで、友達と遊ぶのも最小限に、学業に習い事と忙しなくしていたのは、“多少喧嘩に強いだけの幼馴染”というイメージを払拭したかったかららしい。
「私だって頑張って今の自分を作り上げているのよ!それを…、それをらしくないとは何よ!」
と言われ、張り手で頬を打たれたが、まあ仕方ない。
つまり昨日のスプラは、グレンや他の不特定多数の前で見せる外出用スプラだったのだ。
凶暴な顔のファングウルフを途切れない連撃で殴り飛ばすスプラを見て思う。
喧嘩が強い優等生の女委員長がいてもいいじゃない。仲間ならばこんなに頼もしいことはない。
まあ、未来のグレンには同情するが、俺には関係のないことだ。
「さあ、お前は襲ってこないのか犬っころ。早くしないと手下は全滅だぞ?」
「グルルルルルルルルル…」
MLというゲームは、たとえモンスターといえども頭は悪くない。
前に進めるだけ進んで木にぶつかっても進み続けるなんてことは勿論無いが、そういう旧時代のバグみたいな話をしているのではなく、一方的に攻撃されれば警戒して様子を見るし、リスクとリターンを天秤に掛けて奇襲だってする。
それが野生の本能か、人間のような思考回路ゆえなのかは別として、モンスターも考えるのだ。
つまり、人の言葉は理解できずとも、多少の挑発なら伝わる。
「ボスのくせに臆病風に吹かれてちゃ世話ないな!」
「ガルルッ!」
「おおっと!甘いぜ、『アースウォール』!」
煽られていることだけは伝わったのだろう、怒りに任せた強襲を土の壁で遮る。
そのまま壁を食い破ろうと突進してくるが、伊達に魔術特化のステータスをしているわけではない。
序盤のボス狼如きの突進一発で壊れるほど柔じゃないのだ。
土壁を壊すのに失敗したリーダーは、次は回り込もうとしてくるだろう。
右か、左か、上か。まさか下ということはあるまい。
お互いに敵を視界に入れてないが、お香で多少鼻が鈍っているとはいえ、狼の嗅覚がある以上、敵位置の把握では相手が上手だろう。
が、そんなことは百も承知。
どこから襲ってくるかなど確認せずに、後ろに地を蹴って距離を取りつつ、地面にも空中にも、ありとあらゆるところに武技『設置』でトラップをばら撒いていく。
「魔術士の心得・その一!近寄ってくるんじゃねぇ、ハゲ!」
【魔法陣】スキルの武技『設置』は、今のところ隠蔽出来ずに視認できる為トラップには使いづらい、というのが闘技大会を荒らしまくったスキルに対してのプレイヤー達の認識だ。
先にも述べた通り、モンスターだって頭は悪くない。ボスだというのなら尚のことだ。
だが、だからこそ使い道も出てくるというものだ。
明らかにそこにある地雷原。
考える頭があるのなら誰が敢えて踏み抜きたがるというのか。
実際はMPの関係上、消費の少ないボール系ばかりを仕込んだ致命傷にはなり得ない魔術ばかりだが、そんなことは普通のプレイヤーでも見抜けないことだ。
魔法言語に精通し、魔法陣の内容からどの魔術か判断できるプレイヤーかNPCならともかく、頭の回るそこらのモンスター如きにはくだせない判断。
びくびく怯えてろ!その間に削り飛ばしてやる!
「なっ!?度胸あるぜ、こんちくしょう!」
トラップなんぞ知ったことかと、なりふり構わず猛進してくるリーダー。
一個、二個と踏み抜きダメージを負うが、流石に初期魔術たるボール系。
警戒していたのが馬鹿らしいとでも思っていそうなほどに、トラップを発動させる度に速度が上がっているように錯覚する。
だが。
「踏み抜くトラップは選べよ、犬っころ!選べたらの話だけどなぁ!『リーフカッター』!!」
何の対策もしていないわけがないだろう、バカめ!
今し方、リーダーが踏み抜いた魔法陣は黒色。つまり、闇魔術だ。
闇魔術LV.6で覚えた『シャドウソーン』は相手を縛りつけ、もがけばもがくほどにイバラが食い込みダメージを負う。
前に師匠に喰らったことがあるが、この魔術は発動後抜け出そうとさえしなければダメージはない。
しかし、今は戦闘中。是が非でも抜け出そうとするし、ある程度の力があれば抜け出せるのだろうが、その足を止めた一瞬が命取りだ。
リーダーが『シャドウソーン』を踏み抜いた瞬間に発動した『リーフカッター』は樹魔術LV.5の魔術で、無数の鋭い葉で切り刻む。
ブランチニードルと比べ一発一発のダメージは小さいが、手数は段違いであり、総火力もこちらの方が上だ。
思った以上に上手くいっていることに内心ほくそ笑んでいると、スプラが声を上げる。
「四体目もうすぐ終わるわ!」
ちっ、やっぱり間に合わなかったか。
仕方ない、第二ラウンド突入だ!
新年早々風邪引いた…orz
皆様も空気の乾燥にはお気をつけください〜




