48/土
脇道に逸れてからかなり歩いた。
それまでの道程の軽く三倍は歩いたので、もうかなり奥地まで来ているのは確かだが、未だにモンスターと一匹たりとも出くわしてないのはこの結界の効果によるものなのだろう。
本道を進んでいたときは薬草採取などで暇な手を紛らわせていたが、情報屋のオヤジ曰く、この隠された道は一度結界外に出てしまうと道を見失うらしいので、採取も許されずただひたすらに前へと進んでいた。
そして辿り着いた目的地。
次があるなら絶対足を用意して来るべきだな。
「くぅぁぁああ、着いたーーーっ!!」
突然切り替わるように開かれた景色に、驚きよりも心地いい疲労感と、退屈の終わりから来る開放感が勝った。
直前までは未だ道が続いているようにしか見えなかった鬱蒼とした森が続くだけの景色が、黒の魔石まで組み込まれた結界石を超えたところで一変、時を感じさせる石の鳥居の先に神秘的な湖が鎮座していた。
「ようこそ、招かれざる者よ。いかな御用向きで参られた?」
「ん?ええと…」
一言で表すなら神主か。
威厳という意味ではこの短いMLライフでNo.1は宰相閣下だったが、今この時を持って更新されたくらいには圧倒的威厳を感じる厳しい表情のおじ様だ。
いかな御用向き………、そうだな。
「…慰安旅行、ですかね」
日帰りお一人様ハイキングツアーな上に、労う苦は未来から先取りしているが、気持ちは慰安旅行だ。
情報屋のオヤジからこの場所の詳細な情報を聞いていた訳じゃないが、“大自然に囲まれていて神秘的な場所!”と伝えたらここに行けと言われたのだが、想像の何倍も神秘的で、最初冷静だった自分を疑うくらいには段々と圧倒されている。
透き通る青の湖はそれだけで目を奪われるが、朽ちた木々が乱立する様はどこか背徳的ですらある。繁茂する苔を啄む小さな生き物達は、神秘の中に活性を感じるという相反するようで静かに調和しており、薄らと掛かる霧も厳かな情景に一役買っていた。
控えめに言って最高である。
オヤジはやっぱ分かってるなぁ、俺の求めていたものを二つも三つも越えて来るんだから。
「ふっ、言うに事欠いて慰安旅行か。いつの時代も逸脱者とは面白き者どもよ」
「あ、いえ、少し人の居ない自然に囲まれて落ち着けたらなぁ、と思いまして」
「よい、怒っているわけではない。日帰りおひとり様ハイキングツアーなのだろう?ゆっくりしていくがいい」
つい目を見開いてしまったが、驚くほどでもないのかも?
ほらだって、師匠はどこにいたって俺の居場所を把握して来るし、マーリン爺は全てを見通すらしいし。
今更心の声を読まれたくらいで驚くのは…いや、十分有り得ないか。
「それで、慰安旅行とは言うが、ここは数ある聖域の一つ。あまり周囲を荒らすのは勘弁願いたいのだが」
「聖域ですか?」
「知らずに訪れたのか」
「あー、プリムスにある酒場のオヤジが教えてくれて」
「…そうか、あの小僧が。どうやら人の営みに馴染めておるようだな」
うーむ?もしや酒場のオヤジって人間じゃない?
って、いつまでも酒場のオヤジじゃ言いづらいな。今度名前聞かないと。
「聖域とは、神霊、精霊、神獣、聖獣、様々あるが、神聖なる存在が住まう場所、それを総称して聖域と呼称する。セントルムには護国獣たるかの蛇がおるだろう、人の国には珍しいが、セントラリスも聖域の一つであろうな」
「じゃあここにも?」
「ああ、いるとも。探してみるといい、おぬしなら友誼を結びたがる子供達もいよう」
友誼を結ぶというのは、テイマーみたいなことなのだろうか。
明らかにその辺のモンスターより強そうな響きの存在だし、聖域ってのはテイマー強化イベント用の場所なのだろうか。
素直に聞くか。
「それはテイマー以外でも結べるのですか」
「ふむ。たしかにテイムと似てはおるが、似て非なるものだな。少し長くなる、歩きながら話そうか」
頷いて後を着いていく。
神秘的な湖畔を歩く、気分は森林浴だ。
清涼な空気を肺に送り込むだけで癒されるようで、もう目的は達成したと言っても過言ではないな!
まあ、気になるし話は聞くんだけどね。
「テイムというのは、魔物を屈服、餌付けなどで調教して従わせるのが一般的だが、どのような手法を用いようとその関係性は主人と従者、上下関係のもと成り立つのがテイムというものだ」
ほう、あまりテイマー系のスキルに詳しくないが、テイムは餌付けでも成立することがあるのか。
そういえば前にライラが炎ぞうの好物が何とかと話していた気がするし、そうおかしいことでもないのかもな。
「対照的に、代表的な例を挙げるとエルフと精霊の関係が有名だが、友誼と契約で結ばれるその関係性は、どこまで行っても対等であり、無下な怠惰を重ねればいずれ宿主のもとを去ってしまうし、小さな価値観の違いで離れることもある」
仲違いはともかく、何だその方向性の違いで解散するバンドマンみたいなやつ…
「従者と友達みたいな感覚ですかね」
「端的にいえばそうなるな」
「その契約っていうのは?」
「様々だ。毎日たらふく食わせろというのもおれば、休むことなく戦いたいという者もおる。お互いに納得した条件で神の名の下に契約し、宿主は対価を、神聖なるものどもは力を貸す。しかし前提にあるのは友誼、そう理不尽な契約内容はなかなか見ないがな」
「力を貸してもらうための約束みたいなものか」
「その認識で間違いはないが、契約は聖域と交わすものだ。神霊や神獣の類は力が弱まる程度だが、精霊は外界では長く活動できない。だから、契約者が聖域の力を一部取り込み借り受けることで宿主となって、聖域は力の一部を貸す代わりに、自らの子が望んだことを条件とするのだ」
難しい、難しいが何となく理解はできた。
つまり、精霊たちは聖域の外では生きていけないから、契約した人間が宿主、聖域の代わりに自らに住まわせることと、他にいくつかを条件に力を貸してくれるのだろう。
そしてその条件はお互いに友達同士だから、厳しい内容のものは少ない、と。
「そしてもう一つ、テイムとの大きな違いはパーティの制限に縛られないことだ」
えっ!?それってかなり重要なファクターなのでは!?
パーティ制限六人の他に戦力を増やせるってことだよな?
これ今までで一番の爆弾なのでは…
「ほかにも小さな違いはあれど、大きな違いはこの程度であろうな」
「なるほど、丁寧にありがとうございました」
「よい、ここに棲む子らが良い友誼を結べることは何よりも喜ばしいことだからな」
と、見計らったように少し物寂しげな御社殿に辿り着いた。
少し風化した建物がそう思わせるのか、しっくりくる言葉は…“忘れ去られた神社”だろうか。
「友誼を結ぶ相手を探すも、慰安旅行の続きをするもよかろう。私はここにおる、何かあれば尋ねて来るがよかろう」
「はい、何かあればまた」
「私はシルウァヌス、おぬしの名を聞いてもよいか」
「レンテです」
「そうか、レンテか。では、ゆっくりしていくとよい」
そう言ってシルウァヌスさんは御社殿へ去っていった。
シルウァヌス、ローマ神話における森を守護する精霊だ。明らかに日本的な御社殿とミスマッチな名前。
あの御社殿は何を奉っているんだろうな…
そんなことを頭の隅に、もう少しだけ森林浴を楽しむことにした。




