45/火
午後七時、ログイン。
いつもより少し早めにログインできたのは、今日出された課題が少なめだったおかげだ。
せっかく早めにログインできたので少しの時間も無駄にしないように、スフィルロックに逢いに来たわけだが…。
「あれ、ゆっくりまったりはどこに…」
ここ最近毎日欠かさずにこの荒涼とした崖に足を運んでいるわけだが、そこで恋人のように毎夜語り合う(魔術)のは生き物にすら思えない岩型のモンスターだ。
なにか切羽詰まったように一心不乱に魔術のスキルレベル上げをしているのだが、この胸に去来する気持ちはいったい…。
「パーティか」
夕飯の席でユズは楽しそうに今日のMLでの予定を語っていた。
なにやら、闘技大会後に入ったアプデでレベルキャップが解放されたとか。
それに加えて、職業システムなるものが解放されて、今までは漠然とした概念だった職業が、ゲームシステムで認められるようになったらしい。
アプデ情報くらい公式見ろ、と呆れられたが、アプデが入ったことすら知らなかった罠よ。
ともかく、色々解放されたことでプレイヤーが出来ることが広がって、それに伴い行動範囲も広がりそう、というか、実際にセントルム王国以外の国の情報がアプデ以降チラホラ聞こえてくるようになったらしい。
今週の土日でユズのパーティも本格的に活動範囲を広げる予定だそうだ。
「土日ねぇ。土曜はともかく、今から憂鬱だな」
何より憂鬱なのは、ゲーム初心者を最前線でも戦えるようにする無茶振りよりも、若葉の相手を一人でしないといけないという地獄。
グレンが絡むと途端に若葉は生き急ぐからな…
今はそんなことばかり考えてもしょうがないか。
let'sエンジョイの精神を忘れるべからず、今出来ることをコツコツやっていこう。
さて、昨日一昨日とスキルレベリングの成果だが、取得した状態で放置されていた各種魔術スキルは、LV.1だったこともあり、軒並みLV.6まで上げることが出来ていた。
二日間、しかも一日は夜だけという短時間で、この成果が良いのか悪いのか。
ともかく、基本属性魔術は各LV.3とLV.6で新しい魔術を覚えており、魔術の取得数が二十種を超えたことで条件を満たした【魔法陣】スキルの武技『設置』も習得した。
ちなみに派生属性魔術は基本属性魔術とはタイミングが違うのか、新しい魔術を覚えたのは今のところLV.5での一回だけだ。
LV.3で覚えた魔術は『エンチャント・〇〇』シリーズで、火魔術の場合だと『エンチャント・ファイア』になる。
それぞれ属性に合わせたステータスを補正してくれる効果を持ち、火はSTR、水はDEX、土はVIT、風はAGI、光はMND、闇はINTだ。
AGIは今のところ装備か、スキルで上げるしかないので、魔術で補完できるようになったのはありがたい。
それにエンチャント系ならば街中でも掛けておけばレベリングできるので、昨日今日とここに来るまでもコツコツレベリングの一助になっている魔術群だ。
LV.6で覚えたのは、四大属性たる火水風土では『クリエイト・〇〇』、光は待望の回復魔法『ヒール』で、闇は前に師匠が使っていた影のイバラ『シャドウソーン』だった。
樹はLV.5で、複数の葉で切り刻む『リーフカッター』を覚えた。
クリエイト系は小さな火を出したり、コップ一杯ほどの水を出したり、拳ほどの石を生成したり、微風を吹かせたり。
正直あまり使いどころの無さそうな魔術だが、この魔術の恐ろしいところは、【魔法陣】スキルで魔改造した場合のMP保有量の限界が無いところだ。
他の魔術と違って操作性を向上させたり、形を変えたり出来ない代わりに、ただただ作り出させる現象が大きく大きくなっていくだけのそれは、単純に恐ろしい。
ただフレンドリーファイアのあるこのゲームでは、使い所に困るという点では変わらないのだが。
魔法陣と組み合わせることで真価を発揮する魔術というのは面白いよな。
「まあでも、当初の目的も果たしたし、そろそろ別のことやってもいい頃合いかな」
当初の目的たるある程度の魔術スキルのレベル上げと、『設置』の取得はクリアした。
コツコツとレベリングも嫌いではないし、若葉と合流するまで続けることになんら苦は感じないが、日曜日までに終わらせておきたい、若しくはやり残している事が多々あるのだ。
自由に一日使える土曜日は、若葉をサポートするという意味でもプレイヤーレベルを上げておきたいし、日曜日以降はそれこそ、いつ自由になるか分からない。
なので、まず早急に終わらせるべきは脳筋王女への対応だ。
別に後回しにしても問題ない気もするが、脳筋王女関連は毎回後手に回らされるのが現状だ。
自ら後回しにして未然に防げたはずのナニカに後から後悔するよりも、出来るときに解消していた方が精神的に安全というものだ。
そして忘れていたわけではないがもう一つ。
始まりの村への恩返し、というか村長親子への恩返しだ。
MLではNPCはなかなかに重要な要素だ。
蔑ろにするのは論外だし、口約束程度のものであっても不履行にするには少し不安要素が大きい。
それに何より、今では珍しくない鉄の剣も、サービス開始当初は珍しいどころか、一点物と言っても過言ではない値打ちものだったのだ。
もし何も問題がなくても、個人的には恩返しをしておきたいというのが本音だったりする。
「脳筋王女の方はマーリン爺によると明々後日の夜なら、って話だったから、そうだな…」
よし、金曜日までの予定は決まった。
明日の水曜日は生産しよう。
恩返しと言っても、今の俺に出来ることは少ない。
始まりの村はスライム一匹に村総出で追っ払うと言っていたからな。
スクロールを量産して渡しておけば、多少なりとも恩返しにはなってくれるはず。
明後日は、そのスクロールを渡しに行こう。
そして明々後日が王城にて脳筋王女に笑顔をお届けだ。
よし、やることさえ決まれば、あとは身体を動かすだけ。
「フハハハハ!悩みから解放された俺の必殺受けてみよ!複合付与魔術『マジカルエンチャント』か〜ら〜の〜!複合破壊魔術『エクスプロージョン』×5!」
光と闇のエンチャント魔術の複合魔術『マジカルエンチャント』は、INTとMNDを上昇させる魔術。
今更かもしれないが、複合魔術とは、【魔法陣】の武技『設置』を重ねて発動することを条件に発動する、魔術と魔術を融合した新たな魔術のことだ。
閑話休題、この『マジカルエンチャント』の良いところは、基となる『エンチャント・ライト』『エンチャント・ダーク』と重ね掛け可能というところだ。
二重付与でステータスは鰻登りだ!いや、実際はそこそこ止まりなのだが。
そして複合魔術『エクスプロージョン』。
レインが最終戦で披露したアレの5連装バージョン。
MPと時間さえ用意できるならいくらでも設置可能という、武技『設置』の利点を遺憾なく発揮して、四方左右と下の、蓋の空いた箱のように設置された黒い魔法陣。
四方左右の四つは若干斜め上に向いており、爆発の指向性を少しでも上空に向けるように悪あがきしてみた。
では、皆さんご唱和ください。
せーの!
ドガァァァァァァアアアン!!!!!!!!
「た〜まや〜!」
打ち上げられたスフィルロックは、地面と衝突しポリゴンになって消えていく。
砂埃とポリゴンの共演はお世辞にも綺麗とは言えないので、せめて上空で散ってくれたらと思ってしまう。
少し浮かせることが出来たら程度に思っていたのに、想定以上の威力に呆気に取られていると、システムメッセージ。
〈LV.11に上昇しました〉
〈【火魔術】LV.7に上昇しました〉
〈【水魔術】LV.7に上昇しました〉
〈【土魔術】LV.7に上昇しました〉
〈【風魔術】LV.7に上昇しました〉
〈【光魔術】LV.7に上昇しました〉
〈【闇魔術】LV.7に上昇しました〉
〈【魔法陣】LV.2に上昇しました〉
〈称号【地形を利用する者】を獲得しました〉
〈称号【大物喰らい】を獲得しました〉
何という棚ぼた…




