44/月
ゴールデンウィーク明けの月曜日。
休み明けとはいつでも憂鬱なもので、長期休暇ともなると尚のこと気持ちが弛れてしまうのも仕方のないことだと思う。
昨日はあれから、ひたすらにスフィルロックとイチャイチャしつつ、夕食でログアウトした時は柚子のご機嫌取りに苦慮したものだが、それ以外は概ね平和に事なきを得た。
柚子に言われてログイン後に確認したフレンドメールの量に目を背けたくなったが…
俺もフレンド増えたよなぁ。
「で、お前結局テューラ様とどういう関係なんだよ」
「はぁ…、片想い相手の異性関係問い詰めるみたいに言うな」
脳筋王女め、アンチクショウのせいで俺は掲示板ではレインと並び話題の人状態だ。
良い意味でも悪い意味でも…
「レインが色々と情報開示したから収ま…ってはないな。まあ悪い方にはいってないけどさ、テューラ様にはファンが多いからなぁ」
「あんな脳筋王女のどこが良いんだか」
いや、見てくれが良いことは事実だが…
そうか、そもそも現時点で脳筋王女が脳筋たる要素がプレイヤーに露出してないのが問題なのか。
騎士の訓練に嬉々として混ざるお姫様がどこにいるっていうんだよ。
世の中には姫騎士なんて言葉もあるが、あのお姫様は魔術師型だ。
あんな嬉しそうな顔して、騎士が振るう剣を至近距離で魔術でパリィなんて狂気の沙汰じゃない。
「って、そんなこと聞いてくるってことはトモも脳筋王女のファンなのか?」
「そういうわけではないけど…」
「あれはやめといた方がいいと思うけどな、まあ他人の好みにとやかく言うつもりはないけどさ」
俺は魔術士であって、騎士の訓練を受けたいわけじゃないのだ。
魔術の話で盛り上がってるところに、“では、魔術を十全に使うためには…”と好きな武術の指南書談義に花を咲かせようとする思考は理解できない。
何故か前衛魔術士という意味の分からないビルドを屈託のない笑みで勧めてくるお姫様は恐怖でしかない。
魔法剣士ではなく、前衛魔術士なところが頭のネジが二、三本どこかに出掛けていると思うのだ。
いや、色々並べてはみたが、何より嫌なのは…
「全てを理解した上で人の話を聞かない愉快犯的思考、王女でさえなければ、もう少しこう…」
「タケ、誰の話してんの?」
何も言うまい、彼は理想と現実のギャップで混乱して、思考を逃避させたいらしい。
王女でなければ、マーリン爺の弟子でなければ。
あの自由奔放さを押し留める枷が何一つとしてないのが一番の問題だな。
「よーし、ホームルームを始めるぞー」
昼休み。
トモはどうやら弁当を持ってき忘れたらしく、チャイムと共に食堂へ走り去ってしまった。
珍しく一人の昼食だが、たまには静かな食事も良いものだろう。
「ねえ、友則は?」
「弁当忘れて食堂」
「そう」
また面倒な…
この絵に描いた委員長のような、ボブカットに眼鏡の優等生は、安達若葉だ。
端的に言えばトモの幼馴染で、幼稚園から仲良しなんだと何度謎の牽制をされたことか。
目の前の席に陣取ろうとしている若葉に嫌な予感を覚える。
トモがいない時に絡んでくるコイツは面倒事の臭いしかしないのだ。
「んだよ、食堂行けばいいじゃん」
「今日は健に用事があって来たのよ、友則がいないならちょうどいいわ」
何がちょうどいいのか、不穏である。
「最近友則があたしに構ってくれないの、やれマグなんちゃらが、やれフレンドが、やれイベントが」
「あ、うん」
これはあれだ。
相当鬱憤が溜まってらっしゃる。
普段はツンが強くデレるそぶりさえ見せない性格で“構ってくれない”なんて恥ずかしいことを人前で言わないが、不満を溜めに溜め込んだコイツは素直に不平不満をぶち撒ける。
まあ、トモ以外と注釈がつくが。
トモに素直に言えばいいものを、何故俺のところに持ってくるのか…
「同じゲームやってるんでしょ?パパに取り寄せてもらったから、あたしもやるわ」
「いや、それこそトモに」
「それだと友則の足を引っ張るでしょ。あたしは友則と一緒に楽しみたいのよ、友則の手を煩わせるなんて本末転倒じゃない」
うへぇ。
俺の手は煩わせていいのかよ、おい。
「いやーー」
「いやだ、なんて言わないわよね?チラリズム君?」
「ぐふっ」
クソッタレ!過去の自分を殴りたい!
せっかく高校に上がって、俺の性癖を知る者は減ったのだ。
いや、別に遠い高校に進学したわけでもないから、いるにはいるが、わざわざ吹聴して回るような奴はいない…はず。
録音音声なんて卑怯だろ!
「…わかった、何をすればいい」
「最初からそう言えばいいのよ」
くっそ、ヘタレ優等生のくせに!
「あたしが友則と一緒に戦えるくらいの強さまで手助けしてくれればそれでいいわ」
「アイツまあまあ最前線突き進んでるんだけど…」
「まあ、あたしの友則だもの、と、当然ね!」
恥ずかしいなら言わなければいいのに。
「と、ともかく、回線がなんとかで工事が終わるのは今週末らしいから、日曜日は予定空けておきなさい!」
「はぁ…わかったよ」
俺自身が最前線組とは程遠いってのに、トモと同じレベルなんて無理だっての。
大体、若葉ってゲームあまりやった事なかったよな…
まあいいや、面倒になったらトモに押しつければ。
もともとアイツが運んできた厄介事なんだし、遠慮する必要もないしな。
「あっ」
「そんな間抜けな顔してどした?若葉来てたみたいだけど、何の用事?」
「トモか、早かったな。さあ?トモがいないって聞いて帰ってったけど」
このタイミングで口を滑らせたらどうなることか。
それよりも若葉には大きな障害があることを思い出した。
トモのパーティ、6人のフルパーティじゃん…
しーらね。
憂鬱だった休暇明け一日目の授業も終わり、寄り道もせずに帰宅。
嫌な予定ができたとはいえ、それはログインしないことには繋がらない。
休暇明けなどお構いなしに、そこそこの課題を出してきた倉田の野郎を恨みつつ、ご飯も風呂も寝支度も済ませてログイン。
「平日は仕方ないとはいえ、ままならないよなぁ」
時刻は午後八時。
学生として学業をおろそかにするわけにもいかず、かといって私生活も蔑ろにするわけにはいかない。
まあ持論だが、ゲームだって適度に楽しんだほうが長続きすると思うので、無理矢理納得して今日も今日とてスフィルロックでスキル上げだ。
「喰らえ、我が万感の想い!『ブランチニードル』!」
俺の想いなど歯牙にも掛けず、枝の針を弾き飛ばすスフィルロック。
星が綺麗だな。




