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「グレンは頭がパンクすれば必ず、先手を譲ってでも動向を伺うために突撃は仕掛けてこない、そういうやつだ。ってレンテに言われた」
グレンよりも一足先に帰ってきたレインが、先程の試合の説明するのを少し離れた場所に座りながら聞く。
グレン対策の作戦は俺も一緒に考えたので詳細に知っているが、【雷魔術】のことなど俺からは絶対に漏らせない情報もある。
という理由を建前に、レインに聞けと丸投げした結果が今の状況だった。
それに、今日初めて見た【縮地】で詰められる間合いなんて俺には分からないので、レインの経験則あっての作戦。
俺が語っても薄い内容にしかならないのだ。
「…ほう、随分と俺のことを分かっているじゃないか」
「おっ、お疲れグレン!」
作戦が作戦だ。
試合直前で思いついたとはいえ、ファンサ煽りについては殴られてもおかしくないと思っているので、ここは務めて冷静に対応せねば。
「しかし、残念だったな…」
「おまっ!どの口が!!」
「まあ、そう憤るなって」
今にも掴みかかってきそうな勢いのグレンを止めたのは、さっきフレンド登録したばかりのレインの前戦の相手、アッシュだった。
「んだよ、お前も負けて悔しくないのか!?また掲示板で好き勝手に…」
「悔しいさ。あと、掲示板に関しては心配いらないぞ」
「あいつらに人の心なんてない!知ってるだろ!?」
おおう、本当に過去に何があったんだ…
「それに関しては同意見だが、悲しいかな、俺もお前も話題にすら上がっていないほど、掲示板は大荒れだ」
「どういう…いや、理解した。そうか、一人熱くなってすまん」
「いいさ。ここにいるほとんどはお前の気持ちが分かる連中だからな」
ニカッ、と笑うアッシュ。
なんかイケメンってわけじゃないけど、言動がいちいち男前というか。
ただ、少し意識的な言動というのが透けているのが、双子の言う『格好つけてる』と思わせる所以なのだろうか?
「せめてベスト16には入りたかったんだけどな…いや、次は勝つ!」
「その意気やよし!」
頭を振って気持ちを入れ替えるグレンと、少し雑さが増してきたアッシュ。
悪い気もするが、俺はレインの優勝を期待しているのだ。
そのための手段に後悔はない!
それに、この程度の煽り合いは結構あるので、今回は隙を見せたグレンが悪いのだ。
チラリズム暴露事件の恨みは、今日をもって相殺された。
なお、チラリズム暴露事件の真相は迷宮入りだ。
「それで、どこからどこまでが作戦だったんだ?」
「あー、その…」
追撃を掛けるようで申し訳なく思い、言い淀む俺とは違いーー
「驚くほど作戦通りだった。グレン、レンテには気をつけたほうがいい。あの理解力は驚異」
「「えっ、それって…」」
レインの隠そうともしない事実に反応を返したのは、俺でもグレンでもなく、脳内桃色のお腐りなさった一部のお姉さま方だった。
「変な言い方するな!俺はノンケ、女の子が好、き…なんでもない、聞かなかったことにしてくれ」
「ぷっ、ふはっ、そ、そうだな、俺も女にしか興味ねえよ…ふふっ」
盛大な自爆だった。
また性癖を暴露したあの時と同じように、自ら語るに堕ちたのだ。
まあ、あの時は誘導された結果だけどな!
くそっ、羞恥で顔を赤くしているのが自分でも手に取るように分かる。
男なんかより、女が好きなのはおかしなことではない!と必死に己に言い聞かせ、バクバクと脈打つ心臓を落ち着かせるのに精一杯になってしまった。
少しして、すっかり毒気を抜かれたと宣うグレンが話を戻す。
この大闘技場での今日の試合は、今のグレンvsレインが最後の試合だった。
あとは、今行われているであろう他会場の試合終了を待って、テューラ殿下の閉会の言葉で、今日の全日程が終了となる。
なので、もうここにいても仕方ないのだが、グレンが話を続けたそうなのと、誰も席を立とうとしないので、俺も閉会まではいることにした。
「話戻すけどよ、この際俺の行動が読まれきってたのは後回しだ。アッシュのときのやつもだが、あのレインの魔術はなんだ?」
「なんでレインじゃなくて俺に聞くんだよ…」
まず向こうに聞けよ!と声を大にして言いたい。
先程の失態もあって、声を荒げようとは思えないが。
周りの目を気にしろ、と最初に忠言してきたのはグレンだったくせに…
「まあどっちにしろ、俺が言うと思うか?」
俺とレイン、あとはミントも。
主にレインが考えて、残りの二人が助言して練られた作戦は、初見殺しをし続けることだ。
闘技大会本戦はトーナメント方式だ。
未だ【魔法陣】スキルはLV.1であり、魔改造魔術も一試合中で使えるのは一つまで。
だがそれは、裏を返せば試合ごとに異なる魔改造魔術を使えるということでもある。
知っていれば対応の仕方も広がるだろうが、わざわざ教えてやる道理はない。
アッシュとの試合では、より印象的に。
グレンとの試合では、より確実に。
「グレン、レインの隠し球はあといくつあるんだろうな?」
「んだよ、藪から棒に」
レインが使う属性は五つだ。
基本属性の火、水、風、土、そして魔術特化プレイヤーの頂点たる彼女のとっておき【雷魔術】。
闘技大会の戦闘ログは誰でも確認できるようになっているので、先の戦いで『ライトニング』を使ったことで、【雷魔術】の存在は明るみに出たことは間違いない。
それでも、その五属性の魔改造魔術が全てレインの奥の手なのだ。
ちなみに、レインの【雷魔術】は、闘技大会予選中に取得可能になったらしく、パーティメンバーを驚かせるために今日まで黙っていたとのこと。
「俺は一人の魔術士プレイヤーとして、レインに優勝してもらいたいんだ。レインの隠し球は一つや二つじゃないぞ」
まだまだ隠し球がある、その事実がこれからレインが戦う相手の思考を侵食する。
「恐れ慄いてろ優遇職、魔術だってPvPでも戦えるって教えてやる…レインがな!」
「うわっ、最後の最後で他力本願…我が兄ながら情けないよ」
「うっせ」
ユズよ、世の中には適材適所という素晴らしい言葉があるのだよ!
「そうですよ、レンテ。貴方には少し、闘争心というものが欠けていると思うのです」
「「「……」」」
なんで、なんで今このタイミングでこいつが現れる?
俺もグレンもユズも、この場にいる誰もが様々な感情を持って押し黙った。
俺は苦手意識を隠しもせず、他は状況についていけなかったり、驚嘆に支配されていたり。
誰もが声を失う静寂の中、最初に声を発したのは俺だった。
突然現れて、この場の大勢の意識の外から唐突に割り込まれた言葉だが、俺に話しかけてきたのは誰の目から見ても明らかだったからな。
「…これはこれは、テューラ殿下!セントルム王国の聖女様のお噂はかねがね聞き及んでおります!こんな取るに足らない一冒険者の名前を覚えていてくださるとは、恐悦至極にございます!」
膝を折り、大きな身振り手振り、精一杯の恭しい演技をし、無理があると分かりつつ初対面を装う。
何をしに来たのか、と。
これ以上余計なことを話さずに帰ってくれ、と。
それを完全に理解したお姫様は、男女関係なく惹きつける屈託のない笑顔を貼りつけ、否が応でも聴き惚れる声音で言葉を突きつける。
「そんな他人行儀な言葉遣いはレンテには似合いません。私のことも、いつも通り脳筋王女とお呼びくださって構いませんよ?」
そう宣ったのだ。
「………」
「あっ、余り時間がないので用件に移りますね!」
誰も彼もを置き去りに、自由奔放なお姫様の話は続く。
「レンテは気の許せるお仲間が欲しいと、爺やから聞き及びました。何故私に最初に言ってくださらないのですか!?あの夜はあんなに語り合った仲だというのに…」
「爺や、マーリン爺か…あのジジイ、何と引き換えに俺を売ったんだ…?」
「売ったなんて、爺やはそんな酷いことしませんよ!少し魔導の研究費用のお話はしましたが…」
おい運営!少しばかりNPCが自由奔放に過ぎるんじゃないのか!?えぇ!?
絶対あとでお問い合わせフォームに丁寧な苦情送りつけてやる!!
「…で、確かに本性を知らなかった初対面の日に、“魔術”について少し長い時間話した記憶はあるけど…」
マーリン爺に魔法言語の本を貰った後だったか。
マーリン爺を追って突然押しかけてきたこのお姫様との初遭遇は。
ともかく、この際ハッキリと言おう!
「正直、殿下のこと苦手だから他当たってくれ、頼む!」
「え」
心底心外だと言わんばかりの空気を纏いテューラ殿下は言い放つ。
「嫌です、むしろレンテは他の誰かを一番目の仲間に選ぶことだけは許しません。最初の仲間は私でなくてはならないのです」
「そんな当たり前のことのように言われても…」
キツい、そろそろ周りが状況に慣れつつある。
決して、思考が追いついているわけではないが、この些か斜め上な現状を受け入れつつある…気がする。
「レンテは理解できてないのです。【賢者】と【終焉】の弟子がタッグを組むという前代未聞の衝撃は世界を震撼させる出来事なのですよ!?」
「世界震撼させても俺に何一つ得がないじゃん」
きっとテューラ殿下の頭の中は、“世界にとって重要人物たる師匠とマーリン爺の弟子がタッグを組めば、否応なく噂が広まって、同格以上の相手と試合が出来るかも…”とかそんな感じだと思う。
それくらいこのお姫様は単純に狂ってるのだ。
「ではこうしましょう!」
「こうしません!遠慮します!」
「そこにいる貴方の弟子が、この闘技大会で優勝すれば一旦は諦めましょう。しかし、もし他の誰かが優勝すれば私とパーティを組む、決まりですね!」
「いや、弟子じゃないし、って話をっ!!」
聞かずに転移していくテューラ殿下。
くそっ、これはなおのことレインには優勝してもらわねば!!




