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「いよぉ、さっき振りだなぁスライムさんよぉ!」
ぷる、ぷるるっ
またお前か(妄想)と言わんばかりの震え方だな!
今度こそ倒してやる!
腰に佩くのは、右に木剣、左に鉄剣。
ストレージには、サーシャさんが別れ際に持たせてくれた[クルミクッキー]も入っている。
ちなみにストレージは、別名アイテムボックスと呼ばれるアレ。プレイヤーには、デフォルトで付いている機能だ。数に制限はあるが、便利すぎて現実にも欲しいよな!
話は逸れたが準備万端だ!
「先手必勝!喰らいやがれ!」
そう叫びながら右手を振りかぶり、その手に持っていた拳ほどの石を投擲。
そしてその結果を確認するより早く、鉄剣を抜き放ち、前へ!
投げられた石は、雑魚ステータスではそれほどの速度も出ず、当たり前のように跳ねて躱される。
だろうな!それでも勢いそのままに突撃!
「こんのぉぉぉお!!!」
プシャッ!
水を切り裂いたような音が鼓膜を叩く。
なるほど確かに…。
跳ねるしか取り柄のないスライムだ。羽なんて付いてるはずもなく、跳ねてしまえば空中では身動きは取れないのは道理!
「やってやったぜ、こんちくしょう!!!」
通常モブにHPバーなんてものはなく、視覚的な判断は出来ないが、木剣で三発のスライムが、鉄剣で一発で倒れないのは悪い方に想定の範囲内だ。
そもそも物理攻撃耐性か何かで、物理攻撃が1ダメージになってるのだろう。
もしかしなくても、この鉄剣無意味だな、うん。
いやいや、投石戦術のヒントをくれただけ有難いです、本当に。
それに…。
「こういうの、男なら一度は憧れる!」
言いながら、空いた左手で木剣を抜き放つ。
所謂二刀流ってやつだ!
技術なんかこれっぽっちもない、木偶の坊。
ただ、何度も土ペロさせられた経験則から言わせてもらえば、こいつは基本的にカウンター型だ。
背中を見せたときの例外はあれど、俺が攻撃して初めて躱そうとするし、攻撃してくる。
だからこうやって!
「そりゃ!」
左手の木剣を斬りつける意識より、当てるという意識を持って地面スレスレに振るう。
それを想定通り、斜めに飛んで躱すスライム。
「面白いなぁ!こうも上手くいくと!」
こちらが攻撃すれば、それに合わせてカウンターの如く攻撃してくる。
それは何十何百と食らった経験から理解した、させられたことだった。
そしてもう一つ。
攻撃してくると分かっているからこそ出来る、その軌道上に鉄剣を添えるという行為。
斬りつけなくていい、当てるだけで。
このスライム、きっとどんな物理攻撃でも1ダメージにしてしまうのだと思う。
それは、さっき斬りつけた際に半ば確信したことだ。
だから、当てるだけでいい。
狙い違わず、粘液体と赤いダメージエフェクトを散らしながら、背後に流れていくスライム。
ニヤリ…。
きっと今俺は、不敵に笑っている風に気持ち悪い顔をしているに違いない。
だが、それも仕方のないこと。
この溢れ出る感情を隠しきれそうにないのだから!
「剣を当てるだけで物理攻撃判定が貰えるなら、1ダメージでいいなら…さいっこうだな!」
あれだけボコボコにやられた敵を相手に、こうも一方的に立ち回れるとは。
愉快痛快爽快なり!
「次で最後だ、スライム!いくぞ!」
ぷるる、ぷるっ。
言うが速いか木剣を振り下ろす!
ただ、こうなってしまってからの結果論でしかないけど、よく考えなくても調子に乗っていたのだろう。
大きく振りかぶった右手の鉄剣が届く直前──。
「ぶへらっ?!」
スライムが顔面にダイブしていた。
はぁ…。
意外と遠かったな、プリムス。
目前に迫った巨大壁は10mくらいの高さはあるだろうか。
途中まで馬車一台ほどの幅だった街道も、今は別の道と合流して馬車三台ほどは並んで通れる程度の道幅になっていた。
その道なりに進んだ先、大きな門が開かれており、その先の石造りの街並みが覗いている。
行商人のようなNPCは門番の検問を受けていたが、冒険者のようなNPCは素通りしていたので、それに倣ってそのまま門の中へ。
どうやら合っていたらしく、咎められることもなくプリムスの町に、MLのスタートラインに立てたようだった。
〈チュートリアルを終了します〉
〈以後、基本的な情報はメニュー欄のヘルプより確認できます〉
おお、システム的にもチュートリアル終了を知らせてくれた。
いやぁ、チュートリアルってこんなに苦労するものだっけ?
もうゆうに二時間は浪費してるんだけど…。
そんな思考をよそに、システムメッセージは続く。
〈称号【無謀に挑む者】を獲得しました〉
〈称号【友好を築く者】を獲得しました〉
〈称号【我が道を往く者】を獲得しました〉
はて?
グレンに聞いた話では、【無謀に挑む者】だけだったのだが…。
この通り、ステータスやスキルの他に、称号というシステムがある。
称号は、効果のないただその通りの意味で称号だったり、付随効果があったりと様々で、称号の詳細を見た感じ、この三つは効果があるタイプのようだ。
それも三つとも同じ、『LV.10までの取得経験値1.1倍加』というものだった。
まあ、いいか。
獲得条件は後でゆっくり出来る時に、ログアウト前にでも確認しておこう。
色々と考えることはあるが、取り敢えず。
剣と魔法の世界にありがちな中世風の景色に囲まれながら、とある建物を目指して歩き出した。
周りの建物はどれも始まりの村とは比較にならない。
門から伸びるメインストリートの周りはどれも大店ということもあるが、大通りの脇に伸びる細道の先に見えるような住宅の一つ一つも村長宅よりもしっかりした造りに思える。
そんな中、メインストリートの右手に周囲より大きな木造建築があった。
目算四階建てほどのその建物は、剣と盾の重なったエンブレムを掲げ、何より目立つのはそこに出入りする物騒な身なりの冒険者たちだろう。
そう、ここは冒険者ギルド。
目的の場所に辿り着いたことに安堵しつつ、気後れすることなく冒険者ギルドの中に入っていく。
建物の中に入ると、俺と同じような皮装備に木剣や木槍などの木でできた近接武器の冒険者と、少しぼろ臭いローブに木杖を装備した冒険者が大半の割合を占めていた。
ここにいるほとんどがプレイヤーなのだろう。
あれ、剣と杖以外の初期装備って選べたっけな。
それを横目で確認しつつ、疑問を頭に芽生えさせながら二階への階段を登る。
一階には、正面奥にずらりと並ぶように受付が設置されており、周りの壁面は掲示板のようになっていた。
掲示板には、依頼書がビッチリだ。
対して二階は、酒場のようになっていた。
期待を裏切らない造りに、少し高揚しているのが自分でも分かる。
そんな酒場の喧騒の中から目当ての人物を探すように視線を彷徨わせると…。
「あ、いたいた」
「おう、遅かったな、レン!」
もちろんMLにフレンドなんて一人しかいないわけで。
当然そこにはグレンがいた。
パーティメンバーらしき男女五人を引き連れて、だが。
「いやぁ、あれ本当にチュートリアルスライムなん?もう途中から意地よ、意地」
「そりゃ、ステ振りとスキル前提の敵だからな。それに、ステータスもスキルも初期状態だとスライムにバフ掛かってるらしいぜ」
ニヤニヤしながらそんなことを宣うグレン。
なん、だと…!?
「いやぁ、まさか本当にステ振りせずに突破してくるのはなぁ。予想じゃ、早々に諦めてステでもスキルでも変えて突破すると思ってたのにな」
「お前、なんで…」
俺は顔を俯むかせ、グレンに確認を取る。
なんでそれを教えなかったのか、と。
「そりゃ、普通は最初にステ振りするもんだからさ。レンって運動神経が飛び抜けていいわけじゃないから、早々に諦めると本気で思ってたし」
「たしかに…」
だからこそ、前衛より後衛向きだと思っているわけだしな。
それでも、俺が被った苦労からくる感情に納得出来ずにいると──。
「あとはまあ、悪戯心だな!」
「はぁ…」
なんか、怒る気も失せた。
そういや、こいつはこういう奴だったよ。
今更になって頭が諦念に染まっていく。
これに付き合ってるとこっちが疲れてしまうのだ。
いつも最後には許してしまうのだし、これ以上は気にしないことにして、空いている席に座る。
グレンのカラッとしてる性格ゆえかもしれない。
あっ、違うな。
許すのは何かで仕返しをしてからだった。
それが俺達二人の暗黙のルールだしな!
「君がレン君か。もう少し怒ってもいいと思うよ?」
俺が座ったのを確認するなり、右隣の軽装の優男が言った。
「まあ、こいつのこれはいつもなんで慣れっこですよ」
「ああ、リア友って言ってたっけ」
「ですね。あ、一応、俺はレンテって言います。よろしくです」
グレンのパーティメンバーは俺のことを聞いてるみたいだが、一応挨拶しておく。
「「「よろしくー」」」
「一人ずつじゃ面倒だろうし、俺が紹介しとくか」
グレンは言うが早いか、簡潔に紹介を始めた。
「レンの右隣から、カシム、ミカン、三ツ葉、タロ助、ケンゾー。βの時からの俺のパーティメンバーだ」
各々、名前が呼ばれるたびに片手を挙げたり、頭を垂れたりする。
俺の右隣の軽装優男がカシム。
ザ・魔女って感じの装いがミカン。
弓を背負った三ツ葉。
PNから想像のつかない神官タロ助。
ガッチリ筋肉の塊ケンゾー。
一言で表すならそんな感じの第一印象のメンツだった。
序盤はソロでまったりのつもりだが、そのうち俺もパーティ組んだりすんのかな…。
目の前の光景を見ながらそんなことを思うのだった。
※済