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ぜってぇ勝つ!!
意気込みを新たに、目の前の少女と対峙する。
「前の試合の隠し球は凄かったな、あれがレンが教えた秘策ってやつか?」
「そう。そんなことより、ファンサ、いいの?」
「なっ!?」
このやろっ!!
あんな強烈な魔術見せつけられて、余裕かませるかよ!!
羞恥で今にも飛びかかりそうになったが、試合という状況が、目を光らせる審判が、観客の衆目が、俺の憤りの衝動を抑えつけた。
ふぅ、危ない危ない…
こんなことで退場になってしまえば、勝利なんて程遠いところで、またあることないこと書かれるに決まってる!
だから、だからこそここはクールに行くんだ俺!
「な、なんのことだ、レイン?」
「知らない。取り敢えず、話しかけてきたらそう言えってレンテに言われた」
「あんにゃろっ!?」
絶対あとで絞める!
だけど、番外戦術としてはこの上なく有効打だよ、くそったれ!
九十九パーセント面白がってのことだろうが、あの未知の魔術の情報を少しでも得る必要がある俺に対しては取り合わないのが戦術的に妥当。
「だけど、グレンが聞きたいことは分かるよ」
「なんだよ」
レンの差金だとしても、煽られて少し苛立った返しをしてしまう。
それに、また追撃が来るのでは、と少し身構えてしまってすらいる。
「『ファイアスフィア』はただの壁系統魔術。特性は『ファイアウォール』と何も変わらない」
「……」
レインの前の試合、アッシュの野郎は【縮地】で突っ込んで燃えた。
ファイアウォールは魔術名の通り、炎の壁を作り出す魔術。
そこに突っ込めば、[延焼]のバッドステータスを喰らうし、それ以上に痛みはほとんどないにしても燃える感覚は辛いものがある。
状況と照らし合わせても、俺の予想通りでもあった。
だがーー
「…なんでそんなことを教えるんだ?」
「作戦」
これ以上語ることはない、と言わんばかりにそれだけを言って口を噤むレイン。
ちくしょう、俺は予想が当たっていたことに喜べばいいのか?
いや、予想が当たってたとしてーー
「両者、位置について」
くそっ、タイムアップだ!
試合前の僅かな猶予が終わりを告げる。
俺とレインが定位置にいることを確認し、舞台袖まで後退する審判。
その間にも、思考が巡る。
もう考える時間はほとんどない。
俺が開幕に取る選択肢は特攻か、それとも様子見か。
アッシュと同じように開幕速攻を掛ければ、【縮地】のレベルが低い俺じゃ、まず間違いなく同じ結果に陥るだけだ。
じゃあ様子見か?魔術特化相手に?
愚策だ、誰だって分かる。
一度この魔術士に攻勢を許せば、前衛に立て直しの機会なんて与えてくれるはずがない。
それにレインは今し方、『作戦』という言葉と共に、わざわざ情報開示してきた。
何故か?俺を惑わせるために決まってる!
舞台袖まで後退した審判が片手を上げる。
それを下ろすのと同時ーー
「始め!!」
俺の身体は動かなかった。
絶対に負けられないという想いが、アッシュが火達磨になる鮮烈な光景が、惑わされた思考が、未だ僅かに残る羞恥が、俺の判断を鈍らせ様子見を選んだ。
一つの情報も逃すまいとつぶさに観察する俺とは違い、レインは素早く後退した。
魔術士が少しでも距離を取ろうとするのは自明の理だ。
そして、杖の先に現れた魔法陣は赤。
つまり、火魔術であることは確定した。
惑わせる作戦のうちだったとしても、情報開示してきたことには未だに疑問を覚えるが、火達磨にならずに済みそうなことに少しの安心感を覚えた。
それにレインを信じるなら、『ファイアスフィア』は『ファイアウォール』を踏襲した魔術。
『ファイアウォール』は時間経過で消滅する類の魔術なので、『ファイアスフィア』もそうであるなら消えるまで待つのも選択の内だ。
そして、十秒と少し。
本来なら斬り結んでいておかしくない時間が経過したとき、唐突にーー
「なっ!?くそったれ!!」
パラパラと、レインが展開していた魔法陣から赤色の光が剥がれ、徐々に顔を出す茶色の魔法陣。
魔法陣の色の偽装なんて聞いたことないぞ!
どれだけ奥の手を隠してやがるんだ!?
そんな焦りとともにーー
「【縮地】!ぐはっ!?」
それが下策だったことに気づいたのは、何かにぶつかって尻餅をついたから、突然何も見えない暗闇に放り込まれたから、或いは視界を奪われた恐怖から。
いずれにせよ、レインの術中にこれでもかというほどどハマりしたことに気づかされた。
「くそっ、どうなってる!?なんも見えねぇ!!」
焦燥と恐怖心、何一つ状況の掴めない苛立ちから大声を上げてしまう。
冷静でない自分を理解しながら、それでも叫ばずにはいられなかった。
取り敢えず、座ったままではいられないので、立ち上がって手を離さずに済んでいた盾を構える。
盾を離さずに済んだのは偶然でしかない。
「『守護の誓い』!『騎士の誓い』!」
出来ることを探すのが難しい状況下、俺が選んだのは防御を強化することだった。
【盾術】の武技を使って、少しでも強力な魔術に耐えられるように。
視界を奪ったのに未だに追撃がないのは、この状況が時間稼ぎであることの証明でもある。
ならば最良ではなくとも、それに備えるのが現時点で混乱しきっている俺の限界だった。
「『ライトニング』!」
バチバチ、と。
聞こえた声に反応を許さない速度で俺を貫いたのは紫電。
構えた鉄の盾さえ貫き、痺れて剣も盾も落として膝を折ることを認識しながら、紫電に照らされた周囲に視線を巡らせる。
「暗闇の、正体は、これ、か」
直後、役目を果たした土の壁がサラサラと砂のように消え、両の眼が陽光を取り戻す。
「『スクエアウォール』、私が考えたとっておき。作ったのはレンテだけど」
「結局、あいつ、かよ…」
なんてことはない。
土魔術の『アースウォール』で周囲を囲われただけだった。
もっと冷静であれば、[盲目]のバッドステータスを喰らってないことに気づけただろうに。
もっと最善手を打てたかもしれないのに。
まあ結果論か。
素直に動いてくれない自分の口と身体をもどかしく思いながら、悪友が笑う顔が脳裏に浮かぶ。
レインが構える杖の先に浮かぶ炎槍と、身体を動かせない現状に負けを確信せざるを得なかった。
この炎槍は、現在確認されている魔術の中で、最も高威力だと言われている『ファイアランス』だ。
PvPで使えるようなCTではないが、だからこそその威力は決定打となる。
武技の二重バフがあるとはいえ、さっきの紫電でそこそこ削られたHPで耐えるのは無理だろうな。
「今回は私の勝ち、『ファイアランス』!」
「あ〜、あの野郎、絶対殴る…!」
そんな決意を固めながら、俺のHPバーは消しとんだ。




