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今日は忘れてません!
「へ〜、じゃあレインちゃ…レインは、MLで1、2を争う魔術士ってことですか?」
レインちゃん、と言いかけて睨まれたので、即言い直す。
ちゃん付けで呼ばれるのは子供扱いされているようで嫌、ということらしい。本人にそう言われた。
「純粋な魔術特化のプレイヤーは少ない。あとは、たまたま仲間に恵まれただけ」
「強いのは否定しないのか」
少し意地悪な言い方だったな、反省。
でも俺だったら謙遜して、そんなことないですよ!なんて言ってしまいそう、というのが本音だ。
「ふふっ、試してみる?」
「…いや、遠慮しとくよ」
レインが不敵に笑うと、少しゾクゾクしてしまうな。
ギャップというやつだろうか。
誤魔化すわけじゃないけど、話を進めよう。誤魔化すわけじゃないけど!
「なるほど。つまり、最前線攻略組がトップ生産職に装備の作成依頼、とかですか?」
得心がいった気がする。
最前線で活躍するプレイヤーなら、まだ出回っていない素材で装備依頼をしていても不思議じゃない。
俺はアイアンソードの一件で学んだのだ。
そういうまだ出回っていない情報は、衆目の中で話していい事柄じゃないということを。
密談部屋を使用していた理由はーー
「残念、まったくもって擦りもしてないわ」
「うっ」
多分、いや断言できる。
今の俺の顔は真っ赤に染まっていることだろう。
うっわぁ、何がなるほど、だよ!得心がいった、だよ!恥っず!
セシリアさんのニヤニヤした顔が、俺の赤面を加速させる。
「ふぅ、スッキリしたわ。こうも真っ赤になってくれると、弄り甲斐があるわね」
「俺はストレス解消の道具ですか、そうですか」
「最近は忙しいこと続きだったから、ストレス溜まってたのよ。またストレスが溜まったら連絡しようかしら」
そんなことを宣うセシリアさん。
「絶対にやめてください!」
「あはは、ほどほどにするわ」
もしセシリアさんから連絡が来たときは最大限警戒せねば…
ただーー
「もしかして、忙しいっていうのは例の件ですか?それだったら申し訳ないというか」
「え?ああ、魔石粉と派生属性の件ならとっくに終わってるから心配しなくてもいいわ」
「そうなんですか?」
約束通り、あの手この手で情報をばら撒いて、問題が大きくならないように動いてくれたことは、本人からのメールや、グレンやユズからも聞いてはいた。
ただ、もしかしたら今現在も引き摺ってしまっているのかと思ったのだが違うようだ。
気を遣ってくれているのかもしれないが、俺にはセシリアさんのそんな心情を読めそうにない。
「ええ。ちょうど、初イベントの告知が重なって、関心がそっちに行ってくれたおかげね」
「タイミングが良かったんですね」
俺の返答に含みのある笑みを返してくるセシリアさん。
もしかして狙ってた?
ゴールデンウィークに初イベントがあることを予知して、その情報開示のタイミングまで測って?
一度考えると、そうとしか思えなくなってきてしまった。
「まあ、忙しいっていうのも、生産職として嬉しい悲鳴ってやつね」
「闘技大会に向けての装備新調で…って、そうか」
少し考えれば分かることじゃんか。
攻略組が闘技大会に参加してないわけないし、なんならいの一番に装備の調整をしてそうだ。
つまり、レインも例外ではなく、予選が始まる前に装備の新調をしていたのだろう。
こんな本戦目前になって慌てて頼みにくるやつは、どっちにしろ勝ち残れないような気がするしな。
「気づいたみたいね。そ、だからレインの相談は装備関連じゃないわ」
「だとするとまったく想像がつきませんね」
思考を放棄するわけではないが、これ以上は情報が足りなすぎる。
予想も予測も、前知識があって初めて成立するものだ。
「簡単。闘技大会で勝ち上がるための情報収集」
「一対一だと魔術特化のプレイヤーって不利でしょ?だから、それを補うためにはどうしたらいいかって相談を受けてたのよ」
レインの端的な回答を、セシリアさんが捕捉してくれる。
何千といるかもしれない魔術特化プレイヤーの頂点であっても、相性には悩まされているということか。
「具体的には、スクロールの情報」
「…スクロールねぇ」
闘技大会の詳しいルールは知らないが、軽く目を通した記憶を探るに、武器以外の消耗品の類は持ち込み不可だった気がする。
素直な疑問を問うてみる。
「でも、闘技大会のルールに武器以外の消耗アイテム持ち込み不可ってなかった?」
「あるわね」
セシリアさんが答えてくれる。
じゃあなんで、と再度問おうとする俺の機先を制するようにーー
「スクロールって消耗アイテムなの?武器じゃなく?」
「そりゃ、一回使ったら壊れるんだから、消耗……ど、どうしました?」
レインの確認するような質問に答える俺を、二人してじっっっっと見つめてくる。
それに対して俺が狼狽えていると、レインが核心を突いてきた。
「なんでレンテはそんなこと知ってるの?」
「え…?」
どういうことだ?
スクロールって一回使うと再使用は不可能、当たり前のことで、俺自身試したこともあるので、変わりようのない事実だ。
俺はなんで知ってるのかって?
そりゃ、俺が全プレイヤーの中で、一番最初に発見した、からで…
「いつから疑ってました?」
「スクロールのアナウンスがあった時には疑ってたわね。タイミングが偶然重なったにしては、出来過ぎていたもの」
たしか、俺がスクロールを完成させたのが先々週の土曜日だったか?
派生属性の話をしたのがその前日だから…
なるほど。俺もセシリアさんの立場だったら、真っ先に疑うかもしれないな。
「つまり、今のこの状況は…」
「それは偶々よ。セントラリスでは、まだここみたいなお店見つけられてないのよ。偶々、ばったり出くわしただけね」
「そうでしたか」
レイン豪運かよ…
INTじゃなくて、LUC極振りなんじゃないか?
「レンテ、セシリアは何も知らないって言ってた。嘘じゃない」
「そっか。でも疑ってないから大丈夫だぞ、レインは優しいな」
我が妹には絶対に出来ない類の気遣いに、ついホッコリさせられてしまう。
そんな俺の表情が気に食わなかったのか、子供扱いされたとでも思ったのか、レインはものすごく不服そうな顔をしていたが、文句を言うつもりはないようだった。
疑っていたわけじゃないが、この様子だと本当にセシリアさんは何も言わないでくれていたようだ。
「生産職にとって情報は宝よ?そう簡単に漏らしたりしないわよ」
「格好いいですね」
「茶化されると、つい口が滑りそうね」
本心だったんだが…
逆にセシリアさんは冗談だったようで、お互いにこれ以上この話題を続けるのは不毛だと切り替える。
「それで、レインは何が聞きたいんだ?」
レインの健気な一面に当てられて、今ならなんでも答えてしまいそうな気分である。
「チョロいわね」
うるさいやい!
「遠慮しない」
「おう」
「スクロールってどんなもの?」
取り敢えず、現物を見せながら説明するか。
俺は『ウォーターボール』のスクロールを取り出そうとしてーー
「坊主、奥でやれ」
「あ、はい」
オヤジに注意され、個室に移動して今度こそスクロールを取り出す。
人気がない酒場とはいえ、最大限注意すべきだったかな。
オヤジ感謝。
「これがスクロール。手に持って使う意思さえ持てば、誰でも記述されている魔術が使えるってアイテムだな」
「紙に、魔法陣?」
自分に所有権のあるアイテムでないと詳細を確認できないので、セシリアさんとレインにひとつずつ現物を譲渡申請で送りつける。
セシリアさんは【鑑定】持ちだろうけど、レインは持っているかどうか分からないからな。
「使用者はMP消費無しで使用出来て、威力は作成者依存か…これ、量産出来るの?」
「スキルさえ揃えれば可能ですね。ただ、コストが高くなります」
【模写】【複写】などのスキルを使えば、スクロールの量産は可能だ。
だが、『ウォーターボール』なんかの低レベル魔術ならともかく、実用性のあるもっと高レベルで覚える魔術になればなるほど、魔法のインクの作成コストが高くなるので、現実的に量産するのは難しいかもしれない。
紙も特別なものじゃないとダメになるみたいだしな。
まあでも、初期魔術であれば苦もなく量産可能だ。
「むう、闘技大会で使えそうにない」
「がっつり消耗アイテムに分類されてるからね」
うーむ、どうするか…
俺のアドバンテージを晒してしまっていいものか。
時間が経てば、どうせ知れ渡ると言われればそうなんだろうけども。
難しい顔でスクロールと睨めっこするレインを見やる。
こんな華奢な女の子が魔術士プレイヤーの頂点か。




