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29/月


ゴールデンウィークという素敵な大型連休まであと五日と迫った今日。


王都セントラリスは異様な熱気に包まれていた。


それはNPCから発せられるものではなく、主にプレイヤーが漲らせる満ち足りたやる気によるものだった。



今日は平日だというのに、昨日の昼より人が多いように感じる。


そんな慌ただしいプレイヤーたちの動向を、俺は昨日宛がわれた王城の客室から見下ろしていた。



「やっぱ、誰でも初イベは心躍るものだよな」



広大な王都の中心にあって、都市を一望する王城であっても、この客室は特別なのだろう。


普段であれば、客分が宛がわれるのは別館の一室だろうし、だとすればこんな王都を一望出来る部屋なわけがない。


さっき腰掛けていたベッドだって、ゲームとはいえ天蓋付きベッドなんて初めて見たからな。


部屋の調度品も、大した審美眼のない俺から見ても贅を尽くしてあるし、軽い気持ちで呼び鈴鳴らせばメイドが慌てた様子もなく待たせることなく現れたときには少し、いやドン引きしてしまった。


閑話休題。



「ゴールデンウィーク初日からだったか」



ティーパーティーでも催されてそうなバルコニーにあった椅子に腰掛けて、遠く外壁門を眺める。


空が茜色に染まろうとも、門から外に出る人々は少なくなるどころか、衰えを知らないように見える。


ML初のイベントは、今週末の土曜日から始まり、メインイベントは九日まで開催されるとのことだ。


細々としたスタートダッシュキャンペーンなどはしばらく続くらしいが、大々的に公式初イベント!!と銘打たれているメインはゴールデンウィーク中だけとのこと。



「内容はたしか…」


「レンテ坊は闘技大会には出るのかの?」


「いえ、出ませんよ。あまりにも力の差があり過ぎます」



いきなり現れたーーきちんと扉から入ってきたのは見えていたーーマーリン爺の問いに素直に答える。


師匠は称号効果で俺の動向を掴んでいるが、マーリン爺は…まあ、【賢者】は『識る』スキルらしいので不思議はないか。



「育たんぞい?」


「まだ確定でもないのに今から焦ってられませんよ」



育たない、というのは、【真・樹魔術】のことだ。


スキルは使わないことには育たないからな。


運営からの告知で、闘技大会の試合中はスキル熟練度が上がりやすくなるそうだ。


マーリン爺に、そんなメタい意図があったはずはないが、PSを磨くという点でもメリットは存分にあるだろうからな。



ちなみに、マーリン爺が【真・樹魔術】を気にかけているのは、他でもないEXスキルに進化する可能性があるからだ。


まあ、ただでさえEXスキルは超希少な上に、【真・樹魔術】は前例がないとのことで、どうなるか皆目検討もつかないらしい。


それでも、確信に近いなにかを抱いているようだが。



「まあよい。これは餞別じゃ、未来の同志に向けてののぅ」


「これは?」



差し出された本を受け取りながら、聞いてみる。



「ババアは手が離せないようじゃからの。代わりに儂が面倒をみようというわけじゃ」


「はあ…」



的を得ない回答に気の抜けた返事をしながら、ページをめくってみる。


華美さはないものの、何かの革で作られた装丁はしっかりとしており、かなり分厚い紙の束はしっかりとした重厚感を両手に伝えてくる。



「魔法陣に興味があるのじゃろう?魔導に関しては、ババアより儂の方が上じゃ。分からないことがあれば聞きに来るがよい」


「魔法言語、ですか?うわ、これ本当に貰っていいんですか!?」



見出しには、『魔法言語基礎』と書かれており、さらにページを進めると、魔法陣の各所に散りばめられていた謎の絵文字のようなものがズラリと載っていた。


これがあれば魔法陣の魔改造が捗りそうだけど…


プレイヤー目線で考えるなら、これは爆弾でしかない。



「なぁに、そこに書いてある通り、基礎の基礎しか載っておらん。それを見て魔法陣の研究に励むとよい」



おぉ!!


これは師匠鞍替えも視野に入れなくては!!



「それと、これも渡しておこうかの」


「指輪ですか?」


「それに魔力を込めると、対の指輪と念話が出来る魔道具じゃ。疑問を抱いても、場所が分からねば尋ねることも不可能じゃろうからな」



マーリン爺の言う通りの効果が指輪の詳細に書いてあった。


ありがたく頂戴して、その時が来れば役に立ってもらうとしよう。



「もし、本気で魔導と向き合うつもりがあるのなら、もっと色々な場所を見て回ることじゃ。魔導士にとってこの時代は不運に過ぎる、過去との対話が何よりの近道じゃと覚えておくといいじゃろう」



マーリン爺が言いたいことだけを言って魔法陣を展開する。


この魔法陣は何度か見たことがある。


師匠が転移するときに展開するものと同じだ。


光に包まれ去っていったマーリン爺から目線を外し、もう一度外壁門へと視線を向ける。


陽が沈み薄暗くなって尚、衰えず出入りする人々。



「正直、俺には合わないんだよなぁ…」



よく分からない言葉を残していったマーリン爺だが、今考えるべきは直近の初イベントについてだ。


マーリン爺に言ったとおり、闘技大会に参加するつもりはない。


それはなにも、PvPが嫌いだからではなく、単純に今回のイベントシステムが性に合わないからだ。


ルール概要に軽く目を通しただけだが、前半五日が予選、後半四日が本戦となるらしい。


そして、予選ルールはPvPによるレート戦だ。


数戦ならともかく、レート上げ、レート維持にずっと張り付いてないといけない今回のシステムは、俺にはちょっと無理そうだった。


それに、さっきも言ったとおり、そもそもレベル差もキツい。



「決まりだな。師匠の家にでも引き籠るか」



つまり、張り切って課題を終わらせ時間を作っているゴールデンウィークだが、ポッカリ時間が空いたということに他ならない。


マーリン爺はそんな俺に、夢中になれる暇つぶしの道具を与えてくれたわけだ。


師匠さえ絡まなければ好々爺なマーリン爺に心から感謝した。

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