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死んだ、見事に死んだ。
MLでは、死ぬと最大五分間の待機時間ののち、最後に訪れた町の蘇生ポイントか、設定しているプライベートエリアで復活する仕様だ。
蘇生ポイントは各町によって様々で、大抵は教会の【復活の間】だが、町によっては噴水広場だったり、この村のように唯の中央広場だったりするようだ。
そんなデスポーンした際のシステムはさておき、結局俺はまたもや敗北を喫してしまっていた。
あんのスライムめ、許すまじ!!
「でも、どうするか…。やっぱり、ステータスでもスキルでも振るべきなのか?」
「あ、あの…大丈夫ですか…?」
「えっ?」
顔を上げると二十代そこそこの女の人が。
頭巾にエプロン、自分で何度も手直ししたのだろう古めかしい服装は、この村のNPCだろう。
そもそもここはインスタンスエリアで、他のプレイヤーはいないからな。
「その、突然光からあなたが現れて…叫ばれたあと、考え込んでいたようなので…」
その言葉を受け周囲を見渡すと、数人のNPCが訝しむように、心配するようにこちらに視線を向けていた。
「あっ、すみません!皆さんもお騒がせしました!」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
周りの人たちも俺の奇行を見逃してくれるようだ。
また各々NPCが行動を戻していく中、俺を気遣ってくれたNPCが──。
「それで、冒険者様は大丈夫ですか?何か悩んでおられるご様子ですが…」
「えっと…」
これ話すべきなのか?
正直、あれを俺のPSのみでどうこう出来る自信が無くなってしまった。
プレイヤースキルってのは、現実の身体能力や技術、ゲームシステム外で必要とされる技術だな。
まぐれで一発当たったとはいえ、そのあとは空振り、スカし、地面を強打し…何度同じことをやらかしたか。
「単なる村娘では冒険者様のお力添えは出来ないですよね…」
「あ、いえ、そういうわけでは」
「では、うちで少し休んで行くだけでもどうでしょう?疲れた頭では、気づけることにも気づけませんよ!」
本当にこれはNPCなのか?
喋る言葉、仕草の一つ一つもそうだけど…この、他人に対する気遣い。
現実で人と話すのとなんら遜色ない感覚。
これが高性能AIというやつか。
「では、お言葉に甘えることにします…」
実際、身も心も疲れているのは事実なので、MLのNPCというものに興味が湧いたということもありお邪魔することにした。
チュートリアルで何やってんだろう、俺は…。
案内された家は、周りにある木造家屋より二回りほど大きな家だった。
ただ、造りと古さはどっこいどっこいだ。
「お茶と、今はこれくらいしかなくて…。私から言い出しておいてすみません」
「いえいえ!十分過ぎますよ、ありがとうございます!」
村娘NPCはサーシャさんというらしい。
サーシャさんが案内してくれたこの家は、この村の村長の家らしく、サーシャさんはその一人娘ということだった。
そんなサーシャさんがもてなしとして出してくれたのは、温かいお茶とナッツのような歯応えの実が入ったクッキー。
驚くことに、ナッツ入りクッキー(仮称)はHP微持続回復のバフ効果がある。
30秒だけなので、次のスライム戦での効果は期待できないが。
「しかし、スライムですか。最近、周辺のモンスターが活発になっているとは聞いていましたけど、冒険者様でも苦戦するほどのモンスター…」
「最近活発に、ですか?」
「ええ、ご存知ないですか?この前来られた行商人の話では、セントルム王国以外の国でも同じように活発化しているとかで…」
MLの世界設定というか、メインクエストでは無かったと思うが、グレンが『遥か昔の神話の時代、人々を脅かした古代の魔王が、数の不利を嫌って生み出したモンスター。それが時を超えた今になっても──』ってなことをβテスターやってた頃に言ってたな。
βの時は、敵としては魔王の魔の字も出てこなかったらしいが、サブクエストを進めた先でNPCから言葉だけは聞いたそうな。
ともかく、この活性化云々は、これからゲームを進めていく上で、何か関係してくるかもしれないな。
まあ、チュートリアルスライムに限っていえば、関係ないような気もするけど。
その時、廊下に続く扉が開いた。
「おや、サーシャ。お客さんかな?」
「あっ、お父さん!ええ、冒険者様が少し疲れたご様子だったから休憩ついでに、話し相手をしてもらっていたの」
「おお、そうかい。私はこの村の村長をしておりますカインと申します。ゆっくりしていってください、冒険者殿」
「ご丁寧にどうも、俺はレンテです。カインさん、お邪魔してます」
ぺこりと挨拶されたので、立って同じように挨拶を返した。
というか、サーシャさんもそうだが、俺って冒険者に見えるのか?
まあ、武器や防具なんて装備しているのは、兵士以外ではいくらモンスターがいる世界でも傭兵か冒険者くらいか。
村の中で突然叫びだす兵士はいないだろうし、消去法だな。
それから休憩がてらカインさんも交えて、俺がスライムに苦戦していることを再度話した。
この世界に降り立ったばかりで、他に雑談する内容を思いつかなかったのだ。
「なるほど、素早いスライムですか。村の近くにスライムが出た時は、村の男衆で石を投げて追っ払うのですが、それは倒さなければいけないのですよね?」
「はい、出来れば倒したいですね」
というか、チュートリアルの敵なので、多分倒さないと先に進ま……いや、進まないこともないのか?
プリムスの町までたどり着ければ…ダメか。背中を見せれば襲われる未来しか見えない。
ステータスやスキルを弄ればそういう選択肢も出てくるんだろうけど、今の無能極まるステータスでは無理だろう。
しかし、石を投げて、ね。
良いことを聞いたかもしれない。
「そういうことなら、少し待っていてくだされ」
「え、はい」
そういうと、カインさんは別の部屋へ。
そんなに待つこともなく戻ってきたカインさんの手元には、布に包まれた木剣と同程度の長さの何かが握られていた。
「業物とかではないんですが、昔行商人が置いていったもので」
解かれた布の中身は、革の鞘に包まれた剣。
カインさんが鞘から剣を抜くと、出てきたのは少し使い込まれたように見える鉄の剣だった。
「よければ使ってくだされ。手入れは時々していたので使えないことはないと思います」
「タダで頂くわけには!!」
初期装備の木剣とは、見るからに攻撃力は雲泥の差だろう。
鉄と木、比べるべくもなく、ってやつだ。
「ここにあっても誰も使えないのですよ。それに、その素早いスライムとやらが村を襲えば被害が出るかもしれません。冒険者殿が倒してくれるのならば、この鉄の剣など惜しくはないですよ」
その言葉を聞いて悩んだのは一瞬だった。
どっちにしろ、あのスライムを倒さないと俺のMLは始まりもしない。
いつまでもこの村で立ち止まってるわけにもいかないので、貰えるものは貰っておこう。
明らかに俺が素直に受け取るための後付けの理由だが、だからこそここまで言ってくれるのなら。
ここまで出来る高性能自立型AI…少し怖いくらいだな。
「必ずスライムを倒して見せます!」
そして、村長親子の後押しを受け、十分に休憩した俺は、必ずお礼をすることを誓って村長宅を後にした。
そのまま足を向けた草原での道中。
「なーにが『スライムを倒して見せます!(キリッ』だよ!恥ずかしっ」
身悶えるのと同時、周囲にプレイヤーがいないことに心底ホッとするのだった。
※済