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聞こえた声に振り向くと、ソファに師匠が腰掛けていた。


さも今気づいたような言い草だったが、少し前からそこにいたのだろう。


俺の集中力を切らさないために静かにしてくれていたのは容易に想像出来た。



「師匠、場所お借りしています」


「勝手に使えと言ったのはアタシだからね、構わないさね」



時刻は午後十七時二十分。


実に四時間近く机と格闘していたことになるが、そうか、成功か…。


何度もゴミに変わったただの紙が、その中で唯一[ウォーターボールのスクロール]というアイテム名を授かっていた。



「水、球、単発、小型…ウォーターボールの魔法陣だね。またスクロールとはマイナーなものに手を出したもんさね」


「スクロールってマイナーなんですか?」


「作成自体が面倒なのもあるけどね、魔術を使える人間はわざわざ汎用性にしか取り柄のないスクロールなんてものに手は出さないさね」



スクロールは、魔術スキルを持っていなくても、そこに記された魔術を誰でも、一度だけ使えるという消費アイテムだ。


メリットは誰でも使える、MPを消費しないことくらいだろうか。


なので、魔術スキルを持っているのならばスクロールなんて必要ないし、尚のこと苦労と労力に効果が見合っていないと考えるのも頷ける。


スクロールのことを教えてくれた司書NPC曰く、自身の持っている魔術のスクロールしか作成出来ないとのことで、スキルの成長は人の魔力に刻まれる云々と詳しく話してくれたが、そういう設定なのだろう。



「国から依頼があったとしても、魔術士協会の連中は報酬を吹っかけた上で渋々、嫌々、引き受けるか迷うくらいにはマイナーなアイテムさね」



魔術士協会がどんなものかは分からないが、NPCのスクロール供給源はそこってことかな。



「でも、誰でも使えるって凄いと思うんですけど」


「一度きりってのが問題さね。それなら、魔術士を集めた方がよっぽど効率的ってことだよ」



うーん…。


NPCの戦闘を見たことがないけど、軍事利用とか、集団戦闘って目線で考えるなら、スクロールは使い勝手が悪いアイテムかもしれない。


ただ、プレイヤー目線で考えるならば、その考えは当て嵌まらないような気がする。


プレイヤーは基本一パーティ六人という制限が掛けられている。


普通フィールドで通常モンスターを相手取る場合は、一体のモンスター相手に複数パーティで攻撃すれば共闘ペナルティが発生するし、ボス戦ではそもそも制限人数以上は参加出来ないような仕組みになっている。


侵入制限しかり、インスタンスフィールドしかり。


なので、限られた少人数での行動を強いられているプレイヤーは、時に編成に偏りがある場合があるのだ。


前衛職ばかりで後衛がいないだとか、その逆で後衛ばかりだとか。


そうでなくても、プレイヤーというものは利益度外視の効率プレイをするものたちだっている。


ってな観点から、このスクロールというアイテムは、プレイヤーにとっては割と需要の高いアイテムなんじゃなかろうか。


まあ、労力と手間に見合ってないってのには同意するが、スキル次第で解決することも聞いている。


今度は利益度外視になるそうだが。



「しかし、手間が省けたよ。【魔法陣】は取得させる予定だったからね」



俺の記憶が正しければ司書NPC曰く、【魔法陣】は一度描いた魔法陣を記録するように保存してくれるんだったか?


さっき【魔法陣】と一緒に取得可能になった【模写】スキルや、他に【複写】スキルと組み合わせると、スクロールの量産も叶うらしい。


まあ、その場合は一つ複製するごとに魔法のインクを一つ消費するらしいので、インクの等級が上がれば上がるほど利益度外視になるそうだ。


ちなみに手書きの場合は、魔法のインクは複数回使えるようになっている。


ただ、師匠の話ぶりからして、スクロール量産のためという感じでもない。


最初の感想が『マイナーなものに手を出した』だったからな。



「【魔法陣】スキルが魔術の修行になるんですか?」



修行って言うと何か変な感じがするが、魔術の師弟関係なわけだから的確なのかな、と。



「【魔法陣】は魔術の改造をする為のスキルさね」


「魔術を改造…はっ!?自分だけの魔改造魔術!!」



ロマンだ、絶対取得しなければ!!


集中が切れて、どっと押し寄せていた疲労感さえ吹っ飛ばして、今し方上がったレベルに感謝しながら【魔法陣】スキルを取得し…ようとして項垂れる。


そんな俺をよそに話を続ける師匠。



「そんな大層なものじゃないよ。ただ、制限はあるが、使い方によっては上位の魔術よりも有効な手札にはなるさね」



SPが足りなかった…。


初期選択可能スキルは消費SPは一律1SPだが、後天的なスキルの取得に必要な消費SPは増減するんだよな。


【魔法陣】スキルは消費SP5だったのだ。



「いや、待てよ…」


「どうしたんだい、いきなり」



師匠に居場所を把握され続けるデメリットが印象的過ぎて忘れていたが、ここはあの迷惑称号の出番じゃないのか!?


称号【終焉の魔女の弟子】の効果は、師匠との訓練時に限り様々なメリットを及ぼすものだ。


経験値やスキル熟練度の上昇が主な効果だが、スキル取得SP軽減という効果もあったはず!


しかもその軽減幅は(極大)ときた。


MLはこういう効果範囲などは数値ではなく、


(微)→(小)→(中)→(大)


と表すことが多いってのは攻略サイトの情報だが、(極大)ってのは順当に考えれば(大)の次だと思われる。


つまり、その軽減幅はかなりのものだと期待していいと思うのだ!!



「師匠!!」


「本当にいきなりどうしちまったんだい?」



怪訝な表情を向けられるが気にしない。



「【魔法陣】スキルを取得させる予定だったってことは今取得しても問題ないってことですよね!?」


「何事も基本は大事さね、まずは地盤を固めるようなスキルからさね」



くっ、軽減されない!!


言葉ってよりは、師匠が訓練や修行みたく考えていることが大事という可能性もある、はず!


俺が初期ステ振りやスキル選択をしたときは、今になって思えば明らかに称号効果は働いていた。


【真・樹魔術】は『真』というよく分からない部分を排除して考えても、樹属性自体が未だプレイヤーが到達出来ていない属性だ。


そんなスキルが、初期選択可能スキルと同等の消費SPなわけがない。


つまりこの仮説において、訓練や修行というより、弟子を育てると師匠が考えている、もしくはそれに準ずる感情を抱かせることが重要。


飽くまでも予想でしかないが──。



「人と同じというのが悪いとは思いません」



独白するように語り出す俺。



「こりゃ、壊れちまったようだね…」



呆れ顔でそんなことを宣う師匠に、俺もそちら側の目線であれば同じように思うだろうが、それでも酷いと思う!!


しかし、それを無視して続けることにする。


心の中では泣いてるけどな!



「でも、俺は強くなりたいです!誰よりも!」


「だから基礎から学ぶんだよ。基礎を疎かにした上辺だけの力なんて脆いものさね」


「そうかもしれません…。でも、大量の同期がいる中で、一歩でも先に行く為には、他とは違う何かが必要だと思うんです!」



同期ってのは大量のプレイヤーのことだ。


攻略サイト曰く、プレイヤーやNPCといったゲームを助長させるような言葉はNPC相手に禁句らしい。


著しく好感度を下げることがあるので注意!!とトップページに赤文字で注意喚起されている。


真偽は不明だが、わざわざ危険を犯す必要もないし、グレンも似たようなことを言っていたので、NPCと話すときは少し言い回しを変えているのだ。


それはともかく、他のプレイヤーがスタートダッシュを決める中、街中に篭っていた俺が何を言っているんだ?って感じだが、今現在【魔法陣】スキルがとても欲しいことは嘘偽りではない。


そう、【魔法陣】スキルを取得することで、他プレイヤーより一歩先を歩くという表現は、飛躍表現であったとしても、嘘ではないはず!



「強い奴ってのは、一つずつ階段を登っていった奴のことだよ。本当に強くなりたいなら、今は我慢も必要さね」



ぐうの音も出ないとは、まさにこの事だろう。


強さに憧れても誰よりも強くなりたいとは思ってないし、他のプレイヤーを出し抜きたいなんて微塵も考えてない。


嘘…じゃなかった。飛躍表現を使って師匠を騙すのは難しそうだな。


ここは正々堂々勝負に出よう!



「師匠、【魔法陣】スキル欲しいです!魔改造したいです!強さとか正直どうでもいいけど、今すぐに【魔法陣】使ってみたいです!」


「こりゃまた、清々しいくらいにぶっちゃけたね…」



直前まで諭すように真剣な顔だった師匠の表情は、どうしようもなく呆れた顔に変貌した。



「素直なのはいいことだけどね、そもそもレベルが足りてないんだから諦めな」


「俺、師匠がやれって思ってくれれば何だって出来る気がします!」



もう完全に危ない奴だな。


不可能なことに対して、よく分からない感情論を捲し立てる。


こいつ、怖いんだけど…。


ただ、他人のステータスは覗けても、その詳細までは分かってないみたいなんだよな。


もしかしたら称号だけ見えてない可能性も考えたが、領主館の門番は一目で師匠の弟子だって見抜かれたからその可能性は薄い。


称号の効果が確認できるのがプレイヤーだけとかだったら、ゲームを助長させる言葉に引っかかる可能性もあるし、うかつなことも言えない。


なので、無茶な方法で師匠をやる気にするしかないのだ。



「よく考えてみてくださいよ、師匠」


「何が言いたいんだい?」


「俺ってLV.1でも【樹魔術】を取得出来たんですよ!才能あると思うんです」



うわぁ…。


これ、今言ってること知り合いにバレたら悶絶ものだな。


それに才能というなら、SP軽減してくれる称号を与えてくれる師匠の才能だし。



「そう言われれば確かに不思議だねぇ。でも、才能というのなら、こんな問答の前に取得していてもおかしくないさね」


「そ、それは師弟愛が奇跡を起こしたんですよ!」



レベルを上げてSPを獲得して、それを使ってスキルを取得する。


それしか方法がないにも関わらず、変な問答を繰り返す俺は、意味が分からないし、さぞ滑稽だろう。


こんなことをやってる暇があるなら、レベリングしてこいって話だからな。


もはや何を言っているのか分からなくなってきたが、そこで師匠が──。



「仕方ないねぇ、まったく。次は補助スキルを取らせる予定だったけど、そこまで拘るのなら【魔法陣】を目標に精進しな」


「お、おぉーーっ!!!」



段々面倒になってきた様子の師匠が、説得を諦めたように投げやりに言葉を放る。


すると、表示したままにしていたスキル選択画面の一部が変動し、【魔法陣】の消費SPが1に変わった!


感情の赴くままに【魔法陣】を取得する!



「ありがとうございます師匠!」


「おや、弟子がイカれただけじゃなくて、アタシのスキルまで不調みたいだね」



俺の予想は少し外れていたようだ。


称号効果の『師匠に関する訓練時』というのは、師匠と一緒のときだけではなく、師匠の出した課題なんかにも反映されているのかもしれない。


明らかに、今の流れの中で【魔法陣】を取得させたいという感情は一切見え隠れしていなかった。


つまり、師匠の感情ではなく、行動によって発動するってことかもな!


※済

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