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結果から言えば、派生属性の情報は公開されることに決まった。
隠しておくには少しばかり大きすぎる情報だということと、もし秘匿したとして何かの拍子にバレてしまった際の荒れ様が想像できないこと、そして何より俺自身の保身のためだ。
この俺の保身というのは、グレンが口を滑らせたことから始まった。
「じゃあ、私達のクランで対応するってことでいいかしら?」
「お願いします。俺だと掲示板使い慣れてないので、変なボロだしそうで…」
セシリアさんがこの件の情報開示の役目を引き受けてくれた。
グレン曰く、セシリアさん自身のネームバリューもそうだが、生産ギルドとしても名高いという雑貨屋えびすは、生産においてその情報は最先端であると言える。のだそうだ。
なので、そんな諸々の理由で、俺が頭を下げて話は終わるかと思っていたのだが──。
「でも、属性だけじゃなくて、魔術の取得条件まで分かってれば、かなり話は早かったのにね」
と、少し愚痴混じりの言葉がセシリアさんから漏れ出た。
たしかにこれはセシリアさんの言う通りで、この情報開示を行った後に予想されるのは、魔術スキルとしての派生属性の扱いに対する掲示板の荒れ。
それだけは容易に想像ができた。
派生属性の存在や、それに至る組み合わせが分かれば、じゃあ実際にそのスキルを取得できる方法は?となるのは容易に想像がつく流れだ。
そして、そんな愚痴に答えたのはグレン。
「ですね。どこまで基本属性を育てれば、とか具体例があれば、盛り上がりこそすれど、悪い方向にはいかな…そういや」
と、話が急展開しそうになったグレンを俺は睨んだ。
「…悪い方向には行かないと思うんですけどね」
「どうかしたの?」
「いや、なんでもないです」
取り繕っても、時すでに遅し。
セシリアさんは確信を持ってグレンに問うていた。
仕方がない、と割り切ることにする。
「最初に言っときますけど、前例ではなく特例ですからね?」
「そっちから来るのね」
そっちからとは、言い淀んだグレンではなく、俺から返答がくることに対してだろう。
俺だって話したくはない。
でもアホが口を滑らせてしまっては、一番面倒な役目を頼むのに筋が通らないと思うからな。
「まず、俺は樹魔術スキルを持っています」
「今日何度驚かされればいいのかしら。それで、特例ってことは、普通の手段で取得したんじゃないってことなの?」
「はい。端的に言うと──」
素直に白状することにした。
だって変に取り繕って長引くほど、あとの羞恥が大きくなるのが分かりきっていたから。
「──鳥の糞を食べさせられたら、取得可能スキル欄に出てきました」
「「はい?」」
それまで少し申し訳なさそうにしていたグレンも、何か起こり得る事態を少しでも改善出来ないかと耳を傾けていたセシリアさんも、等しく目を点にした。
俺は今の今まで仕舞っておいた三つのアイテムを、テーブルの上に取り出す。
そしてあの時、呆然と立ち尽くす中で、何とか撮ったスクリーンショットを二人に送りつけた。
「今、二人宛にスクショ送りました。それと、このアイテムを見て判断してほしいと思います」
俺が取り出したアイテムは、木の実、葉っぱ、枝、の三つだ。
ただし、そのどれもが今のプレイヤーには過ぎた代物だった。
枝は、辛うじて人でも持ち運べる大きさのものを用意してくれたのか、大きさで言えば俺の身長くらいの[???の枝]という詳細も不明の枝というより、幹だ。
葉っぱだって、成長し切ったものよりは随分と小さいものを選んでくれたようだが、六人が余裕を持って囲めるであろうテーブルと同じくらいの大きさをしている。これも[???の葉]という詳細不明の葉っぱだ。
木の実に至っては、理解の範疇をこえている。
見た目的にただ大きいだけの他二つと違い、大きさこそバスケットボールほどの七色に輝く桃のような木の実は、神秘的ではあるが食べたいとは思わない。アイテム名は[???の実]。
素材アイテムにはレア度というものが設定されているのだが、このアイテム三つは、そのレア度すらも不明なのだ。
二人は放心したまま動かないので、仕方なく言葉を続ける。
「補足をすると、その馬鹿でかい巨木は世界樹で、鳥の方は世界樹を管理する神鳥だそうです」
これは師匠が教えてくれたことだ。
曰く、あの糞は特別なものだったらしい。
世界の中心に天高く聳え立つ世界樹は、その役目を別に移すとき、新たな世界樹を芽吹かせるために特別な実を実らせるそうだ。
そしてその特別な実を、管理者たる神鳥の雛が食べ、巣立ちと共に種を糞と一緒に撒くのだそうな。
じゃあ、何故そんな大事な雛鳥があんな街中に居たのかといえば、師匠はその手伝いをしていたらしい。
特別尽くしの世界樹は、芽吹く場所も特別でなければならないという。
その場所の選定は神鳥自身が行うらしいが、親鳥は未だ健在の世界樹を離れられず。
その代わりに師匠が手伝っていたが、所用で自宅に戻ってきたときの不運な出来事がう◯こ事件だったというわけだ。
だが、ここまで詳細な説明はしないのが賢明だろう。
今は、俺の樹魔術取得のプロセスが異常なことだけが分かればいいのだ。
俺の【樹魔術】が、実際は【真・樹魔術】であることは言う必要はない。
師匠曰く、鑑定系スキルでステータスを覗かれても、他者からは同じく【樹魔術】に見えるとのこと。
「…ええ、もう分かったから、これ仕舞ってもらって構わないわ」
「だから、あの時言いたがらなかったのか…すまん」
セシリアさんは頭痛が痛いとでも言いたげにアイテムを仕舞えと言い、グレンは昼のことを思い出しこの流れを作ってしまったことについても謝罪した。
「異常な偶然が奇跡的に重なって、レン君の樹魔術が取得出来たんでしょうね。そういうことにして、話を纏めましょうか」
「これは隠しておくのが吉ですね。むしろ、派生属性を隠蓑にするくらいの気持ちで行きましょう」
と、二人は頷き合っていた。
というのが、ことの経緯だ。
正直に話して信じてもらえる類の話じゃないし、もしバレて問い詰められたときにこんな話をしようものなら、真実を隠すための嘘だと言われてもおかしくない。
俺含め誰も派生属性の正規ルートを知らないので、聞かれれば素直に知らないと答えるか嘘を述べるしかないわけで。
早く正規ルートが見つかることを祈るばかりだな。
「それじゃ、精神的に疲れちゃったけど、色々と有意義だったわ。派生属性もそうだけど、世界樹やら何やら…情報屋のこともそうね。今度何らかの形でお礼するから、もし何かあれば言ってちょうだいね」
「いえいえ、こちらこそ一番面倒なことお願いしてるので、おあいこということで。ご苦労お掛けします」
「任されたわ。じゃあ、私はこれで。グレン君も明日は早いんだから程々にね」
一足先にセシリアさんが去っていく。
正直に言うと中盤までは、俺ばかり情報開示して損な役回りだと少し思わなくもなかったが、今となってはセシリアさんに感謝だな。
「で、グレンはどうするんだ?俺はもう落ちたいんだけど」
俺もセシリアさんと同じく、精神的に疲れたのだ。
思い出したくもなかったう◯こ事件、何故か俺の意思とは関係なくどんどん周知されていくようだ。
このままでは駄目だと、俺の中の第六感が叫んでいる、気がする!
「その、ごめん!俺のせいで話したくないこと話させて!」
「もういいよ。どっち道、この結果になって一番ありがたいのは俺なんだしさ」
もし俺があのまま黙って、可もなく不可もない情報開示がされて、その後に万が一樹魔術がバレて…。
そうなれば、俺は大きな面倒事に巻き込まれてしまっただろう。
今もその面倒事になる可能性は排除しきれてないが、秘密を共有したことで、最大限の協力を得られることが出来るのだ。
悪い話ばかりではない。
「じゃ、俺は落ちるわ。セシリアさんも言ってたけど、程々にな」
グレンが今回みたいにやらかすことは、これまでもままあった。
小一からの長い付き合いだしな。
その度に俺が許そうと、絶対に自分なりに償おうとするので、こうなったグレンは好きにさせておくのが一番だ。
よし、明日はいよいよここ数日の集大成!
寝るぞー、めっちゃ寝るぞー!
なんとか、日付が変わる頃にはログアウト出来てよかったよ。
※済




