2
「おぉ〜」
側からみればとても間の抜けた表情をしているに違いない。
お上りさん臭全開で見渡す視界の先には、MLの街並みが広がっていた。
ただ、その街並みというのも、メインストリートと呼べるものは踏み固められた土だし、並び立つ木造家屋は少し古臭い。
周囲を大きく囲む防壁…と呼んでもいいのか曖昧な木組みの防護柵と、メインストリートから外に続く3mほどの少し大きな木製門。
どれを取っても、少し寂しげな始まりの村だった。どう言葉を飾っても町とは呼ばないだろう。
そんな始まりの村だが、耳を傾ければ奥様方の井戸端会議の声、子供達の快活なはしゃぎ声、馬の嘶き、土を踏み締める雑踏、肌を撫でる風、どこからか香ってくる芳ばしい匂い。
様々な要素がこれまでのVRゲームを凌駕して、ログイン直後の五感に襲いかかった。
ーーその完成度に驚いて、つい五感に集中してしまったのは必然だった。
とはいえ。
ゆっくりまったりとは言っても、立ち止まってるだけは流石に違う。
ということで、行動開始だ!
早速やってきました、初期フィールド!!
このフィールドを抜けた先にあるのが、【プリムス】という最初の町だ。
実は、さっきの村とこのフィールドはインスタンスフィールドになっており、プリムスに辿り着くまでがチュートリアルだったりする。
ちなみに、インスタンスフィールドというのは、プレイヤーやパーティ毎に個別の空間で、今回ならチュートリアルが終わるまでは他のプレイヤーと出会うことはない、俺専用のフィールドだ。
視界正面の奥の方に見える巨大壁がゴールだと推測できるので、そこに続くだだっ広い草原を跳ねるように駆けていく。
普段なら突然駆け出したりしないのだが、雄大な自然に囲まれている開放感や、現実と錯覚するほどのグラフィックに対する興奮、ゲームをしているというより自分は今そこにいると思わせてくる高揚感が、自然と足を動かしていた。
「おっ、こいつは…」
駆けながら、腰に佩いている木剣を抜く。
これは初期装備で、他にも急所だけ守っているような謎皮装備がログインした時から装備されていた。
ログイン前に“木剣と皮装備”か“木杖とローブ装備”か選べるのだが、しばらくソロプレイの予定なので、チュートリアルくらい前衛を少し試しておこうと思い木剣を選んだ次第だ。
今後魔法メインでプレイするにしても、早々に装備は買い替えるだろうから、選ばないであろう近接職を今のうちに体験しておくことも大事かな、と。
まあ、スキル選択を先延ばしにしているというのもあって、アシストは勿論無いので、隠れた才能が開花しちゃったり…なんちゃって。
と、思考に沈むのも程々に、目の前のプルンプルンのモンスターに集中することにする。
様々なゲームにおいて、最弱とも最強ともいわれる超有名モンスター。
その認知度は、かのドラゴンと並び立つと言っても過言ではないと思われるソイツは、俺が木剣を素人同然に頭上に掲げるのと同時、跳ねて鳩尾に突撃をかましてきた。
「ぐふぅっ!?」
え…、は…?
いやいや、チュートリアルモンスターちゃうの?
速すぎ…はしないけど、油断できるような速度じゃないんだが!?
「くっ、スライムの分際でよくもっ!!」
ぷるぷるんっ。
嘲笑うかのように少し身体を震わせるスライム。
ステータスすら振ってない、正真正銘初期ステータスの俺にはなかなかのダメージで、尻餅までつかされてしまった。
もはやコイツをただのスライムだと侮る心は俺の中にはなかった。
コイツは、屠るべき敵なのだと。そう認識を改める。
思考を置き去りにして、跳ね起き立ち上がり、その勢いのまま突撃!
何の技術もない、ただの勢いだけの突き。
「避けられるものなら避けてみろ!」
自分でもこんなに身体がスムーズに動かせたのか、と思えるほどのただ純粋な、されど鋭い(ような)渾身の突き。
決まった!!
「どべふっ?!」
と思ったときには、顔面にボディプレスをお見舞いされていた。
まさかこんな序盤に好敵手に出会っちまうなんてな!ぶべらっ!?
「なるほど…。つまり、あれはステータス振りとスキル選択前提のチュートリアルモンスターだと…」
現在地は始まりの村だ。
何度も尻餅をつき続け、その度に果敢に挑み続けたが、擦りもしないので一旦戻ってきた。
『そだな。というか、スキルはともかく、ステータスくらい振ると思うんだけどな、普通』
「それを言われるとぐぅの音もでない…」
そして、今のところML唯一のフレンドであるトモに、チュートリアルの理不尽に対する愚痴…もとい、突破の鍵を伝授してもらおうと、フレンドコールしていた。
始める前は、迷惑云々言っておいて恥ずかしい奴にも程があるが、スタートライン以前で躓いていては外聞を気にする余裕もないだろう。
ちなみに、レンテというのが俺のPNで、『ゆっくりしたプレイスタイルを』という意味合いでつけてみた名前だ。
“festina lente”、ラテン語で『良い結果に辿り着く為には、ゆっくり行くのがいい』という言葉から貰っていたりする。
そして、トモのPNはグレンだ。
ゲーム内で、本名しかり個人情報はご法度だからな。ゲームの時はしっかりPNで呼び合わなければならない。
『ただ、ひとつだけ良いことがあったりするぞ』
「いいこと?」
『ああ。ステータスもスキルも取らずにチュートリアルスライムを倒すとな、──』
「おおっ、頑張ってみる!ありがとな!」
グレンからとある情報を貰い受けた俺は、ステータスもスキルも初期状態のまま、木剣を片手に再度草原へと駆け出すのだった。
ところ変わって、チュートリアル草原。
俺はまたもやスライム相手に何度も何度も尻餅をつかされていた。デジャブだ。
「くっそ!攻撃手段なんて跳ねるしかない癖に、なんでこんなに強いんだよ!」
「ぷるぷるっ」
グレンから貰った情報も、こいつを木剣だけで倒せないと意味がないのだ。
スライムの動きはまるでリズムゲームだ。
突けば、スライムは上に跳ねて…ついでのように顔面にボディプレス。薙げば、粘液体を薄く伸ばして…躱したあげく脛に体当たり。大上段から振り下ろそうとすれば…そもそも動きが大きすぎて先手必勝とばかりに鳩尾ダイブ。
当然だが俺がリズムゲームしているわけではなく、スライムがリズムゲームしているところがポイント高いよな!
なんというか、致命的なまでのセンスの無さが光り輝いてるというか。
グレンの話では、木剣でも木杖でも三発くらい当てれば倒せるらしいのだが…。
あ・た・ら・な・い!
そもそも、このまま続けてマグレで一発当てたところで、次また同じことを繰り返すのかと思うと、それだけで暗い気分に沈んでしまいそうになる。
「どりゃ、うおっ?!」
当たらなさ過ぎて徐々にストレスが溜まっていたせいだろう。
力み過ぎたのか、薙いだ勢いあまってバランスを崩して転倒してしまった。
しかし、そこで奇跡が!
受け身も取れず身体を打つ衝撃が走り抜けていく中、たしかに見たのだ。
仰向けで転がる視界の先、呆然とただただ握られているだけの木剣の先端が、俺にカウンターボディプレスをお見舞いしようとしたスライムの側面に擦り、赤いダメージエフェクトが出た瞬間を!!
「……ぃよっしゃぁぁぁあああ!!!ザマァみろ、この粘液体!散々調子乗ってくれたなァ!油断してるから、こんなケアレスミスするんだよ!ザァァァコォ!!」
自分のことを棚に上げ、顕限りの感情をぶつける。
それまでに溜まりに溜まったストレスは余程なものだったらしい。
罵詈雑言をぶつけながらも、立ち上がりスライムと正対することを忘れない辺り、まだ冷静さはカケラほどだが残っていたようだ。
「はぁ、はぁ…よしっ、あと二回!二回当てれば俺の勝ちだ!」
俺の初期HPは100しかないとはいえ、このスライムの攻撃で受けるダメージは1でしかない。
このゲームは戦闘中の自然回復はスキルを取らない限りあり得ないので、実質100回まで耐えられる!
とは言っても、もうすぐ半分を切りそうなんだが…。
「どりゃぁぁぁあ!!!」
ぷるぷるぷるっ…
…………………
……………
………
…
「だぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!負けたーーーーっ!!!」
始まりの村の中央。
そこにある井戸の真横で、包まれていた光を霧散させながら俺は叫びをこだまさせた。
※済




