159/土
バグってくれるなよ!
もしもバグらずに意識を保っていられるのなら、お前はそこに生きてるってことだ!
「…つまり、僕はどこかの誰かが創り出した人工知能で、機械がピコピコと明滅を繰り返すだけの存在だと、おはようと話しかけられて、村人が「やあ。始まりの村へようこそ」と繰り返すだけのNPCだと、君はそう言いたいのかい?」
「必ずしもそうとは思いませんけどね。これだけリアルな世界で、ゲームの中でパラレルワールドと繋がっているなんて夢がある。それに、勇者様はその自分の中に渦巻く感情が虚構であると、そう思うのですか?」
「………いや、この感情が嘘なんてことは有り得ない、あってはならないことだよ」
長い沈黙に若干の焦りを覚えたが、ひとまずは大丈夫そうか…?
「僕のこの、憎くて憎くて今にもこんな世界なんて滅んでしまえと叫ぶ慟哭も、歌恋が残してくれた僕が唯一勇者でいられる思い出も、全て本当の僕の記憶だよ。これだけは、これだけは誰にも否定させない」
「であるなら、ここは異世界です。勇者様と俺達は、別の日本から異なる手段でやってきただけの、同じ異邦の旅人です」
「同郷じゃないってのは、あながち嘘ではなかったわけだ」
一旦山場は乗り切っただろうか。
「でも、それがなんだと言うんだい?今言ったとおり、僕の意志は変わらない。あの魔王に復讐するための力が手に入るのなら、代わりに世界だって救ってみせるよ。その為だったらなんだってやる」
「言ったでしょう。俺はプレイヤーで、俺以外にもプレイヤーはわんさかいる。そして、プレイヤーってのがどんな存在か、勇者様なら理解出来るのでは?」
「命を惜しまない、立場が違えば理解に苦しむ狂気の存在。ボスにだって…そうかい、理解したよ。レンテ君が言いたいことを全てね」
「リュウセイ、私達にも分かるように説明して頂けませんか?」
「プレイヤーっていうのはね、死なないんだ。死なないから、どんな理不尽にもゾンビのように立ち向かう」
「一部の異邦の旅人に備わると言われる能力ですね。最近、セントルムから流入してくるようになったとお兄様から聞き及んでいます」
一応、帝国側もプレイヤーの異常性は知っているらしい。
「人工知能やNPCと言うのは?」
「…僕らが、どこかの誰かに創られた存在ってことだよ。たしかに覚えている昔の幸せな記憶も、殺意に支配されそうな感情も、ロンディーネ達との何気ない日常も、全て仮初で、ただデータ上の存在に過ぎないってことさ」
世界五分前仮説というものがある。
世界の全ては五分前に誕生した。人間が過去と認識する記憶も、実は偽の記憶として植え付けられていて、凡ゆる事物がそうあるように、過去と一緒に創造されたというやつだ。
皇女様に突きつけられた事実は、人工知能云々とは別に、それに近い憶測まで孕ませるだろう。
「データ?というものがよく分かりませんが、それは我々人種が神に創られたことや、ホムンクルスが人の手によって創られたことと何の違いがあるのでしょう?」
「は…?」
ちょっと現実を飲み込むまで時間をもらえないだろうか。
なんで天野川以外のNPCまで理解を示している…?
この話をすると、NPCは軒並み嫌悪感を示すんじゃなかったのか?
何故、すんなりとその事実を受け止められる?
確かにファンタジー的な理由で納得する余地はあるように思えるが、でもだけど!
この相互の認識が擦り合わせられたトリガーはなんだ?
やはり勇者である天野川か?それか若しくは、時折称号で存在を仄めかされているNPCとの好感度?
分からない。分からないが、これ配信に載せて大丈夫だったのか!?
シークレット扱いじゃない事を祈るが、それ以上に勇者や聖女なんかよりよっぽど爆弾だぞ。
そうなった意味まで瞬時に理解出来るほど俺の脳は高性能じゃないが、プレイヤーにもNPCにも大混乱が起こるのは間違いない。
いや、でも今はこれも棚上げだ、くそっ。
変な方向に話が進む前に軌道修正しなければ!
こんな降って湧いた大問題の解決策なんて思いつくわけがない。
そもそも配信してしまっている時点で、どうしようもないくらいにアウト判定だからな!
「とにかく!俺達がプレイヤーだって事を理解してもらえたなら、勇者様はこの場でのその重要性に気付いてもらえるんじゃないですかね?」
「…もしかして、映像共有、いや配信しているのかい?」
「大正解です。皇女様にも分かりやすく言うと、プレイヤーは独自の情報伝達手段を持っているので、それを使って万を超えるプレイヤーに、この騒動を映像で共有しています」
「なるほど。ですがそれに何の問題が?一万であれ、十万であれ、烏合の衆が我が帝国でさえ敵うか怪しい存在の助けになると?」
未来視に勇者以外の異邦の旅人がいないことの不自然さには気付いてもらえたようだ。
皇女様の返答は理解した上でのそれだろう。
まあ、そっちを理解していても、俺達が戦力になるとは考えていないようだが。
「違うよ、ロンディーネ。プレイヤーってのは、死なず…正確には死んでも生き返って、尚且つ強くなろうとする意欲が異常に高いんだ。そして彼らは…勇者である僕なんかより絶対に強くなる」
「それは…リュウセイが言うのなら一考の余地はありますが…」
「最悪、全てのプレイヤーが帝国の敵に回る可能性もあるかもしれない」
いや、どうだろう…。
俺の意見としては非常に拙い。
何かひとつ、小石を蹴るくらいの衝撃で趨勢が向こうに傾きかねないほどに危ういぞ…。
皇女様が自分がAIだと言うことに理解を示してしまった意味は大き過ぎるほどに大きい。
何故なら、今までどうしても存在していた、プレイヤーとNPCの理解を示し合えない部分での隔たりを取り払ってしまったのだから。
その部分で理解し合えるのなら、プレイヤーとNPCは真に友となれるだろう。
であれば、プレイヤーかNPCかの垣根など関係なく、仲間がプレイヤーであることの意味も薄くなった。
そして、こうなってしまうと前提が崩れてしまう。
天野川と他のNPCは、認識の相違によって意見を違える筈だったのだ。
お前は人間じゃない、人間を模倣したデータの集合体なんだよ!なんて言ってくる奴と、自分自身がそう言われてるにも関わらず理解を示す奴。
そんな奴らとなんか、分かり合えるわけがないのだから。
だから天野川はプレイヤーに対して積極的な行動を取ることができず、今回俺が扇動していると知った上でお祭り騒ぎに乗じただろうプレイヤー達は、帝国に抱き込まれることなく、抑止力として、そして未来視攻略の糸口になってくれるはずだった。
でも、天野川と皇女様は意見を共有してしまった。
帝国はプレイヤーという存在を認知したどころか、プレイヤーのことを理解している専門家を手に入れたのだ。
プレイヤーの行動原理や、されると嫌なことを共有して、帝国側にプレイヤーが所属するように手を回される可能性が非常に高くなった。
そして、何よりも最悪なのはプレイヤーの裏にいる不可侵の存在を利用されることだ。
運営。ゲームマスター。開発。
言葉は何でもいい。
これらは言い換えれば、神よりも上位の存在で、それはプレイヤーの共通認識だろう。例外はいるかもしれないがな。
しかしこの世界には、運営神なんて存在はいやしない。
たとえ、最高位権限を所持していて、それで好き勝手に弄ぶことが出来ようとも、この世界の歴史の末端にさえ登場しない異教の虚像だ。
だとすれば、本当に最悪なシナリオは架空の神を祀る異教徒と神聖国が対立してしまうことであり、それは分かりやすく言えば、プレイヤーvsヴェルム神聖国と同義だった。
たとえ教皇が理解を示そうと、その他大勢の信徒がそうとは限らない。
実在する聖霊王を崇める精霊信仰とは訳が違う。
運営神は突然現れた異物だ。そのせいで世界に騒乱を齎すと言うのなら、邪神とさえ罵られるかもしれない。
聖女マリアを救ってもいいだけの大義名分は用意したつもりだ。
だが、どう考えても形勢は逆転し、今の時点で勝ち馬は帝国であり、此方は圧倒的に負け馬である。
何せ、もしプレイヤーと対立することになれば、絶対中立を掲げる神聖国は傍観を決め込み、最悪を踏み越えた先の未来は、俺個人vsプレイヤーを抱えた帝国という構図が出来上がる。
戦力差もさる事ながら、俺にはプレイヤー全体に支払えるような報酬は用意出来ない。
こちら側につくメリットは、ワンチャン聖女様とお近づきになれるかもしれない程度である。
うん。一部物好きはこっちに靡いてくれそうだな…。
とはいえ、このままでは情報を漏らしただけの大義名分のみを声高に叫ぶ負け馬には変わりない。
逆に敵に塩を送るような真似さえしてしまっている。
セントルム王国以外の国が開放されて、今間違いなくホットな国はヴィクトリア帝国だ。
なんてったって大陸最大の国土と人口を有する、言ってみれば大陸の中心地だからな。それは勿論、地理的な意味ではなく情勢的な意味で。
プレイヤーとNPCの垣根が取り払われた今、多くのプレイヤーがそれぞれ帝国で築いた関係を捨ててまで、こちらの味方をするか?
此方に傾いていたはずの均衡は、たったの一手で致命的なまでに覆されたと言っていい。
まさか本当に頼らざるを得なくなるとはな…。
あの腹黒王女どこまで把握してるのか。
マリアよりよっぽど未来視してるんじゃないだろうか。
「じゃあ、最後にダメ押しと行きましょう。今までの情報を踏まえた上で、これが提案内容です」
これでも駄目なら、大陸全土を巻き込んだ混沌が生まれるだろう。
もしかすると、うちのパーティの戦闘愛好家が望んでいるのかもしれない混沌とした未来。
「もしヴィクトリア帝国がヴェルム神聖国へ、これ以上の何らかの侵略行為を続けていると此方が判断した場合、以下の国家はヴェルム神聖国側を全面的に支援し、武力行使も辞さないものとする。以下が上記に正式に同意した国家である。セントルム王国、妖精の国フェアリアス、オレメア王国、ドラゲニア竜皇国、獣人国家ビーストスプリーム、アヴェント王国、フェリス小国連邦、学都インパラーレ。以上を、セントルム王国国王以下国家元首代理として、貴国に陳情申し上げる」
「セントルムの暴走姫の仕業ですね…」
「大人しく引き下がってもらえますでしょうか?仮に大陸大戦をお望みの場合は、今回に限って終焉の魔女も参戦することをお伝えしておきたい」
師匠って基本的に人の争いには手出ししないらしい。
「…ひとつだけ確認してもよろしいでしょうか。今後も祝福の儀は行って頂けるのですか?」
「それはもう、帝国と神聖国が仲良くして頂けるのでしたら、今まで通りの良好な関係で行きましょう、と陛下からも言伝頂いております」
いや、知らんけどね?
テューラに最終手段としてこれ言えって言われたからさ。
知らない国も幾つかあるし、勝手に国家元首代表にされてるし。
プレイヤーから変な二つ名付けられそうで嫌なんだけど…。
「あの女狐を相手にするには、今の帝国では役不足でしょう。今回は大人しく引き下がらせて頂きます」
「皇女様とはいえ、帝国の代表としての発言と捉えても宜しいのでしょうか」
「この件は私に一任されていますから」
なんか握手を求められたけど、これするべき?
罠の可能性もあるけど、既にドンパチを終えたディーネ達が背後から何も言わないってことは大丈夫なのだろう。
「次の機会を楽しみにしていますね、レンテさん」
うわぁ、怒ってるよ。
こっわ。
もう二度と会うことがありませんように。と心の中で拝んでいると、天野川からも一言。
「僕が勇者である為に必要なら、今後も同じことをやると思う。考え方を変えるつもりはないから、次は戦うことにならないように祈るよ。レンテ君は僕の、いや勇者の天敵だからね」
おい、余計なこと言い逃げして帰るんじゃねぇ!配信中だぞ!
〈称号【黎明の岐路】を獲得しました〉
〈称号【勇者の天敵】を獲得しました〉
〈【運命操作】スキルを獲得しました〉
おい、運営!お前ら今称号追加したんじゃねぇだろうな!?
配信中に喚き散らすわけにもいかず、仕方なく帰還の途に着くのだろう勇者一行の背中を見送り、ボッコボコのギッタギタにされたバラキエルに目を向ける。
誰だ、翼の羽毟ったやつは。
見るに耐えない姿になってるぞ。
「……い、…るさない、許さない!許してなるものか!」
〈称号【天堕とし】を獲得しました〉
〈【反転】スキルを獲得しました〉
禿げたはずのかつて純白だった3対6枚の翼は漆黒でふさふさになる。
なんだ、なんかまた称号生えたぞ。
いや、堕としたの俺じゃなくて、立派な翼をその面影がなくなるくらいに毟った真犯人だろうに。
「完全に堕天したか、愚か者め」
なんかそう言うことらしい。
あれかな、絶望覇気のせいでバイオレットオーガがスキル獲得してしまった時みたいなことだろうか?
それか、切り替え式堕天野郎だったのが、完全に堕天使になってしまわれたとか。天使に戻れなくなった説。
それはともかく、あの羽毟って素材にしたら、良い育毛剤作れそうじゃない?
いや、翼の特性じゃなくて、そういうスキルの能力なのか?
取り敢えず、第二ラウンド開始かな。
しっかりカメラに収めとくんで、やっちゃってください!
ってか、いい加減に他力本願じゃなくて、自分でも力付けないとな…。
偉そうに啖呵切っといて、全部聖霊王任せなのは流石に格好悪すぎる。
今回のことで痛感しました!
なんか毎回痛感してる気がするけど、今回は本気で反省してます…。




