151/土
どうやら、何故聖女様がここにいるのかの説明に入る前に、勇者πから何やら話したいことがあるらしい。
「教皇様を前にして嘘を吐いても仕方ないし正直に話すけど、僕のユニークスキルは【星の勇者】の他に、【大器晩成】【太古の英雄】【千変馴化】の四つあるんだけど…ああ、ユニークスキルっていうのはね」
「いや、知ってるから気にしないでいいぞ」
気遣いまで完璧な優男だ。
勇者でイケメン、気遣いが出来て、その上優しい(偏見)。
何故神は一人の人間で完成系を目指そうとするのか。その一部だけでも俺に分けて欲しいよな!
今度ミドリ様に会ったら、なんで俺には二物どころか、一物すら与えられなかったのか聞いてみよう。
イチモツは付いているだろうガハハハハ!なんて言われ、るはずないな。
セクハラです、反省してください。
頭の中のミドリ様にアイアンクローを見舞われながら厳重注意を喰らっている間も話は進む。
「星の勇者、大器晩成、太古の英雄は今は関係ないから説明は省くね。気になるなら後で教皇様にでも聞いてよ」
明らかに日本人顔な俺を見て郷愁にかられているのか、逐一俺の為に補足を入れてくれるが、別にいいんだぞ?
勇者πの隣の皇女様の視線が怖いし、話が進まない。
「それで千変馴化なんだけど、自分が受けたことのある支援効果を、自分でも使えるようになるんだ」
千変馴化には10個のスロットがあるらしく、自分が受けたことのあるバフを最大で10個まで登録しておけるという。
そしてそのスロットに登録してあるスキルだったり、魔術だったりを、同じように扱えるようになるのだとか。
え、強ないですか?
ただ、例えば光魔術のエンチャント・ライトを受けたとして、光魔術が使えるようになるわけではなく、飽くまでもエンチャント・ライトが使えるようになるだけらしい。
だが、例えばディーネ達が使うような最上級のバフを低レベルでも使えるようになるというのは、かなり便利だろう。
まあ、MPとかのコスト問題は如何ともしがたいっぽいけどな。そこは、魔力を貯蔵しておける魔道具で補っているそうだ。
なにそれ欲しい!
「それに、千変馴化に登録したバフは、デメリットが無くなるのに加えて、もし同じスキルを僕が取得していたら効果が重複するんだよね」
まさに勇者に相応しいチートスキルだな!
例えば、【狂人化】というスキルがある。
フレーバー的には理性を手放して、圧倒的な力を得るこのスキルだが、実際の効果はSTR以外を軒並み低下(中)させる代わりに、STRを上昇(大)する。
これを勇者の説明に照らし合わせれば、STRの上昇効果という美味しい蜜だけを吸い上げて、不味い部分は纏めて唾棄するってことだろう。
それにこの説明の仕方、自分で自分に掛けたバフでも、スロットに登録可能っぽいな。
その場合、元スキルで発動する場合はデメリットは受けるのだろうが、千変馴化で発動する方はデメリットを棚上げして、良いとこだけを不正受給に、二重給付だ。
控えめに言って違法です?
単純なバフ重複スキルってだけでなく、デバフ無効化まで備えているとか、もうオメェが勇者だよ!
「それってバフだけしか登録できないのか?デバフは…あ、一般人なのにすみません…」
勇者ハーレム目が怖いよ…。
ありゃ、視線だけで人が殺せる奴の目をしてやがるぜ!
ちょっと気になったから質問しただけなのに、蛇に睨まれた蛙状態です有難うございます。
「そういえば試したことがないね。ロンディーネ、どうかな?」
「どうでしょう、試してみないことには分かりませんね」
皇女様も把握していないらしい。
まあユニークスキルって条件さえ満たせば誰でも覚えられると、師匠とマーリン爺が言っていた記憶はあるが、勇者が持っているのは殆ど一点ものみたいなスキルだろうしな。
こんなのがありふれてたら世界は混迷を極めてるだろうよ。
流石に大国の姫とはいえ、知らなくてもおかしくないのかもしれない。
「聞いたのは俺だし、ものは試しで俺が試してみてもいいか?」
「そうだね、気になるしお願いしようかな」
「貴方、レンテと言いましたか?勇者スキルは生半可な呪詛は弾いてしまいますよ」
「じゃあ、俺が出来る最大のデバフを掛けてしんぜよう」
忠告なのか、挑発なのか知らないが、喧嘩ならば買ってやる!
いえ、単に今の俺が少しでも勇者に通用するのか試してみたいだけなんですけどね?
傲慢スキルもあるし、ちょっとカースドを試すくらいのつもりだったが、やってやろうじゃねぇか!
「これ、もし勇者様にデバフが通ったら勇者に仇なす危険分子とかで処分されたりしないよな…?」
「あはは、そこは僕が保証するから安心してよ」
「いや、勇者様より背後の…いえ、信じてるから!」
これ以上余計なことは言わずに、人類の救世主を信じよう!
なんたって俺も人類なのだから!
全力で守られる準備は万全だ!
「では行きます、【畏怖】!」
「これは…凄いプレッシャーだ。君を前にすると竦んで、身体が動かしづらくなるんだね。戦闘中にもらうと厄介そうだ…」
「リュウセイ、本当に勇者スキルの耐性を貫通したんですか?」
「うん。ロンディーネ達には影響ないところを見るに、対象が単体な分強力なスキルなのかな?」
「そうですか…」
なんですか、そんな思案の目でこっちを見ないでほしいんですけど!
えっ、俺処分されないよな!?
だがしかぁし!俺のターンはまだ終了しちゃいないぜ!
なにせ、最大のデバフを見舞うと約束したからな!
「でも、残念ながらデバフは登録できないみたい──」
「【絶望覇気】!」
「なっ!?」
「えっ!?」
あら、聖女様まで驚いてるけど、もしかしてこのスキルって持ってちゃ不味かったりしちゃいます?
それに皇女様も声に出して驚いてるし、他のハーレムさん達も目を見開いている。驚いてなさそうなのはショタっ子くらいだ。
そういえば、このスキルの出自って駄目な感じだったような気もしますね、はい。
「これは凄まじいなんてものじゃないね。ステータスは三割低下して、スキルまで使用不可とは…」
「私の耐性までものともしないなんて一体…」
もしかして聖女様が驚いてた理由って、このスキルを持っているからではない?
でも、この絶望覇気というスキルは、俺よりも低レベルか、俺に対して畏れを抱いてないと効果がない、畏怖スキルとコンボしないと使いどころがイマイチなポンコツだぞ。
聖女様って俺よりレベルが低いのだろうか。
いや、勇者ハーレムのこの反応を見るに、彼女達にも効果が及んでるっぽいし…。
もしや、他のスキルや称号が悪さをして、多少のレベル差ならものともしなくなってたり。
そうじゃなければ、俺はこの部屋の中でショタに続いて、No.2の強さの男ってことで大丈夫ですか?
言葉だけ聞くとなんとも情けないな!
「貴方、もう十分でしょう。早くこれを解きなさい」
「え…?」
皇女様に怒られてしまったが、任意に解除なんて便利なことができたのか。
目から鱗です!
だって、今までは一度お見舞いしたら倒すか、自力解除されるまで放置だったし気付く余地なくないか?と弁明したい。
「あ、本当に解除できた。介護が必要なポンコツなんて思って申し訳ございませんでした、絶望覇気様」
「そんな凶悪なスキルを使えたとは…。ただの冒険者ではありませんね?」
「いや、そんなこと言われても。実際このスキルって、多分皇女様が思っているほど便利じゃありませんよ?」
「何を馬鹿なことを。私はともかく、勇者と聖女の耐性を貫通して、文字通り絶望的な呪詛を与えるスキルが便利じゃないと、貴方はそう言っているのですよ?」
「このスキル、俺が畏怖を掛けた相手か、俺よりレベルが低くないと掛からないんですよ」
「貴方のレベルは?」
「42ですね」
「私は122です」
あ、はい。
うちのパーティの脳筋よりレベル高いなんて、もしや貴女もあの腹黒と同類だったりしませんか?
現実逃避をそこそこに、そんな犯罪者を睨むように見つめても、嘘は言ってませんって〜!
「あー、もしかしたら他のスキルとか称号の影響かもしれません」
もはや、どれがどう影響してるのかは分かりませんけど…。というのは、心の中に閉まっておく。
分かりやすいのは、スキルなら【傲慢】【効果増大】辺りは怪しいし、称号なら最近獲得した【讃えられし者】【万能の呪詛師】と最近変化した【下剋上】は間違いなく影響していると思う。
それ以外も悪さをしていてもおかしくない。
特に称号は効果が曖昧なものも多いしな!
「ああ!」
「突然大声を出すなんてリュウセイらしくないですね。どうしたのですか?」
「あ、ごめん。でも、そのちょっと言いづらいんだけど…」
こちらにチラチラと視線を送り、言っていいのか迷っているそぶりを見せる勇者πだったが、意を決したように言葉を紡いだ。
「スキルが無効化されたことで、千変馴化に登録されてたバフが消えちゃった…」
「…申し訳ございませんでしたぁ!」
それはもう滑るように土下座を敢行しましたとも!
これまで、そしてこれからの人生で三本の指に入るであろう流麗で澱みのない、相手にもその所作に移るまでの違和感を与えない完璧な土下座だった。自己採点だが。
目の前のイケメンが完璧な勇者なら、俺は完璧な土下座で張り合えるくらいには完璧だったぞ!
「まあまあ。また登録し直せばいいだけだし、頭あげてよ!」
「冒険者から勇者の天敵に職業変えた方がいいんじゃないですか?」
「うっ…」
絶対にプレイヤーの前で言わないで欲しい言葉ランキング1位『勇者の天敵』、堂々のランクイン!
「あ、あの、俺が使えるバフで珍しそうなやつ掛けるので、許してもらえないでしょうか…」
「許すも何も、リュウセイが約束してたことを、私が違えることはありません。非常に残念ですけどね」
勿論許しを乞うのは、お優しい勇者様じゃなくて、恐怖の皇女様だ。
当たり前だろ?
「しかし、あのようなスキルを使う一般冒険者が珍しいと評する支援効果は気になりますね」
「喜んで掛けさせて頂きます!」
心はいつだってビギナーだぜ!
うむ、なかなかにダサくていいな!
一旦勇者様とパーティを組む。
このスキル、自陣営という表現だとどこまでが対象か分かりづらいのだ。
パーティを組んでいるなら効果対象になるだろう。
「行きます、【英雄覇気】!」
「お、今度は登録できそうだよ。えっと、味方全体にステータスバフと、敵へのステータスデバフ、そして自分には自陣営の人数に比例してステータスバフ、か」
「なんですかそれは…、今回の計画が馬鹿らしくなりますね」
俺が使うより帝国の勇者が使った方が、圧倒的に強スキルへと変貌するだろうな。
計画とやらについては、どうせこの後説明されるのだろうし、今は放置しておく。
「どうでしょうか…」
お許し頂けますかね?
「もう少し危機感を持った方がいいと、よく言われませんか?」
「案ずるな、ロンディーネ殿。此奴はセントルムの聖女と妖精の姫のお気に入りだ。其方も知っておろう、終焉の魔女の弟子の噂くらいはな。いくら帝国でも、そう易々と手は出せまい」
「まさか、この一般人を自称する冒険者がそうだと…?」
「信じないのは構わんが、セントルムの暴走姫に睨まれたいのなら好きにするといい」
おい!スラスラと人の秘密バラすんじゃねぇ!
でも、セントルムの暴走姫という二つ名は心にメモっておきましょう!
なんとテューラにお似合いな言葉だろうか。
彼女は戦闘愛好家の暴走姫なのです…。ふっ。
「レンテ、いくらセントルムとフェアリアスの後ろ盾があるとはいえ、帝国の皇女と勇者相手に不用心が過ぎるぞ。勇者のユニークスキルを無効化することが、帝国にとってどういう意味を持つか考えて、もっと自覚することだ」
「はい…」
そんなこと言われたって知らなかったもん!
まさか勇者のユニークスキルのメタ張ってるとは思わないじゃん!千変馴化みたいなスロットに登録するようなスキルが存在することを今日初めて知ったし、それを絶望覇気が無効化してしまうことも初めて知ったのだ。
だって絶望の状態異常は、発動中のスキルや、強制発動型の発狂モード系のスキルには効果ないんだぞ?
まさかそんな副次効果があるとは夢にも思わなかった。
拝啓テューラ様、セレスティア様。
今日だけは貴女様はわたくしの女神様のようです。




