150/土
少し緊張してきた。
実際にプレイヤーではない本物の勇者と会うとなると、メインストーリーに絡んでいるような気分がして不思議だ。
とはいえ、これまで見聞きした情報に照らせば、勇者も聖女も安売りでもされているかのように、最低でも両手の指ほどの数はいるっぽいし、メインストーリーに絡まない勇者も多そうだ。
まあ、今のところMLにメインストーリーの気配は皆無だけどな。
強いて言うなら、テューラを中心に世界が回ってそうなくらいには、アイツは自由奔放だってことくらいだ。
「星の勇者ですか?」
「私が知っている限りでは、状況に応じて様々な自己強化を施し、周囲にも強力な支援効果を与える、支援特化の勇者のはずだ」
「そんな簡単に他国の勇者の情報喋っちゃっていいんですか?」
「此奴に関しては例外でな。勇者としての力の他に、召喚者としての力まで備わっている特別製だ。そのポテンシャルは、帝国最強にも手が届くかもしれない…が、召喚者が召喚された際のサポートは神の役目だからな。新米勇者の情報が我々に筒抜けなのは向こうも分かっていて召喚しているのだ」
「いや、それを俺に話しちゃって大丈夫なのかってことなんですけど…」
別になんでショタ教皇が勇者のスキルを知ってるのかなんて聞いていない。
一国のトップが、他国の脅威となり得る存在の情報は入念に集めているだろうし、勇者ともなれば尚更だ。
「だから、言っておろう。帝国は理解しているのだ。絶対中立であり、神と共に暮らす国である我らどころか、神々さえも欺き召喚された勇者の情報は、中立的に神聖国から世界に知らされるということを。勿論、神を騙したその傲慢も全て赤裸々にな」
「もしかしなくても、帝国に怒ってます?」
「怒っているのは私ではなく、神だろうな。神聖国と帝国が危うい均衡の上にあるというのは、そういうことだ」
おいおい、そんな状況で元凶たる勇者πを差し向けてくるなんて、帝国は神聖国相手に戦争でもおっ始めるつもりなのか?
「そんな状態でよく勇者を招きましたね?いや、そもそも帝国から勇者が来るってことは、祝福の儀を受ける子供達も帝国民ってことなんじゃ?」
「勇者にも子供達にも罪はない。祝福の儀は、全ての人々が当たり前に享受できなければならない権利なのだ。そして、勇者問題は今はまだ表面化すらしていない問題であるからな。絶対中立な我が国としては、祝福の儀を突っぱねることは叶わんのだ」
「もし帝国が神聖国に牙を向いたらどうするんですか?」
「無論、神の裁きが降るであろうよ」
うぇぇ、こわっ。
つまり、ここで勇者に何かあれば、問題が表面化するってことですか?そうなんですね?
おい、ミドリ様よぉ!聞いてないんですけどぉ!?
そんな世界の命運を左右するような大役を、黙って任せないでくださいませんかね!?
「ふむ。どうやら、勇者一行が到着したようだ」
何かのスキルだろうか。
窓の外に目を向けているわけでもなく、会話の最中に勇者の来訪を察知した様子。
ちなみにディーネ達は別室に控えている。
勇者様と初対面な中で、頭の中で煩くされても敵わないからな。
それから暫くして、メイドが勇者一行が教皇邸へ来訪したことを告げに来た。勇者様達は応接室で待たせているそうだ。
裏や頭の中ではいくらでも勇者πと呼び捨てるが、今の話を聞いて絶対に険悪な関係になることは許されなくなったので、勇者様と敬称を心掛けねば。
そして、仲良くなったら外させて貰えばいいのだ。
まあ、仲良くなる前に早くセントルム王国に帰りたくなってるけどな!
グランベル猊下と共になっがい廊下を歩く。
あ、グランベルってのはショタ教皇の名前だ。ほら、イェレミエルが初日に喚いてただろ?
グランベル!って。
なんか外見的特徴で覚えてしまった後で矯正は難しいかもしれないけど、頑張って名前覚えます、はい。
なお、下に続く名前はまたの機会にもう三度ほど教えてもらおう。この廊下と同じくらいなっげーんだ、これが。
「幻惑か…」
シャラン、とグランベル猊下が錫杖で地面を軽く打って鳴らすと、気づかないうちに俺たちを覆っていた魔力が霧散した。
「今のは?」
「何者かが私達に幻惑を掛けていたようだ。慌てずとも犯人はこの先にいよう」
教皇相手に教皇邸でそんな馬鹿したの勇者様じゃないだろうな…。
応接室で待っていたのは七人の男女だった。
とはいえ、男女比は1:6と何処のハーレム野郎だ!と叫びたいくらいに清々しい構成だが。
いや、正確には1:5と別に一人って表現が妥当だろうか。
厳しい表情でこちらを見やるのは、ヘーゼルとアンバーのオッドアイが美しい白髪の修道女で、勇者パーティというわけでもなさそうだが、こちらサイドというわけでもなさそうだ。
奇妙な三つ巴の構図である。
「無事だったか、マリア」
うん、もっとよく分からない状況になってきたな!
彼女が聖女マリア?
たしかにどこかのなんちゃってよりも、雰囲気というか、オーラというかが聖女のようではある。
ただ何かを思い悩んだように眉根を寄せて、こちら、ではなくグランベル猊下を見据えている。
「猊下、この度は不躾な真似をしてしまい誠に申し訳ございませんでした」
「何か理由があったのだろう、話せ」
もしや先程の幻惑は聖女様の仕業だったのだろうか。
まあ俺は幻惑されていたことにすら気づいてなかったけどな!
グランベル猊下がいなければ、あと20分は歩いていたかも。
「猊下に結論をお伝えする前に、どうしても勇者様を見定める必要がありました」
「結論だと?」
「はい」
「ちょっといいかな?」
よくねーよ、イケメンはすっこんでろ!
というか、イケメン関係なく空気読めっての!
も、もしかしてこれが嫉妬という感情…!?掲示板のみんな、俺も今そっちに行くよ…。
馬鹿なこと言ってる場合じゃなかった。
「僕達も先に自己紹介を済ませたいのだけど、構わないかな?」
「そうだな。まだ祝福の儀まで数時間の猶予はある、多少の時間はつくれよう」
そこから自己紹介合戦が始まった。
勇者π様のハーレム要員まで名前は覚えきれなかったが、それもこれも最初が衝撃的過ぎたせいだ。
あろうことか黒髪黒目のイケメンはこう名乗ったのだ。
「僕は天野川流星、星の勇者を拝命した召喚された異世界人だよ。もしかして、そこの君も日本人なのかなって思うと居ても立っても居られなくて、話を遮ってごめんね」
日本人、だと?
俺はゲームと現実が実は繋がっている、などと妄想を膨らませるほど頭お花畑はしていない。
しかし、異界の旅人ってのは、つまりそういうことなのか?
勇者が異界の旅人と聞いて考えなかったわけじゃない。
これは断然、異界として地球が再現されている可能性が高まってきたぞ。
どこかの異界をずっと辿って行けば、いつかMLで再現された地球に行けるのかもしれない。
現実と全く同じなわけはないだろうが、マグナリベルタスはどこを目指しているんだろうな?
となかなかに衝撃的な告白をされたため、他の眉目秀麗な美女・美少女達の名前まで聞いてませんでした!
辛うじて耳に残っているのは、勇者の隣にいる赤髪ツインテさんが帝国の第6皇女らしいことくらいだ。
ちなみに俺の返答だが。
「一緒に祝福の儀に参加させてもらう冒険者のレンテだ。異邦の旅人ではあるけど、その日本人というやつではない、すまないな」
である。
この返答に至ったのにはいくつか理由があるが、一番の理由は俺がプレイヤーで、彼がNPCだからだ。
いくら勇者πが現代日本から来たっぽいからと言って、オメェ実はAIなんだぜ?と、普通のNPC以上に理解してしまうだろう彼に言っていいものか迷ったのだ。
まあ、多分解釈的には、パラレルワールドみたいな別の日本から来たのか程度に受け取られるのだろうが、俺の日本と勇者πの日本は絶対に別物なので、嘘は吐いてないし問題ないだろう。
そして、俺の自己紹介が冒険者な件については、案内役というには知識が無さすぎて役不足、護衛というには余計な先入観を持たせてしまう。
子供以外で祝福の儀に参加する例外仲間くらいでちょうどいいのだ。
まさか、終焉の魔女が〜とか、セントルム王国王女が〜とか、妖精の国フェアリアスが〜とか、精霊王が〜とか、なんて自己紹介するのも、ただただ悪目立ちするだけだしな。
急に異世界転生ものになったりしないので、そこはご安心くださいww
どう転んでも、ゲームなところは変わりません!




