144/火
呼び方があなたから様付けにグレードアップしたが、そんなことよりどうしても解せないことがある。
「まさかセントルムの聖女ともお知り合いとは。レンテ様は一体何者なんですか?」
「別に俺が何者でも好きに思ってくれていいけど、そのテューラが聖女前提で話を進めるのだけはやめてもらいたい」
テューラがどんな政策をしていて、民からどれだけ慕われていて、その名声がどこまで轟いているのかは知らない。
だが、どう言葉で言い表せばいいのか分からないが、なにか気持ちが悪いのだ。
これはもう、俺の偏見でしかないのは理解した上での率直な感想だ。
仮にテューラが本当に聖女だったとしても、それは聖女スキルを持っているだけであり、きっとアイツの中では何かを達成するための過程のような、そんな違和感がある。
本当に感覚的なものでしかない。理屈などかなぐり捨てて、そう思ってしまう。
テューラという人物を語ろうと思えば、俺の知る情報は他のプレイヤーとそこまで変わらない。
どんな情報も上辺だけ。
奥底に潜む感情をつゆ程も悟らせず、滲み出てきた灰汁のような猫の仮面とこれまで接してきたが、アイツの底知れなさの一端に触れられたのはたったの一度だけだ。
ダンジョンでテューラに助けられ、衝動的に告白してしまったような冗談をほざいてしまった時。
今でも変わらずに後悔しているよ。
あの時、硬直したテューラに降ろしてくれと催促したのは、決して恥ずかしかったからとか、男としての尊厳が!という話ではない。
あの瞬間あの瞳が、ただただ恐ろしかったから。
「聖女マリアは子供達と接するのに、まず何を想う?」
「幸せ、でしょうか…。あの子達には、これまでの苦労が報われるような幸せな道を歩んで欲しいですから」
「でも聖女テューラは違う。アイツはきっと人助けもするし、その後のアフターケアだって欠かさない。結果的に人助けをするのは素晴らしいことだと俺も思うが、アイツのそれは手段の一つでしかない」
これは仮にテューラが聖女だった場合の話であり、上辺だけしか知らないと言いつつ断言するのもおかしな話だが、テューラは目的のためなら神にだって喧嘩を売る。
そんな絶対にいらない安心感を植え付けられてしまっているのだ。
あの奥底に息を潜めているのが、世界平和なのか、大陸統一なのか、惑星滅亡なのかは判らないが、あの瞳が目指す未来は聖女なんて生易しいものじゃない。
つまり要約すると、何考えてるのか分からない危険なヤベェ奴が聖女なわけがない!ということである。
とはいえ、俺がプレイヤーである限り、
「レンテは一度不敬罪で捕まった方がいいと思うな、わたしは」
「いくらテューラでも流石に泣きますわよ?」
「俺様と同じで男みたいな感性してるが、一応あいつも女だぞ。ちっとは優しくしてやれよ」
「サラが優しくしてほしいって言ってるぞ、レンテ」
「シルフぶっ飛ばす!」
「二人とも、静かにしてください。子供達が寝ているのですよ」
「レンテ、僕達には君の考えが正しいものだと思えない。でも、種を宿す君だからこそ感じているのかもしれないその違和感を、きっと大切にした方が良いと思うな」
普段おどおどして、なかなか目を合わせることはないテネブのはっきりとした言葉に目を見開いて驚いてしまう。
俺のローブをちょんと摘んで上目遣いで語るテネブは、男の俺でも萌えてしまいそうな魅力があったが、それ以上に長文を言い淀まずに話し切るなんて、天変地異より珍しい大惨事だ。
テューラに関しての認識は、周囲との齟齬が大きいのは確かだ。
それはプレイヤーしかり、NPCしかり。
とはいえ、プレイヤーとNPCでは阻害の方向も違う気がするけどな。
「僕達は精霊だから、人の機微に少し疎いから気付けないだけかもしれないけどね」
「そっか、アドバイスありがとな」
直前まで騒いでいたサラとシルフも黙ってテネブの話を遮らないように静かにしていた。
「あ、あの…。その部外者の私がいる場所でそのような話をして大丈夫なのですか…?」
「あー、うーん…まあ大丈夫かな」
テネブが言った種発言から、世界樹関連のことを察したのかな?
マリアさんが既に知っていたかは分からないが、ショタ教皇は既に把握していておかしくないし、天使族に関しても同じだ。
今更、そこに聖女一人が加わったところで、俺の地盤の危うさは対して変わらず脆弱だ。
それにテューラに関してなら、本人に伝わっても詰られるくらいだろうしな。
「その、私も変わりませんよ」
「えっと、何が?」
「聖女としてです。神至上主義派は、正教派からすれば謂わば異端です。そんな私が彼らの手助けをするのは、時に偽善だと罵られることさえあります」
そこから聞かされたのは、ただのマリアが聖女マリアに至るまでの過去だった。
「私はとても貧しい集落の出身です。日々食べることすらままならず、飲み水の一杯ですら満足に確保できないような辺境の村です」
「そんな村に住んでいた私に転機が訪れたのは、とある宣教師が村に訪れた時です。彼は言いました、神に祈りなさい、さすれば神は汝らに救いの手を差し伸べるでしょう、と」
「村人は必死に祈り、宣教師はそれに応えました。そして宣教師は私に言ったのです。貴女には特別な才能がある、私についてこないか?」
「ここにいる孤児は私と同じ、宣教師が布教活動で各国を巡る中で、貧困に喘ぐ家庭から対価と引き換えに才能ある子供を引き取ったり、才能ある孤児を見つけてはここに連れてこられた、この教会はそう言う場所で、私も変わらずその一人です」
「私がここに連れてこられたのは、まだ自分の村がどの国に位置しているのかなど理解できないほど小さな頃でした。故郷の記憶も、満足に食事を与えてくれなかった両親のことも、殆ど覚えていません」
「ですが、私達には父親がいます。ここは確かに貧しい教会ですが、それでもあの頃よりはお腹を満たせるし、子供達も居て幸せなんです。ここが私達の本当の故郷なんです」
「私も、私を救ってくれたお父さんのように、孤児院のみんなに幸せを与えてあげたいんです」
「だから、私も聖女であることは手段の一つです。世界と子供達を天秤に乗せれば、子供達の方に傾くちっぽけな聖女です」
「レンテ様がおっしゃるテューラ様と何も変わらないし、多くの人も同じだと思います。一の行動に、二や三の意味があることは当然で、だからこそ、そこに少しでも人を慈しむ心があるのなら、彼女も聖女なのだと私は思います」
想像以上に重い過去話が飛び出してきて、二の句が継げずにいると、最初に沈黙を破ったのはルクシアだった。
「貴女、誰ですの…?」
「ルクシア様も知るとおりの聖女マリアですよ」
「最初はあたくし達でも騙されるほどの高ランク・高レア度の魔導具で、顔や髪を変えているだけだと思っていましたわ。貴女の中に感じる聖女の力も、光属性の偏りも、その全てが貴女をマリアであると、あたくしに伝えているのですわ」
「だから私が──」
「マリアが産まれた日、最初に彼女を抱き上げたのはあたくしでしてよ?」
場が凍った。
今のこの状況を端的に表すとすれば、この言葉が適当だろう。
「もう一度聞きますわ。貴女、誰ですの?そして本物のマリアはどこにいますの?」
「…光の精霊王ルクシア、今更気付いてももう遅い。既に準備は整い、聖女は我らの信仰のもと生神女となるのだ。神を騙る愚かなお前達とは違う、本当の神が降臨する様を黙って見届けるがいい」
突如として一変させた雰囲気のまま、何やら不穏なことを語る偽マリア。
「…今日のところはお帰りください。これ以上語ることはもうありませんので」
ここで騒ぎ立てるより、早く帰ってショタ教皇にこのことを伝える方が賢明だと自分に言い聞かせて教会を後にする。
はぁ…。
⭐︎⭐︎⭐︎???SIDE⭐︎⭐︎⭐︎
「お父さん、ごめんなさい…」
「まさかお前に接触してくるとは想定外だったが、もう既に儀式は最終段階。お前が気にする必要はない」
「でも、多分アイツ計画のこと気付いてた。憎たらしい精霊王を揃えて連れてきたのも、私に聖女としての在り方を聞いてきたのも、セントルム王女と深い関わりがあると執拗に伝えてきたのも…きっと計画を牽制するため」
「それはない、と言いたいが、あの鬱陶しい精霊がいるのは厄介だな。マリアンヌ、全体に通達しろ。儀式の日まで絶対に見つかるな、と。地下の転移陣を解放する」
「任せて。でもお父さんも気をつけてね。私には精霊王より、アイツの方がよっぽど不気味に思えたから…」
「そうか。他ならぬ娘の意見だ、覚えておく。もう行け、誰にも悟られるなよ」
「うん」
「よくぞ、やってくれた我が娘よ!これで愚かな同胞も、忌まわしきグランベルも、鬱陶しい精霊も、全ての目が浅ましい計画へ向くだろう!人の身で神に至ることなど出来るはずもないのに、実に滑稽。だがしかし、真の計画の贄となってくれるのだから、今だけは感謝だな!ナハハハハハハハ!」
「待ってろ、バラキエル。必ずや貴様を堕としてくれる!」
お試しで他視点挿入してみました。
主人公以外の他視点って、多分今後もあまり書かないとは思うんですが、もし書くんだったら丸々別の方が良いとかあれば感想もらえると嬉しいですm(_ _)m
最後に、Twitterにユズとレインのイラスト(仮)を投稿しました。気になる方は、作者ページの地球儀アイコンからどうぞ〜




