136/土
のんびりです
黒曜馬の魔笛。
非常に優れた強靭な身体と何事にも臆することのない鋼の精神を兼ね備えた、夜をも恐れぬ黒馬を召喚し、使役するアイテムである。
「(まだまだだよ!わたしの方が速いんだよー!)」
懸命に爆速で馬車を牽引しながら走る二頭の黒曜馬の横で、それを上回る速度で走りながら余裕そうな声音の巨大な雛鳥が一羽。
早々に御者に飽きたヒンメルが、馬車と並走したり追いかけっこを始め出したのは、出発から一時間程経った頃だった。
因みに四半刻経っている現在でも、アイツは今日まだ一度も手綱を握っていない。
「おい、ヒンメル!オブシェとディアンが疲れちゃうから、煽るのやめろ!」
「(えー!?さっき負けちゃったもん!勝ちたいんだよー!)」
「今勝ってるからそれでいいだろ」
「むぅ…。わたしの勝ちなら…今日は許してあげるんだよ」
「明日も駄目だからな?」
駄目とは言いつつも、堪え性のカケラもないヒンメルのことだ。絶対明日もやるだろうな。
漸く人型に戻ったヒンメルが御者席に戻ってきたので、念話スキルをオフにする。
クエクエと裏音声で聞こえて来るのは、外国人と翻訳機を使って話している気分だ。いや、この場合は鳥語が表なのか?
ヒンメルのせいではあるが、オブシェ達は遊んでいるつもりなのか、ヒンメルが勝負を仕掛ければ必ず乗る。
そして勝つのは絶対ヒンメルであり、オブシェ達は勝ち負けに拘っていないので荒れている様子は無いのだが、追いかけっこが終われば少なからず息が上がっているのだ。
オブシェ達には万に一つも勝ち目はないのだが、それは馬車を牽引しているのが理由ではなくて、単純に神鳥であるヒンメルとの種族差である。
この魔導馬車には馬が重量を感じなくなる機能も盛り込まれているからな。
「でもでも、レンテももう魔術で邪魔しちゃダメなんだよ!?」
「そのくらいのハンデは許せよ…」
「だーめーなーのー!」
負けるはずがないヒンメルが負けたのは、オブシェ達へのシルフの最上級のバフと、最近覚えた俺のデバフ魔術と魔法の障害物のせいだった。
テスト勉強の息抜きでスキルのレベリングをしたのだが、漸く派生魔術がLV.10に達したことで、『カースド・◯◯』『レジスト・◯◯』という魔術を覚えた。基本属性魔術は、ダンジョンイベの時にLV.15で『レジスト』は覚えている。
◯◯の部分には、各属性を表す溶魔術だったら『メルト』、灼魔術だったら『スチーム』が入る。
効果は、カースドがステータスデバフで、レジストが属性耐性だ。
デバフってステータスが高いほど効果が高いからな。
AGIはマスクデータなので、カースド・サンダーのAGIデバフでどれだけ実数値が下がったかは分からないが、その落差のせいでゴール直前でバランスを崩して転けてしまったヒンメルが負けてしまったのだ。
「ずっとキョロキョロ景色眺めてたけど、そんなに楽しいか?」
「う、うん。精霊界とは全然、違うから」
「まあ確かに」
他のメンツとは違って、多くは話さないがテネブも楽しいようだ。
スピリタスの植物は、異形だったり、擬態してたり、極端に極彩色だったり、その大半が特殊で、逆に普通な植物を見つけたらそれこそを異常だと思った方がいいレベルだからな。
「よし、そろそろ交代の時間だし一旦休憩しようか」
今馬車で移動しているのは、俺とヒンメル、ノームに、シルフ、テネブだ。
精霊召喚はそろそろLV.10に到達しそうなのだが、魔物召喚はいつになることやら。両方のスキルをLV.10にしないと、全員を召喚することは出来ないから、早く熟練度を稼ぎたいところ。
だが、まだモンスターをテイムしていないので、魔物召喚はスキルレベルを上げることも叶わないのだが。
そこら辺の角ウサギでもテイムしてみるか?それか、因縁のスライムを最弱から最強にする物語を始めるか。
まあ、テイムしないことには始まらないので、そのうち何をテイムするか考えないとな。
街道を少し外れたところに馬車を止める。
「『送還:ノーム・シルフ・テネブ』『召喚:サラ・ディーネ・ルクシア』」
男聖陣と女聖陣の総入れ替えだ。
三時間毎に休憩を挟んで、その時に交代することになっていた。それを2セット。朝の9時にプリムスを出発したこの旅も、今は昼の4時であり、今日の終わりは午後11時を予定している。
1回目の交代前に一時間昼休憩を挟んだのと、夕飯休憩も一時間挟む予定なので、少し時間がずれ込んでいる。
黒曜馬は、魔笛のフレーバーテキストに『夜をも恐れない』と謳われているように、夜間でも走り続けることが出来るのだが、結局明日に響けば昼過ぎに起床したりして、逆にプレイ時間短くなりそうだしな。
「よしよし、元気そうだね〜」
「まだ走り足りなそうですわ」
「お前ら疲れ知らずだな」
先々週のシルフがセントラリス南西に神聖国が浮いていると言っていたが、今は南東方向にズレているらしく、位置的にはプリムスの南の方に浮いているそうだ。
明日には辿り着けそうなほどに近いみたいなので、ドワーフの国よりもこっちの方が圧倒的に近いだろう。
まあ、神聖国が漂うルートが規則的なのか、不規則的なのかは分からないが、二週間経ってる時点で、遠近勝負は黒星な気もするけどな。
「最初はわたしが外!」
「あ、狡いですわ!」
「俺様は最後でいいや」
「朝はルクシアが最初だったんだからいーじゃん!」
今朝もこの二人は本当に楽しそうにしていたが、そんなに御者席はいいのだろうか。
俺はもうお尻が痛くて、正直に言えば馬車の中で休んでおきたいんだけど…。
普段現代社会で生きている俺としても、景色の移ろいは十分に非現実的で癒されるものはあったが、最初の方に始まりの村を通ったのと、途中林の横を通り過ぎたくらいで殆ど景色は変わらず、もう飽きている自分がいる。
あれかな、精霊だし自然が好きなんだろうか。ずっと目をキラキラさせてアレを見つけたコレを見つけたとはしゃいでいたしな。
人間より遥かに長い時を生きているはずなのに、人間よりも細かな感情の機微を大事にしている可愛い奴らだ。いや、だからこそなのだろうか。
「予定ではもう少し先に小さな泉があるらしいから、ちょうど二番目辺りだと思うから、ディーネが二番目がいいんじゃないか?」
「じゃあ、わたしが二番目でいいよ!」
まあ、そこでオブシェ達の休憩も兼ねて小休止する予定だから、御者席に座ってようが関係ない気もするが、揉めないならそれがいい。
ちなみに泉の場所を教えてくれたのは、始まりの村の村長の娘のサーシャさんだ。今朝久し振りに立ち寄ったのだが、元気そうにしていたよ。
オブシェとディアンに水を飲ませて、少し休ませたら再出発する。
「ずっと道なりに進めば着きますの?」
「いや、シルフが言うには、途中で道を逸れるらしい。でも、そんなに街道から距離はないみたいだから、道無き道を進むとしても明日かな」
「先遣隊はわたしに任せて!」
「いや、お前は御者やれって」
「もう昨日やったもん!」
返せよ150万RP!
いや、ヒンメルの親鳥から世界樹素材貰ってるし、あまり大声で文句ばかり言ってられないのか…?
今度少しでも補填させてやる!
驚くべきことに、ヒンメル一人で混沌鯰倒してしまうしな。
「でも街道から外れるってことは、モンスターに襲われるってことか。明日は護衛してもらわないといけないかも」
「だからわたしにドンッと任せるんだよ!」
「うん。不安だから、明日の御者席は二人ずつローテーションな」
街道は結界石に守られてるのでモンスターに襲われないが、少し外れるくらいならともかく、ガッツリ獣道プレイをすれば当然襲われる。
どうせヒンメルも御者をしないのだ。だったら二枠ローテで護衛頑張って貰いましょう!
「えぇ、ダメダメダメ!わたしはお外で遊ぶんだよぉ!」
「御者しないから駄目です」
「じゃあちゃんとするからぁ〜」
嫌々されてオブシェ達に負担が掛かっても悪いし、ここは聞こえない振りをしておこう。
とはいえ、明日はヒンメルは神鳥フォームで走らせて、御者席に二人いてもらうか。
あー、空が青いなぁ。




