135/金
今日の予定は決まっている。
ついに明日から始動する旅計画に向けて、最後の準備に取り掛かるのだ。
場所は精霊宮殿の外です。
「はいはい、わたしフィクサーやりたいんだよ!」
「誰だ、変な単語教えた奴は?別に御者は黒幕じゃないっての」
後ろで馬を操っている悪役にでも見えているのだろうか。
「レンテの英単語帳?に載ってたんだよ」
「いつの間に…。まあいいや、御者はスキル持ってないヒンメルには任せられません!」
「じゃあ人化スキルの時みたいに覚えさせてほしいんだよ!」
「あー、その手があるのか。でもな、うーん…」
最近莫大なRPを使い込んだばかりで、尻込みしてしまう。
源泉の施設拡張で、[土聖霊王の鉱脈][風聖霊王の採取庭園]という、毎日関連するアイテムを生み出してくれる生産施設だ。鉱脈なら鉱石や宝石など、採取庭園なら薬草や茸類などがランダムで毎日三種10個ずつ手に入る。
選べる中で最上級のものを選んだので、各5千万RPで計1億RPの大出費だ。それだけで世界樹の実で稼いだポイントの3分の2に相当する。
とはいえ、ヒンメルにスキルひとつ覚えさせるのに50万RPと考えると、案外安く思えるのは感覚が麻痺してしまっている証拠だな。
「まあ俺一人でずっと御者やるのも疲れるかもしれないし、ヒンメルにも覚えといてもらうか」
「やったー!」
えっと、【騎乗】に【馬術】、【調教】を150万RPでヒンメルに取得、と。
俺はこの3つに加えて【飼育】スキルも取得してあるが、御者をやるだけなら別にこのスキルはいらないだろう。
なにせ、お世話をしたら好感度アップみたいな効果と、好感度に比例した対象のステータス補正、畜産系アイテムの品質補正という効果なのだが、ヒンメルに世話をさせたら逆に大惨事になりそうだからな。
一応他のスキルも確認しておこう。
まず【騎乗】は、乗り物全般での行動を補助してくれるスキルで、広く浅く。対して【馬術】は乗馬での行動に限る分、効果が大きい。
この二つは同じような効果だが、効果は重複してくれるので、レベルが低いうちでも補い合ってくれるはずだ。
そして【調教】だが、これはテイムモンスターや使役獣のスキルやステータスに補正を入れてくれるスキルだ。魔物召喚スキルも最近取得したし、そっちでも役に立ってくれるだろう。
前に王都とグレディ間で乗った爆速馬車のカラクリは、これらのスキルの掛け合わせによるものらしい。
とは言っても、職業には御者や行商人というものもあるらしく、その職業に就くことで、さらに補正が掛かるみたいなので、俺達ではあそこまでのスピードは出ないだろうな。
よし、始めよう!
「ほら、一頭呼び出してみるか?」
「任せてほしいんだよ!」
ヒンメルに二つある[黒曜馬の魔笛]の片方を渡して、二人で笛を吹く。
すると、どこからともなく集まった光が弾け、後には艶のある漆黒の体毛に、筋肉の鎧でも着込んでいるようなガッシリとした肉体の二頭の黒馬が──。
「ちょ、やめっ!?わたしの髪はご飯じゃないんだよぉぉぉ!?」
ヒンメルの髪をハムハムしていた。
「旅仲間だし、名前決めてやらないとな」
「それよりも助けて欲しいんだよ!?」
「汝、これからはもう少し落ち着きを身に付けると誓いますか?」
「何の話!?」
「誓いますか?」
「わ、分かったんだよぉぉ、砂のお城も、木登りも、追いかけっこも二日に一回にするから助けてぇぇ」
まあ、今より多少マシになるのなら、取り敢えず助けてやるか。
「ほーら、どうどう。そんなのより、ずっと美味しいご飯だぞ〜」
「酷いんだよ!?うえぇ、ベトベトなんだよぉ…」
「待っててやるから、ディーネに頼んで綺麗にしてもらってこい」
「はーい」
事前に用意しておいた桶に、乾草を山盛りと、もうひとつの桶には水を注いでやる。こういう時に[祝福の雫]は便利だな。
スプラの鍛治用にみんなが用意してくれたうちの、ディーネがくれた無限に精霊水が湧き出る宝玉だ。
「よしよし、お前達の名前は、オブシェとディアンだ」
え、勿論オブシディアンから捩って付けましたけどなにか?
オブシェはヒンメルが呼び出した方の馬で、ディアンに比べると少し流線的で美しく、筋肉質ではあるが、全体的に均整が取れている…ように感じる。多分メス。(馬素人目線)
ディアンは何故か左眼に切り傷があるワイルドな馬で、コイツなら二頭立ての馬車でも問題なく一頭で牽引してしまいそうな安心感がある。多分オス。(馬にわか目線)
暫くしてヒンメルがディーネ達も連れて戻ってきた。
「この子達がわたし達を運んでくれるお馬さんなんだ〜、よろしくね!」
「左眼に傷があるのがディアン、そっちがオブシェだ」
「思っていたより可愛いですわね。動物のお世話なんて久し振りだけど、大丈夫かしら」
「おー、お前凛々しい面構えしてんじゃねぇか!」
女性陣にはなかなか好評のようだ。
「魔導馬車は入手してあると言ってましたが、どのような形の馬車なのですか?」
「ああ、今出すよ」
ストレージから[D印の魔導馬車]を具現化させる。
出てきたのは、二頭立ての四輪箱型馬車で、全体的に黒くシックなデザインをしている。差し色に金や赤が使われているので、少し高級感があって格好良いんじゃなかろうか。
しかし、『D』と大きく描いてあるのは正直ダサいので、これさえなければ完璧だったな。
ただ、外観は六人も七人も乗ればぎゅうぎゅう詰めになりそうだが、中は空間拡張されているらしいので、倍の人数でも収容可能で、揺れも一切感じないファンタジー仕様だそうだ。勿論、高かっただけあって空調設備もバッチリです!
「いっちばんのりー!」
「ぼ、僕も」
いの一番に馬車に突入していったシルフとテネブを追って、ノームと一緒に馬車の中へ。
テネブはきっと馬車に興味があるわけじゃなくて、ここに残るとあの姦しさに巻き込まれるから、置いてかれる前に着いて行ったのだろう。
そういう顔をしてた。
「馬車ってより部屋だな」
「果たしてこれで移動するのは旅なのでしょうか?」
「これ以上考えるのはやめとこう」
「そうですね」
快適なのはいい事だ!
今度テューラのテントにとやかく言ったこと謝らないとな。
「キッチン完備って、ここで暮らすつもりかよ」
「水も出るぞー、うりゃー!」
「や、やめてよシルフぅ。『カウンターシールド』!」
「ちょ、水浸しじゃないか!止めろ止めろ!」
人によっては、シルフがいじめっ子で、テネブがいじめられっ子みたいに見えるかもしれないが、意外とテネブもやり返すので、聖霊王達に暗い関係性はない。
実際今も、仕掛けたはずのシルフはずぶ濡れで、テネブは一滴の水すら浴びてない。闇属性にもリフレクションみたいな魔術があるようだ。
テネブはちょっと引っ込み思案なところはあるんだが、シルフやルクシアのお陰で、素直に自分の気持ちを言葉にできているところもあるしな。
だが、今はそんなことは関係なく、シルフもテネブも両成敗です。
「うぷっ」
「わぷっ」
「俺は外で馬と馬車繋いでくるから、それでしっかり拭いとけよ。ノームはサボらないか監視頼む」
「任せてください」
前に買っておいた手拭いを投げつけ、後始末を命じる。
シルフが逃げ出す可能性もあるし、見張りもつけておこう。
外に出て、オブシェとディアンに馬具を取り付けていく。
「あとでオブシェとディアンに乗ってもいい?」
「ディーネずるいんだよ!わたしも!」
「いいけど、まだ鞍も鐙も作ってもらってないから、危ないぞ?」
今取付しているのは、馬車に繋ぐための馬具だ。
この馬車、悪路走破機能の他にも自動修復という、たとえ全損しても現実時間で一日経てば完全修復する機能があったりするのだが、もうひとつ自動調節という機能も備わっている。
馬具が馬のサイズに合わせて勝手に調節してくれるのだが、普通の乗馬用のプレイヤーメイドの鞍では現在のプレイヤーの技術ではそういうわけにもいかず、馬に合わせてオーダーメイドするしかないのだ。
なので、今度セシリアさんにオブシェとディアンの乗馬用の馬具を作ってもらわないと、乗馬はできそうにない。
鞍だけじゃなくて蹄鉄とかもあるみたいだから、色々と見繕ってやらないとな。
というか、馬の装備より自分の装備のこともそろそろ本気で考えないといけない。
武器はなんか凄い木の棒だし、防具はなんか凄い胴装備のローブ以外はアンダーだけという変態仕様だ。アクセも戦闘用は皆無だしな。
よし、馬と馬車はこれでヨシ!
「じゃ、お前ら乗り込めー!ヒンメルは俺の横な!」
「えー、わたしも外が良い!」
「じゃあ、御者席は詰めれば三人乗れるし、希望者は順番で」
俺とヒンメルは固定で、あと一枠を勝手に交代してもらおう。
でも、たしか中にいても外の景色を空中投影できる機能や、御者との通話も出来たはずだから、そう違いはないし、揺れない分中の方が快適だと思うけどな。
まあ、いいや。
練習開始です!




