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「あ、あの!大丈夫ですか!?」
どう反応したものか。
初期ローブに木杖ということは魔術系よりのスキル構成なのだろう少女は、ピンク色のボブカット?といえばいいのだろうか。
正直、女性に限らず髪型の名称はほとんど分からないんだよな。
「まあ、見ての通りです」
「そ、その、すみませんでした!」
なんというか、暗かったのも災いしたが、今回のは俺に責任があると思うんだ。
メニューウィンドウを開いて確認してみたが、俺が攻撃しそうになっていたウサギのマーカーは緑。
緑色のマーカーは、プレイヤー関連のマーカーなんだよな。
テイムモンスだったりが該当するマーカーだ。
例に漏れず、このウサギもこの少女のテイムモンスなのだろう。
「いえ、ちゃんと確認せずに攻撃した俺が悪いので。こちらこそ、すみません」
「いえいえ、こちらこそ!」
あ、これは不毛な謝罪合戦になる気配…。
「じゃあ、お互いおあいこということで」
「そ、そうですね!」
「では、急ぐのでこれで」
このまま突っ立ってるとモンスターがポップして襲って来ないとも限らない。
他のプレイヤーの邪魔にもなるだろうし、達成感は何処へやら目的も達したので、そそくさと町へ戻ることに。
変にトラブルにならなくてよかった…。
変な奴は往々にしているのがMMOだからな。
「あっ、待っ──」
何か言っているが待たない。
これ以上関わって、面倒ごとになりでもしたら…。
若干駆け足で町に戻るのだった。
それから十分と経たずに町へ戻ってこれた。
夕方から夜へシフトする時間帯だったとはいえ、大分フィールドの混み具合も解消されていたように思う。
これなら、レベリングして数日中に次の町も目指せるかもな!
「もうトップ層は三つ目の町を開放したらしいし」
昨日のログアウト直前、ワールドアナウンスで王都が開放されたとかなんとか。
MLは基本、ゲーム進行に関わるようなことや、一部実績などが、全プレイヤーに向けて知らせられる。
まあ、その時にログインしているプレイヤーって注釈はつくけどな。
ただ、目立ちたくないプレイヤー向けに秘匿設定ってのもあって、それをオンにしておくと例えばこんな風になる。
《セントルム王国王都【セントラリス】が【匿名】以下5名によって開放されました》
となる。
ちなみに、パーティは最大六人なので、これは全プレイヤーが秘匿設定をしていたときの例だ。
ゲーマーなんて、目立ちたがりが多い人種だ。ほとんど秘匿設定なんて使ってないと思うけどな。
偏見だけど。
「ちょうど十九時か…。そうだな、一回落ちてからにするか」
もうそろそろ夕飯なのもあるが、もう一つ。
明らかに追って来てる影があるし…。
夕飯食べたら、レベルも上がったし本格的にアレをやろう!
と、二日間の成果に想いを馳せながらログアウトをポチッと。
「あの!」
今日の夕食はオムライスだった。
「おぉ、レベル上がったんだ。おめ!」
「ありがと。まあ、まだ一つ上がっただけだけどな」
オムライスをつつきながら、柚子と会話に興じる。
話題は当たり前のようにMLについてだ。
ちなみに、両親は夜は基本仕事でいないので、大体夕飯は兄妹二人だ。
夕飯の準備は作り置きされてなければ二人交代制で、今日は柚子の番だった。
「ふっ、私は18だぜ!褒めろ〜」
「こうも大敗を喫すると惨めにも思わないな」
ニヤリと口元を歪ませながら言う妹様に、素直な感想を述べる。
俺がう◯こ食べて、変なNPCに弟子入りしてる間に、よくもまあ大差がついたものだ。
「まあ、レベルキャップが20だからね。のんびりするのはそこまで上げてからかな」
「やっぱりβ組は違いますなぁ。ゆっくりのんびり信条の俺が言うのもなんだけど」
MLの公式ページには、様々なランキングや、統計データだったりが載ってたりするのだが、プレイヤーのレベルってのもその内の一つにある。
随時更新されているとはいえ、リアル関係でLV.1のプレイヤーとかもいるから多少誤差はあるだろうが、今のプレイヤーの平均レベルは8なのだそうだ。
そういう意味では、うちの妹様はかなり上位ランカーだと言えるだろう。
「steady…トモ先輩のパーティは全員20だったよ、昨日見たけど」
「へぇ〜、あいつもかなり先頭集団で突っ走ってるな」
steadyはグレンのパーティ名だ。
パーティには名称を付ける機能があって、複数人でのPvPなんかのときに団体として分かりやすくする目的があるようだ。
それに、組織名があるとプレイヤーも何かと便利だろうしな。
露店巡りしたときに耳にした『雑貨屋えびす』なんかが良い例だろう。
記憶に残る切っ掛けとしても優秀だ。
そんなMLの近況報告をしつつオムライスを食べ終わると、風呂と寝支度をして再度ログインする。
こう、歯磨きとか終わらせておくと、ログアウトしたあとそのまま寝られるから効率いいんだよな。
そんなことを考えつつ、意識が暗闇の奥に沈んでいった。
先程ログアウトした南門から入ってすぐの位置にログインした。
「さて、まずは露店からだな」
今夜やることはもう決めてある。
そのために、まずは露店がある噴水広場を目指すことに。
「雑貨屋えびすは露店やってるかな…」
露店が全く展開されていない、という事態はあり得ないだろう。
プレイヤーの同接数が多い時間帯っていうのはあるだろうが、大人気タイトルということを忘れてはいけない。
同接五万を記録したらしいこのゲームにおいて、序盤に初期エリアからプレイヤーが消える時間帯なんてない。
それに、いくら夜が不人気だと言っても、生産職には関係ないからな。
数分歩いて到着したそこは、もはや露店街とでも呼べる熱気があった。
やはりプレイヤーに時間は関係ないらしい。
むしろ、この時間帯にしかログイン出来ない層も多いだろうから、この熱気を疑う余地はなかったな。
「毎度!雑貨屋えびすをよろしくね!」
おっ、早速発見。
ただ、店員は変わっており、今聴こえてきた声の主人は女性のようだ。
浅黒い肌の快活なお姉さんで、ヘソだし衣装だがエロスというより、着こなしている感が強い。
そしてもう一人は──。
「うぇるかむー、何が欲しいんだいー」
前に杖を買ったやる気なさげな少女だった。
「あ、ああ、前にここで買い物したとき、なんでも揃えてるって聞いたんだけど、素材とかも売ってるのかな?」
「さあー」
さあ、って…。
「ちょいと待っててー」
「あっ」
やる気なし少女は、ヘソだしお姉さんに何かを確認しにいったようだ。
あっ、ヘソだしお姉さんがこっちに来た。
「お待たせ。えっと、素材っていうと具体的にはどんなものかな?物によっては売れないかも」
曰く、【雑貨屋えびす】というのは生産職の集団なのだとか。
各分野の生産職が集まって、互いに融通しあったり、助けあったり、互助組織的な側面があるのだそうな。
なので、生産職にとって重要な素材は買い取ることはあっても、手放すことはほとんどしないということだった。
どう転んでも納得せざるを得ないだな。
「供給過多気味なプリムス平原産の素材なら格安で売れるけど、先の町の素材とかは無理かな」
「あっ、俺が欲しいのはその供給過多な素材なんですよ!」
おぉ、諦めかけてたけど、最後まで話を聞いてよかった!
もう踵を返す寸前だったよ。
「え、それならある分だけ売れるけど…」
お姉さんはどこか釈然としない顔をしていた。
そりゃそうだろうな。
いくら生産職でも、初期フィールドのモンスターくらい狩れるはずだ。
生産スキルってのは色々特殊で、生産行動でプレイヤーレベルの経験値も入るって話だけど、それは極小と聞く。
つまり、生産職でもスキルを揃えたりするのに、戦闘はある程度必要なのだ。
まあ、まだ始めたばかりのプレイヤーってのも、現時点では大いにあり得ることだ。
しかし、それならばわざわざ素材アイテムを購入出来るだけの資金が足りないだろう。
という諸々の理由によって、初期フィールドの素材アイテムを買おうとするのは、違和感満載なわけだ。
まあ、生産メインで大金を持ってるプレイヤーなら、大金に飽かせて素材大量入手からのスキルレベリングもあるだろうけど、それもこの序盤じゃ限られたプレイヤーに許された特権だろう。
ソロでレベルが低かったり、アイアンソードの件で資金が潤沢だったりしなければ、俺も金策ついでにレベリングを続けてたかもな。
「じゃあ、各モンスターの魔石、血液、あと──」
必要な素材をお姉さんに伝える。
資金は潤沢とは言っても、初心者にしては、と注釈がつくレベルだ。
五万弱というのは、トッププレイヤーたちにしてみれば、今や端金の可能性もある。
「ず、随分、買い込むのね…。何のスキルに使うのか聞いても?」
純粋な生産職になるつもりはないし、どのスキルで使うかくらいは話してもいいか。
何を作るのか、なんて聞かれたら答えなかったけど。
「調合スキルですね」
「調合に魔石と血液?あ、いえ、これ以上はマナー違反ね」
調合は主に、ポーションみたいな消費アイテムを作るのに必要なスキルだ。
ポーションを作るのに血液はともかく魔石は使わないだろうから不思議に思っても仕方がない。
話しながらも飛んできた取り引きウィンドウを操作する。
トホホ…悲しいかな、残金は3,200Gにまで減ってしまった。
ひと段落したら金策もしないとな。
「いえ、ありがとうございました。おかげでやりたいことに着手出来そうです」
「こっちも不良在庫を大分処分出来て万々歳よ」
Win-Winというやつだ。
素材の量と値段が少し噛み合わない気がするが、市場が飽和してるんだろうし、安く売ってもほとんど痛手はないんだろうけど。
「素材は999までスタック出来るとは言っても、結構嵩張ってたのよね」
「まだまだ抱えてそうですね」
お姉さんのため息をつくように漏らした言葉に、苦笑混じりに返す。
「ええ、だからまた入用になったらいつでも格安で売っちゃうわよ」
「そりゃ、ありがたいですね」
まあ、今ある分で十分過ぎるくらいだけどな。
「その時に対応しやすいようにフレンド登録とかどう?委託販売とかもやってるから、その気があればキミの生産品も買い取るわよ?」
おぉ、フレンド登録ときたか。
今のところ、フレンド欄は悲しいかなグレンとそのパーティメンバーのみだ。
グレンのパーティメンバーとはほとんど関わりはないので、実質グレンだけみたいなところあるしな。
つまり、俺はフレンドに飢えているといっても過言ではない!
まあ、冗談はともかく渡りに船かな?
生産品を売るつもりは今のところ無いけど、雑貨屋えびすは結構な生産職の大所帯みたいだし、今後また利用することもあるだろう。
ってことで──。
「是非お願いします、生産はボチボチのつもりなので、委託販売は考えてないんですけど」
「いいよいいよ、気が変わったらで構わないし。私はセシリア、よろしくね!」
「俺はレンテです。よろしくです、セシリアさん」
「オーケー、レン君ね!」
呼び方は何でもいいか。
この瞬間、ようやく俺はMMOらしい第一歩を踏み出した気がした。
※済




